54 撤退すんぞ
「ぶはぁ!」
土の中から顔を出したレグルスが、そんな声を出した。
気持ちはわかる。
私も今、同じ気持ちだ。
「……なんというか、また凄まじい事をやらかしましたね、セレナ」
そして、プルートは呆れ顔で私に言ってくる。
そうだね。
だが、後悔はしていない。
今、私達の目の前には、地面に巨大なクレーターを作って砕け散った氷球の残骸がある。
あの氷隕石による大破壊から私達が逃れた方法は簡単だ。
まず、球体アイスゴーレムに翼を生やします。
それによって高速飛行モードとなった球体アイスゴーレムを、私達三人のお腹にボディブローのように叩きつけて、そのままの勢いで後ろに向かって低空飛行します。
あとは、ぶつかる先の壁をレグルスとプルートの魔術で壊して、地中に脱出すれば終了です。
これによって私達は氷隕石の直撃を回避した。
まあ、落下の衝撃波で吹き飛ばされて、土の中を盛大に抉った挙げ句、やっと止まれた位置から今度はモグラみたいに地中を掘り進んで、ようやく地上に出て来た感じだけど。
大変だった。
でも、そんな事してる間に少しは頭が冷えた。
もう怒りに任せて行動する事はない。
「撤退しましょう」
私は奴らへの怒りを胸の奥にしまい込んで、努めて冷静にそう告げた。
次の瞬間、上空にいた鳥型アイスゴーレムが私達の前に着陸する。
全員、そそくさと乗り込み、さっさと離陸。
鳥型アイスゴーレムが高速を出し、あっという間に革命軍本部跡地が遠ざかっていく。
「よかったのかよ、セレナ? 今のお前、爺を掘り出してズタズタに引き裂いてやりたいって顔してるぞ」
「……そう見えますか?」
「ああ見える。一見ただの無表情だが、付き合いが長くなってくるとわからぁ。そいつは怒りを押し殺してる顔だ」
レグルスのその言葉に、プルートも軽く頷いた。
……さすがに、あれだけ怒り狂った後だとバレるか。
確かに、今の私は頭こそ冷えたけど、怒りそのものは今でも胸の奥を焦がし続けている。
叶う事なら、今からでも裏切り爺をぶち殺して、ついでにアルバにもトドメ刺したい。
でも、頭が冷えてるなら、冷静な判断ができる。
「これでよかったんですよ。あそこに留まっていれば、すぐにでもエメラルド公爵騎士団がやって来て袋叩きにされていたでしょう。
だから、これでよかったんです」
「……そうか」
レグルスはそれ以上何も言わなかった。
その配慮がありがたい。
これ以上引っ張られたら、八つ当たりしちゃいそうだったから。
「それにしても、あなたが片眼を失うとは思いませんでしたね。それ程の強敵でしたか」
「……はい。前に会った時とは比べ物にならない強さでした」
プルートが話題を逸らしてくれたので、それに乗っかる。
これはこれでありがたいような、そうでもないような。
でも、復讐対象の事考えて怒りに身を焦がすよりは、宿敵の話でもしてた方がマシかな。
「次に会った時の事を思うと憂鬱です」
「さっきの魔術で潰れていればいいですね」
「いえ、恐らくそれはないでしょう」
そうなってくれてたら嬉しいけど、まあ、普通に無理っしょ。
「あの場にはプロキオン様が居ました。あの方の実力を考えれば、あの程度の単発攻撃でプロキオン様の守りを抜き、あの場の連中を仕留められたと思うのは楽観的に過ぎるでしょう。
拠点内の他の場所に居た連中はともかく、あの場に居た精鋭達の中に死者は出ていないと考えておいた方がいいかと」
「……まあ、そうですね。そうなると、これからは残った反乱軍の精鋭に加え、プロキオン様とエメラルド公爵騎士団、プロキオン様に抱き込まれている貴族、そしてあなたの左眼を奪った逆賊の皇子を相手にしなければいけないという事ですか。頭が痛くなりますね」
「全くですね。でも……」
「ええ。そう悲観したものでもありません」
さすがプルート。
そこで首を傾げてるレグルスと違って、私が言わなくてもちゃんとわかっていらっしゃる。
そんなプルートは、メガネをくいっとやりながら、これからどうなるのかの予想を語り始めた。
「事がここまで大事になった以上、エメラルド家征伐は帝国の総力を持って行われる事になるでしょう。
皇帝陛下御自らが動かれるかはわかりませんが、少なくともノクス様と、ノクス様が率いる事になるであろう中央騎士団の精鋭達。更にエメラルド領と隣接する領地の辺境騎士団の多くを動員した大軍勢に加え、裏切ったプロキオン様と、ガルシア獣王国との戦争で忙しいミア殿を除く六鬼将全員が駆り出される可能性が高いでしょうね。
そうなれば、明確にプロキオン様よりも序列の高い六鬼将序列一位『闘神将』アルデバラン様も出陣なさるでしょう。
それだけの戦力で攻め入れば、いくらプロキオン様と精強なエメラルド公爵騎士団、ついでに反乱軍と言えども、ひとたまりもありません」
「ですね」
そうなんだよ。
いくら裏切り爺でも、帝国と真っ向から対立して勝てる訳ないんだよ。
普通に考えて、総力戦になったら軽く捻り潰されるに決まってる。
「幸い、プロキオン様の裏切りを証明する明確な証拠も手に入りましたしね。セレナ、一応確認しますが例の魔道具は無事ですね?」
「はい、問題ありません」
プルートの懸念を払拭するように、私はとある魔道具を取り出した。
氷でコーティングし、鎧の装飾に紛れ込ませておいたそれを。
これは、つい最近外国から流れて来た録音の魔道具だ。
一応、帝国でも録音の魔道具は開発されてたけど、それとは全くの別物だ。
帝国産の録音魔道具は、写真と同じく上の方の貴族しか入手できない超高級品。
しかも、やたらとデカい上に機構が複雑なもんだから、とても戦場に持って行ける代物じゃない。
でも、今回持ち出して来た外国産のこれは違う。
大きさはなんと、前世で普通に売ってたちょっと大きめのボイスレコーダーと同じくらい。
若干ノイズが入るのが気になるけど、それだって音楽鑑賞とかを考えなければ気にならないレベル。
これを見せられた当初、こんなオーパーツどこで手に入れたんだと激しくツッコミを入れたくなったものだ。
そんな気になる入手経路は、プルートが戦争を担当してた国らしい。
その国はこういう細かい物の開発に力を入れる技術国だったらしく、停戦交渉の時に献上品、もとい賄賂としてこの録音魔道具他、色んな品物を渡して来たんだとか。
それは本当につい最近、具体的に言うと特級戦士達と私とのガチバトルの時よりも後の話なので、裏切り爺の耳にも入ってないんじゃないかな?
なんにせよ、これのおかげで私達の証言以上の効力を持つ明確な証拠が手に入ったので、エメラルド家征伐の話は割と早く纏まる筈だ。
できれば、裏切り爺が何かする暇を与えずに速攻で殲滅したい。
でも、なんとなく、そう上手くはいかないんじゃないかという予感がする。
帝国と真っ向から対立したら、裏切り爺に勝ち目はない。
これは客観的な事実から見て確実な事だ。
だからこそ……そんな事は裏切り爺自身が嫌という程わかってる筈。
そんな奴が、何も考えずに無策で私達の前にノコノコ現れるか?
ない。
それはない。
いくらアルバを救う為とはいえ、後先考えないで動く程、あの爺は無能じゃない。
絶対に何かある。
革命の灯火を消さないように守る為の何かが。
そして、そんな私の予感は当たった。
後日、大軍を引き連れて再度エメラルド領に攻め入った時、そこに奴らの姿はなかった。
裏切り爺も、アルバも、革命軍も、公爵騎士団も、どこにも居ない。
もぬけの殻となった領地だけが、そこにあった。