57 ガルシア『獣』王国
「いやー、よく来てくれたね、セレナちゃん! あとレグルスとプルート! ホント助かるわー! いや、マジで……。あ、セレナちゃん、お菓子食べる?」
「へ? あ、はい」
後日。
準備を整えてから転移陣でガルシア獣王国との国境砦に移動した私達は、砦の現場指揮官であるミアさんから凄い歓迎を受けていた。
特に私だ。
私が特にミアさんに構われている。
今もクッキー貰った。美味しい。
ミアさんは昔から妙に私に優しいんだよなぁ。
多分、私の不幸な過去を知ってるから、気にかけてくれてるんだと思う。
バイト先の訳ありな女子高生を気にかけてくれる先輩みたいな感じで。
六鬼将序列三位『閃姫将』ミア・フルグライトさん。
ゲームでは帝国の良心と言われ、実際、六鬼将の中で唯一の純粋な善人だと私は思ってる。
別に姉様みたいな聖人って訳じゃないんだけど、なんというか『普通』にいい人なのだ。
例えるなら、近所の優しいお姉さん的な。
六鬼将になった経歴だって、戦いの才能があったから普通に貴族学園の騎士学科を進学先に選んで、そのまま普通に就職して、普通に頑張ってたら、思ったより優秀だったからいつの間にか出世しまくってたという、悪の帝国にあるまじき普通の会社員みたいな理由だし。
別に重い過去とか、帝国に忠誠を誓う事になったキッカケ的なエピソードとかがある訳じゃない。
この人はただただ職務に忠実というか、真面目なだけなのだ。
正直、あまりにも普通すぎて、なんでこの人悪役サイドの組織に居るの? ってレベルで場違い感が凄い。
なんというか、この人は運悪くブラック企業に就職してしまっただけの、真面目で優秀な普通のOLなんだろうなぁ。
というのが、私がミアさんに抱いてる印象だ。
「モグモグ。それで、戦況はどうなってるんですか?」
「ああ、うん、それがね……」
なんか、一気にミアさんの顔が暗くなった。
め、目が死んでる……!?
よく見たら目の下にうっすらとクマがあるし、肌荒れも結構酷いし、どんだけの激務振られてるんだろう?
常人とは比べ物にならない体力を持つ魔術師がこうなるって相当だぞ。
しかも、ミアさんは六鬼将の一人。
その魔力量は並みの魔術師より遥かに多い筈だ。
基本的に、魔術師は魔力量の多さが戦闘力や生命体の高さに直結する。
致命傷食らいまくっても倒れなかったアルバがいい例だ。
つまり、ミアさんくらいの魔力量があれば十徹くらいまでなら余裕の筈。
そのミアさんがこんな有り様になってるって事は、それだけここがキツイ職場って事だろう。
聞く前から戦慄するわ。
「獣王国の奴ら、昼夜を問わずに襲撃を繰り返してくるんだよ。しかも、あいつら魔術師以上の体力お化けだから、酷い時は一週間とか、二週間とかぶっ続けで戦闘になるの。
いつ襲って来るかわからない、襲って来たらいつ終わるのかわからない。そんな状況で兵達がすっかり疲弊しちゃってさ。
そのしわ寄せが一番体力のあるアタシに来ちゃって……そのせいで、もう一ヶ月は寝てないんだよぉ! ああ、お布団が恋しい……」
「お、お疲れ様です……」
うわ、予想以上に酷い。
私が休暇で家族サービスしてる間に、この人はとんでもないブラック残業に追われてたのね。
なんか、ごめんなさい……。
そう思ったのは私だけじゃないらしく、レグルスとプルートも哀れみの目でミアさんを見てた。
「……その疲労では仕事の効率が落ちるでしょう。悪い事は言いませんから、引き継ぎが終わり次第休んでください。後は僕達でなんとかしますから」
「そうだな。睡眠不足は美容の天敵だぜ。あんた綺麗なんだから、もっと身体を大切にな」
「ありがとう……マジでありがとう……」
ミアさんが静かに泣き始めた。
いや、ホント、お疲れ様です。
しっかり休んでくださいね。
あなたは超超超貴重な常識人枠なんですから。
「しかし……ミアさんがこんなに追い詰められるなんて、そんなに獣王国の連中は強いんですか?」
「そうなんだよ!」
クワッ! って感じでミアさんが勢いよく顔を上げた。
徹夜続きのテンションでメンタルが不安定なようだ。
可哀想に。
「あいつら、なんかよくわからない薬だが人体改造だかで謎の変身しててさぁ! どう見ても人外になってんのよ! あれズルくない!? だって、魔術師でもない奴らが魔術師以上の化け物になってるんだよ!? しかも、元から魔術師だったっぽい奴はそれ以上の化け物になってるし! おまけに、あいつらのボスなんて普通にアタシより強いし! 挙げ句の果てには、どれだけ倒しても倒しても、追い詰めても追い詰めても玉砕覚悟で向かって来るし! やってられるかぁ!」
ミアさんは溜まってた鬱憤をぶちまけるかのように叫んだ。
相当ストレスが溜まってるらしい。
可哀想に。
でも、その話自体は凄まじく興味深い。
「報告では聞いてます。確か『魔獣兵』でしたっけ?」
「そう! それ!」
魔獣兵。
報告によると、ガルシア獣王国独自の技術によって魔獣の力を人体に埋め込む事で完成した、対帝国用、対魔術師用の特殊な兵士という話だ。
つまり、革命軍にとっての魔導兵器が、ガルシア獣王国にとっての魔獣兵なのだろう。
ミアさんを追い込んでる辺り、単純な性能なら魔導兵器より凄そうだ。
その分、デメリットも半端ないみたいだけど。
この魔獣兵に関する詳しい事は私でも知らない。
ゲームでは殆ど触れられてなかった。
何故なら、ガルシア獣王国はゲームにおける革命開始の時点で帝国軍に蹂躙されて滅んでたからだ。
多分だけど、ゲームの世界線では革命軍対策に使う筈だった戦力をガルシア獣王国との戦争に投入して、一気にカタをつけたんじゃないかと思う。
そのせいで革命軍への対処が遅れて大変な事になった訳だ。
そう考えると、ミアさんが一人でブラック残業してたのは必要経費だったのかもしれない。
「魔獣兵に関する事はどれくらいわかってるんですか?」
「知らないよぉ! アタシは戦線を支えるだけで精一杯だったんだからぁ!」
「あ……ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
そうだよ、疲れきった人に何聞いてんの、私。
ちょっと自分勝手すぎた。
反省しなくては。
「へ? ああ、いや、別に怒ってた訳じゃないんだよ! ごめんねセレナちゃん!」
しかし、ミアさんはそんな私を責めるでもなく、オロオロしながら逆にフォローしてくれた。
いい人だ。
いい人すぎて眩しい。
「ええっと、それで! 詳しく知りたかったら部下に聞いてくれればいいから! 確か、そっち関連の仕事を振った奴がいた筈だし!」
「ありがとうございます」
さすがに、これ以上ミアさんに負担はかけられない。
魔獣兵に対する質問は、素直にその部下さんとやらに聞く事にしよう。
あとは、
「レグルスさん、プルートさん。そろそろミアさんを休ませてあげたいので、手分けして引き継ぎを手早く終わらせませんか?」
「まあ、そうだな」
「賛成ですね」
という訳で、私達は分担作業をする事にした。
プルートはどうしてもミアさん本人じゃないと処理できない重要事項の引き継ぎ。
レグルスは兵達への指示出し。
私は魔獣兵の詳しい情報を聞きに行く事にした。
いつまたガルシア獣王国軍が攻めて来るかわからないし、諸々早めに済ませないと。
そんな感じで、私の新しい仕事に取り掛かった。
今回の仕事こそが革命の、そして帝国の歴史の大きな大きな転換点になる事など知る由もなく。