55 終わらぬ戦い
「探せぇ! 草の根分けても奴らの痕跡を探し出すのだ!」
エメラルド家征伐の副総司令官を任された序列一位の人が声を張り上げる。
怒髪天って感じの怒りの大声だ。
あの人は皇帝至上主義の忠臣って感じだから、裏切り者とかは絶対に許せないんだろうなー。
……正直、あの人とは色々な意味で生涯わかり合える気がしない。
そうじゃなくても、何故かあの人自体が生理的に受け付けないし。
『オオオオオオッ!』
そして、序列一位の人の指示に従って、率いてきた大軍が平和なエメラルド領に雪崩れ込む。
なんだかんだで裏切り爺が善政を敷いていた平和な領地は、こうして強制捜査という名の暴力にさらされ、一瞬にしてサファイア領以上の地獄と化した。
……正直、これは捜査とは名ばかりの蹂躙だ。狼藉だ。
騎士達は捜査の名目で家を荒らし、人を連れ去り、拷問にかけて自白を強要する。
何も知らないと言っても無駄だ。
無罪放免で解放なんてまずあり得ない。
全て吐くまで拷問は続く。
当然、民衆の殆どは吐く程の情報なんて持ってないので、死ぬまで拷問が終わらないのだ。
その過程で拷問を楽しんでるクソ野郎も多いだろう。
元領主の屋敷でお楽しみ中のレグルスのように。
……中世の魔女裁判より酷い光景だ。
吐き気がする。
私はその光景に酷い罪悪感を覚えながら、心の中で謝罪を繰り返した。
決して許される訳がないとわかっていながら。
「セレナ、キツイのならばお前はもう戻れ」
「……いえ、大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません、ノクス様」
「そうか……」
そんな私を見かねたのか、総司令官のノクスが気づかってくれた。
作り直した兜で表情は見えない筈なのに、よく私の不調がわかるなぁ。
やっぱり、左眼なくして戻って来たせいで、過保護っぷりが増してる気がする。
帰還当初なんて、絞め殺されるんじゃないかって力で抱きしめられたからね。
ノクス、私の事好き過ぎやろ。
まあ、それは冗談としても、ここでノクスの優しさに甘える訳にはいかない。
この惨劇は、領地を見捨てた裏切り爺のせいでもあるけど、それ以上に、そんな決断をせざるを得ないくらいに奴を追い詰めた私達のせいで引き起こされたものだ。
だったら、やらかした事から目を逸らしてはいけない。
せめてもの責任を取って、見届けなくては。
しかし、そこまでの覚悟を決めて、盛大にSAN値を削りながら強制捜査を続けても、裏切り爺の痕跡は跡形もなく消えており、その足取りを追う事は叶わなかった。
多分、こうなる事も覚悟の上で、前々から脱出経路とか証拠隠滅とかの工作を始めてたんだろう。
それくらい、裏切り爺は追い詰められてたからね。
結局、今回の作戦ではエメラルド家の公式での地位が帝国から抹消され、エメラルド公爵領が消滅した以上の成果はなく、強制捜査自体はなんの成果も上げられないまま、ただただ地獄を作り出しただけで終わってしまった。
恐らく、エメラルド領はこの後、周辺領地に量り売りされて、もっと酷い事になるんだろう。
これが、気分の悪くなる戦争のリアルだった。
ただ、一つだけ確かな事がある。
エメラルド家が潰れようとも、裏切り爺やアルバをはじめとした主要人物を丸々取り逃がした以上、革命の灯火はまだ消えていないという事だ。
大きく力を削がれようとも、目に見えない程小さな光になろうとも。
革命の火種は、未だどこかで燻っている。
一気に燃え上がる日を待っている。
戦いは、まだ終わってなどいないのだ。
いったい、こんな戦いがいつまで続くのだろうか。
……いや、ブラックダイヤという悪の帝国が残っている限り、戦いは永遠に終わらないのかもしれない。
なんとも暗い未来が目に見えるようで、私の気分は深く深くどこまでも深く沈んでいった。
◆◆◆
空振りに終わったエメラルド家征伐から約一ヶ月。
これ以上の捜査は無意味と判断され、討伐隊は解散となった。
私も久しぶりの休暇を貰い、自宅への帰路についている。
でも、ぶっちゃけ凄い気が重い。
「ハァ……」
思わずため息が出た。
原因はエメラルド家の惨状を見続けて気分が悪くなったから、ではない。
終わらない戦いに嫌気が差したから、でもない。
それも大きな胃痛案件ではあるんだけど、一番の理由はこれだ。
私は、左眼に装着した白い眼帯に触れた。
「ハァ……」
指先から伝わってくる感触は、まるで金属のような硬質な感触だ。
無くなった眼の部分を覆う眼帯のメインパーツは、私が作った防御力重視の硬い氷によるもの。
正直、私の鎧の兜よりも尚硬いだろう。
直径僅か数センチしかないにも関わらず、膨大な魔力と時間をかけて作ったこれなら、アルバの攻撃ですら弾ける自身がある。
でも、どんなに高性能でも眼帯は眼帯だ。
これが眼が無くなっちゃった事の証明である事に変わりはない。
こんなもんをルナやメイドスリーに見せたらどうなる事か。
死ぬ程心配させる未来しか見えない。
「ハァ……」
もう何度目かわからないため息を吐いた時、私は既に自宅の前にいた。
いつも通り、アメジスト家の別邸と本邸を通って来た筈なんだけど、気が重すぎて道中の記憶がない。
ただ、使用人の人達にかなり心配されたような気はする。
その心配を、この玄関扉の先に居るルナ達にも与えてしまうかと思うと、ますます気が重くなって帰りたくなくなってきた。
でも、このまま立ち往生してる訳にもいかない。
私は覚悟を決めて玄関扉をノックした。
「はいは~い」
そして、中から聞こえて来る声。
この声はドゥか。
よかった。
一番冷静に対応してくれそうな子が来た。
「ただいま」
「お帰りなさいませ~、セレナさ……」
しかし、そんなドゥでもやっぱり、私の左眼を見た瞬間、息を詰まらせて目を見開いた。
普段はいつもニコニコしてるドゥの顔から笑顔が消え、驚愕の表情になる。
「ごめんね。ちょっと不覚を取っちゃったよ。でも、これ以外の傷はないから大丈夫」
「…………そうですか。セレナ様。お疲れ様でした」
そう言って、ドゥは優しく私を抱き締めて頭を撫でてくれた。
まるで姉様のように。
それが、凄く温かくてありがたかった。
「うん。ありがとう、ドゥ」
「いえいえ~。セレナ様もまだ子供なんですから、もっと甘えてくれてもいいんですよ~」
「ふふ、それは断る」
「ええ~」
そんな事を言ってくれるドゥは、すっかりいつもの彼女だった。
多分、いつも通りに接してくれる事を私が望んでるってわかってくれてるんだと思う。
本当に、いい友達に恵まれた。
そして、私達が麗しい友情ドラマをやってる内に、いつもの気配がいつも通り凄い勢いで接近してくるのを感じた。
「おねえさまー!」
「ルナ……」
一直線に私の胸に飛び込んで来たのは、我が愛しの家族ルナだ。
近くにあった気配から高速で離れてたのを見るに、多分、トロワのお勉強から抜け出してここに来たんだろう。
いつもなら苦笑しながらも微笑ましい気分になるんだけど、今回ばかりはルナの顔を見るのが辛かった。
「おねえさま……?」
そんな私の様子を敏感に察知したらしく、ルナが不安そうな顔で私を見上げてきた。
そうして、ルナの目に私の眼帯が映ってしまう。
「それ、どうしたんですか……?」
ルナの顔がますます不安に染まっていく。
まだ、ルナの年齢と知識量じゃ眼帯が何かわからない筈だ。
それでも、なんとなくこれが悪い物だって察してるのかもしれない。
「こ、これはね……」
どうしよう。
これはおしゃれだよとでも言って誤魔化すべきか?
……いや、ダメだ。
それだと、一緒にお風呂に入った時とかにあっさりバレる。
そうなったら、今度は騙されたというショックまでルナに与える事になるだろう。
……やっぱり、言うなら早い方がいいか。
「……うん。これはね、ちょっとお仕事で怪我しちゃったんだ。でも心配しないで。大した事ないから」
「けが……」
ルナがそっと私に手を伸ばしてきた。
その小さな手が、おっかなびっくりな手つきで、私の失われた左眼を眼帯の上から撫でる。
「いたくないですか?」
「うん」
「つらくないですか?」
「うん」
「くるしくないですか?」
「うん」
「……むりしないでください」
「……うん」
ルナは、泣きそうな顔で私に強く抱き着いてきた。
そんなルナを、私もしっかりと抱き締める。
……ルナには、私の仕事の事を言っていない。
でも、仕事から帰って来る度に、私のメンタルはボロボロだ。
ルナの前で辛い顔を一度もしなかったかと問われると……少し自信がない。
もしかしたら、ルナなりにそこから何かを察してたのかもしれない。
子供は意外とそういうのに敏感だ。
「大丈夫。お姉ちゃんは大丈夫だからね」
そう言って、私は赤ちゃんをあやすように、ルナの背中をポンポンと叩いて頭を撫で続けた。
この氷の城には、私が途中で戦死した時の為に、私の死後でもルナを守れる戦力として大量の自立式アイスゴーレムが収納されてる。
皇帝の呪いは……絶対ではないし、賭けではあるけど、ルナに渡したお守りに仕込んだコールドスリープの魔術で一応は対抗できるだろう。
帝国からの逃走手段なら、ずっと昔、姉様と一緒に逃げる為に作って今もバージョンアップを続けてる国外逃亡用の魔術がある。
保護者なら、私の代わりにメイドスリーがいる。
つまり最悪、本当の本当にどうしようもなくなった時、私はメイドスリーに後を託して死ねるのだ。
でも、
「うぅ……ひっく……」
胸の中で静かに泣くルナを見てると、絶対に死ぬ訳にはいかないと思えてくる。
ルナに、家族を失うという辛い思いをしてほしくない。
姉様を失った時に私が感じた、あのどうしようもない程の絶望を味わわせたくない。
なら、私は死ねない。
生きて、ルナの成長を見守らなくては。
「大丈夫。大丈夫だよ」
私はその言葉を言い続ける。
ルナに、そして自分に言い聞かせるように。
そうして私は、終わらない戦いを、生きて最後まで戦い抜く覚悟を決めた。