56 今後の方針
「揃ったな」
『ハッ!』
休暇明け早々、私は謁見の間において不愉快極まりない顔を見るハメになっていた。
こいつの顔を見るだけで腹が立つ。
こいつの声を聞くだけで吐き気がする。
こいつがこの世に存在するというだけで、憎しみでおかしくなりそうだ。
そんな死んで地獄に落ちてほしい奴ランキング永遠のナンバー1こと皇帝が、私の休み明けにノクスと全ての六鬼将を召集したのだ。
議題は決まっている。
この場に唯一来ていない六鬼将こと、裏切り爺に関してだろう。
「さて、皆も知っての通り、先日またしても六鬼将の席次に空席が出来てしまった。プロキオンめが私に反旗を翻したからだ。
今日は奴の後任について、そして奴に対する今後の対処について話し合うとしよう」
ほらな。
私の予想通りだった。
「では、まずは六鬼将の後任候補についてだ。誰か、お前達が推薦したい相手はいるか?」
シーン……
そんな音が聞こえてきそうなくらい謁見の間が静まり返る。
誰も何も言わない。
その反応が帝国の人材不足という現実を物語っていた。
一応、私も六鬼将以外で強い騎士を知らなくもない。
私の直属部隊にいる、どもり症の快楽殺人鬼ことマルジェラとかはかなり強い。
でも、それだって精々、不完全版ワルキューレに辛うじて勝てるかどうかってレベルだ。
並みの特級戦士よりは上だろうけど、六鬼将クラスには程遠い。
所詮はその程度。
そして、そんなマルジェラが私の知る騎士の中での最高クラスだ。
こんなんじゃ、六鬼将を任せられる人材に心当たりなんてある訳もなし。
人材不足だ。
聞けば、レグルスとプルートが着任する前も、長らく五位と六位は欠員状態だったっていうし、本当に深刻な問題だと思う。
それもこれも皇帝のせいだ。
クズに権力持たせて、努力しなくても甘い蜜が啜れるような腐った政治やってるからこんな事になるんだよ、バーカバーカ。
反省しろ。
そして、責任取って死ね。
「なんだ? 誰もおらぬのか?」
「申し訳ございません陛下。昨今、若手の者どもは不甲斐なく、古参の者どもも向上心が欠けております。
全ては、騎士団を預かる我の責任です。叱責は如何様にも」
序列一位の人が皇帝に深々と頭を下げた。
私は下げない。
他の人達も下げてないし、同調圧力で強制されない限り、誰があんなクソ野郎に頭なんて下げるか!
「ふむ……まあ、仕方あるまい。優秀な者が少ない事は嘆かわしいが、嘆くだけでは始まらぬ。これは今後の課題だな。
では、一先ず六鬼将の欠員補充は行わない事とする。プロキオンは正式に除名、アルデバラン以外の者は繰り上げとし、六位を空席としよう。
各々、己の新たなる席次に恥じぬ活躍を期待している」
『ハッ!』
なんか、成り行きで私の序列が上がった。
これからは六鬼将序列二位『氷月将』セレナ・アメジストだ。
どうでもいい。
というか、むしろ、あの裏切り爺と同じ席次って事が腹立たしい。
相変わらず、皇帝クソ野郎は本人の望まない人事をするのが得意だな、おい。
死ね。
「さて、では次に、裏切ったプロキオンへの対策だな。意見のある者はいるか?」
「では陛下、私から」
皇帝の問いにノクスが手を上げた。
……今さらだけど、いくら公式の場とはいえ、息子に父親と呼ばれない皇帝はどうなんだろう。
絶対に親子の情とかないよね、こいつら。
皇帝は言うに及ばず、ノクスも皇帝を父親として見てる感じがしないもの。
皇帝とノクスの関係は親子ではなく、完全に上司と部下のそれだ。
まあ、それが帝国クオリティーなんだけどさ。
それに、そのおかげで私はノクスを皇帝の息子とかルナの兄として見なくて済んでる。
もし、そこんところが複雑化してたら、私とノクスの関係は今程上手くいってなかっただろう。
そう考えれば、むしろ助かったと思うべきなのかもしれない。
思考が逸れた。
今は裏切り爺への対処の話だ。
「プロキオンはその配下共々完全に雲隠れしております。
奴の植物魔術の利便性から考えて、恐らく魔獣ひしめく森の中にでも潜伏しているのでしょう。
森の探索は困難であり、ましてや帝国中の森をしらみ潰しに探すとなれば、膨大な労力と時間が必要となるのは必定。
ならば、まずは見えない敵よりも見える敵。現在も続いているガルシア獣王国との戦争に戦力を投入して速やかに終戦させ、その後、帝国の総力を上げてプロキオンの探索に当たるべきかと考えます」
「ふむ」
ノクスが語ったのは、革命軍の末端が暴走した後に私が進言して実行した作戦と同じだ。
あの時、多すぎる戦争の数を減らして革命軍退治に本腰を入れた結果、帝国はゲームと違ってかなり有利な局面を作る事に成功している。
だったら、今回もその作戦は有効だろう。
というのが、この会議の前に私とノクスとプルートで行った予習会議での結論である。
レグルス?
早々に頭脳労働から逃げ出して、会議室の隅で爆睡してましたが何か?
「待たれよ、ノクス皇子! 貴殿は裏切り者をみすみす見逃すつもりか!? プロキオンに時間を与えれば何をするかわからんのですぞ!」
しかし、そんなノクスの提案に序列一位の人が反発してきた。
よっぽど、裏切り爺を早く討伐したいらしい。
「アルデバラン殿、ガルシア獣王国との戦いにはセレナ、レグルス、プルートの六鬼将三人を投入するつもりです。
それに加え、元々戦線を維持してきたミア殿を加えれば六鬼将は四人、決着はすぐにでもつくでしょう。その僅かな時間すらも許容できませんか?」
「六鬼将が戦線に出ている隙を突かれたらどうされる!?」
「ガルシア獣王国との国境砦には転移陣があります。敵が前のように子爵領や男爵領を狙うならばともかく、主要な都市を攻めて来た場合は即座に対応できるでしょう。
万一、敵が前回と同じ戦略を取って来たとしても、セレナの魔術があれば前回と同じように対応可能です」
「ぬ、ぬう……!」
ノクスの理詰めに序列一位の人が呻いた。
そして……何やら心を落ち着かせるかのように深呼吸を始めたぞ。
この人、こんなキャラだったっけ?
「……失礼しました。裏切り者への怒りで少々熱くなりすぎていたようです。
ミアよ、六鬼将三人が援軍に加わるとして、ガルシア獣王国はどれ程で片付くと思う?」
「うぇ!? ね、寝てないですよ!?」
唐突に話を振られて序列四位の、いや裏切り爺が抜けたから序列三位に返り咲いたミアさんが狼狽えた。
寝てたのか、この人……。
いやいや、きっと戦争が忙しくて寝不足だったんだよ。
久しぶりにぐっすり眠れると思ったところを、今回の召集で叩き起こされたとか、そんな感じなんだよ、きっと。
つまり、悪いのはミアさんじゃなくて、この召集会議を開いた皇帝クソ野郎だ。
全部あいつが悪い。
だから睨まないであげて、序列一位の人。
「えーと、えーと……あ! 援軍の話ですよね! 向こうも弱ってきてるんで、セレナちゃん達が来てくれるなら一ヶ月くらいで終わらせられると思います! はい!」
「…………そうか。ならば、我はノクス皇子の作戦を支持いたします」
どうやら話が纏まったらしい。
ミアさんがホッと息を吐いてた。
お疲れ様です。
そして、序列一位の人の承認を受け取り、ノクスが改めて皇帝に問いかける。
「如何でしょうか、陛下?」
「構わん。反対がないのであれば好きにするといい」
「ありがとうございます」
「うむ。では、今日はこれにて解散だ。各自、己の職務に励むがよい。下がれ」
『ハッ!』
皇帝の承認も獲得し、会議は終了した。
そして、これにて今後の方針が決定。
私の次の仕事先は、革命開始前から帝国との戦争を継続してる国、ガルシア獣王国との戦場だ。
あそこはゲームでは僅かに触れられてただけで、ゲーム知識があんまり役に立たない場所。
しかも、相当特殊な戦法と技術を用いてくる強国だ。
それをできうる限り迅速に殲滅し、終戦させないといけない。
普通にキツイ仕事になりそう。
でも、今回は私含めて六鬼将が四人、更に砦を守る大軍が味方にいるし、革命軍相手にするよりは気が楽かな。
まあ、なんにせよ、いつも通り頑張るとしますか。