53 皇族の血統
「全くもって嘆かわしい事じゃよ。まさか領主である儂が不在の隙に、こんなにも多くの賊が入り込むとはのう。おかげで対処が大変じゃったわい」
そう言って、裏切り爺は操作した巨大な植物の蔦を動かす。
通路の奥から伸びてきた新たな蔦。
その蔦は、何人もの人間と氷人形を貫いて、まるでモズの早贄のような状態となっていた。
「おい爺ィ……!」
「……やってくれますね」
その光景を見て、レグルスとプルートが怒りの感情を浮かべる。
あの蔦に貫かれていたのは、言わずもがな私達と一緒に突入した直属部隊とワルキューレだ。
見たところ全員死んだっぽい。
全滅だ、全滅。
でも、まあ、今回連れて来たのは直属部隊の中でも特に性格が腐りきってた連中だ。
ぶっちゃけ、内心では早く死んでくれないかなと思うレベルで心底不快なクズ揃いだったから、私は二人と違って、部下を殺された事への怒りはない。
でも、ワルキューレが全滅してるのはいただけない。
やっぱり、あの爺、序列の上では私より上なだけはあるって事か。
普通に私より強いと思っといた方がよさそうだ。
それはともかく、まずは問答をしなくては。
「彼らは賊ではなく帝国の騎士ですよ。それを殺し、反乱軍の肩を持つという事は明確な帝国と皇帝陛下への裏切り行為です。当然、わかっていてやっているのでしょうね?」
「無論じゃよ。だからこそ、こういう事をする」
裏切り爺が、コツンと杖で床を軽く叩く。
その杖の先から魔力が放たれ、半死半生の革命軍全員を包み込んだ。
そして、彼らの傷がみるみる治っていく。
回復魔術か。
それも、かなりの腕前。
さすがに全快とまではいかなかったみたいだけど、ほぼ全員が戦闘可能な状態にまで回復してる。
まあ、傷が治ったからといって、使った魔力や体力まで回復する訳じゃない。
実際、アルバなんかは左腕こそくっついたものの、倒れかけて回復したルルに支えられてる。
前にも見たような光景だ。
それにしても、これは、
「……意外ですね。あなたともあろう方が、こうもあっさり裏切りを認めるなんて」
そこだけは少し驚いた。
こいつがいくら聖人だった元主の志を継いでるとはいえ、この爺自身は別に元主や姉様みたいな聖人じゃない。
私と同じで、優しさだけじゃ何もできないと理解してるタイプだ。
だから、いざという時は迷わず非情な判断ができる。
死にかけの革命軍を切り捨てるくらいは平気でやる筈だ。
元主を裏切った、いや裏切ったふりをして見殺しにした時とか、平民達を捨て駒のような扱いで政治争いに巻き込んだ時みたいな感じで。
だからこそ、革命軍が追い詰めに追い詰められたこの状況での最善手は、革命軍を切り捨てて大本営たるエメラルド家だけでも守る事だった筈。
今回の革命には見切りをつけて、また何年もの時間をかけて再準備。
エメラルド家という強大な力が残ってて、あとはアルバ辺りを確保できれば、それも叶う。
だからこそ、裏切り爺はこの選択をする可能性が高いと思ってた。
対して、こうやって裏切り爺本人が私達の前にノコノコ現れるのは論外だ。
しかも堂々と裏切り宣言するとか、もうね。
この瞬間、裏切り爺は逆賊に落ちた。
六鬼将三人が証人。
証拠もあるし、言い逃れはできない。
私達三人をここで始末できれば話は違うかもしれないけど、仮にも自分と同格の奴三人をなんの準備もなしに倒せるか?
普通に考えれば無理。
仮に、それを可能とする切り札を裏切り爺が持ってたとしても、私達は逃げればそれで済む話だ。
証拠を掴んだ以上、必ずしもここで裏切り爺を殺す必要はない。
後日、大量の騎士を引き連れて逆賊を滅ぼしに来ればいいんだから。
そうなれば、裏切り爺は詰む。
でも、そんな事は裏切り爺自身が一番よくわかってる筈だ。
なのに、こいつはここに居る。
まあ、理由はわからなくもないけども。
「ホッホッホ。君達は少し勘違いをしておるようじゃのう。
確かに儂は革命軍を、君達が言うところの反乱軍を組織し、皇帝陛下に牙を向いた。裏切り者と謗られて当然じゃのう。
しかし、帝国そのものを裏切ったとまで思われるのは心外じゃ。
儂はブラックダイヤ帝国の臣下として、恥ずべき行いは何一つしておらんよ」
「ああん!? なんだそりゃ!?」
「……どういう意味ですか?」
レグルスが意味わからんとばかりに吠え、プルートが訝しそうな声で尋ねる。
そして、二人の疑問に答えるように、裏切り爺は懐からある物を取り出した。
とても見覚えのする形をしたペンダントを。
「あっ!?」
それを見て、アルバがすっとんきょうな声を上げ、慌てて胸元を探り出した。
それだけでもう、あれが誰の持ち物なのかよくわかる。
「君達も知っておろう。これは皇族にのみ受け継がれる特殊な魔道具『皇家の印』。皇族の血を強く受け継ぎ、皇帝となるだけの資質を持つ者を見定める物じゃ。そして……」
裏切り爺が動く。
唖然としてフリーズしてるアルバの前まで。
「失礼」
そして、アルバの血塗れの身体に手を伸ばし、指先で血を拭ってペンダント、皇家の印の中心部分にある宝石に押し付けた。
その瞬間、皇家の印が目映い光を放ち始める。
特殊な魔力光だ。
「こ、こいつは!?」
「……そういう事ですか」
レグルスとプルートが驚愕の声を上げる。
そりゃそうだろう。
この現象は前に見た光景と同じだ。
ゲーム知識、ではなくノクスが学園を卒業した時に、皇帝のクソ野郎が渡してきた同じ魔道具を公衆の面前で光らせた時と同じなのだ。
この特徴的な魔力の波長は忘れないし、偽造できるもんでもない。
つまり、これによって、アルバには皇族の血が流れているという事が証明されてしまった。
同時に、一応は皇帝となる資格を有しているという事も。
まあ、知ってたけど。
「この印は、今は亡き我が主、ブラックダイヤ帝国元第二皇子リヒト・フォン・ブラックダイヤ様が先代皇帝より賜りし物。
それを受け継ぎしこの者は……いや、このお方こそは! 15年前の帝位継承争いの折行方不明となられたリヒト様のお子! アルバ・フォン・ブラックダイヤ様である!」
な、なんだってー!?
とでもリアクションすればいいんだろうか?
そう思うくらいに裏切り爺はドヤ顔だ。
そんなに嬉しいか?
嬉しいんだろうな。
だって、皇族の血を引くアルバという駒があれば、革命軍の行いにある程度の正統性を持たせる事ができる。
ただの反乱分子ではなく、皇族に率いられた派閥の一つとして認識させる事ができる。
そうなれば、貴族の中からも革命軍側につく裏切り者がいくらか出てくるだろう。
ただの平民につくのではなく、あくまでも公爵という貴族の延長線である裏切り爺につくのでもなく、皇族の下につくのなら納得する貴族も多い。
それが皇族の血の力だ。
本当に、こういう奴らに利用される前に、ルナを保護できて良かった。
「わかってもらえたかな? 儂は帝国を裏切ったのではなく、アルバ様の配下となっただけ。リヒト様の下へと戻っただけなのじゃよ」
「そうですか」
どうでもいい。
どっちにしろ裏切り者には変わりないやん。
この爺の演説に思うところがあるとすれば、よく回る口だなと感心するくらいだ。
アルバの配下になったとか、それ最近考えた後付け設定だろ。
知ってるんだからな。
アルバを見つけたのはつい最近で、しかも光魔術使うまでリヒトの子供だとわからなかったっていう情けない裏事情は。
エメラルド家の方にアルバを匿わなかった事といい、色々と準備不足、根回し不足なのは明白。
皇家の印が光ったのも、実は確証のないぶっつけ本番の賭けだったんじゃないかとすら思えてくる。
そう思うと、実に間抜けだ。
「では、言い方を変えましょう。アルバ様、並びにプロキオン様の率いる軍は、帝国の領地の多くを襲撃しました。
この事実がある限り、例え皇族の血筋と言えども反逆者には変わりありません。
然るべき裁きの為、帝都への出頭を求めます」
「それはできん相談じゃな」
「でしょうね」
私はそれだけ言って臨戦態勢に入った。
殺気が迸り、全員の顔がこわばる。
アルバが皇族の血筋と判明したからって、戦いが避けられる訳じゃない。
アルバの父であるリヒトは、かつて皇帝のクソ野郎と戦った男。
つまり、皇帝の敵だ。
そして、不本意ながら私は皇帝の配下。
社長の敵は倒さなきゃならない。
それこそ、お上同士が和解でもしない限りは。
それでも、裏切り爺は口を閉じなかった。
「セレナ殿、お主は何故そこまで皇帝陛下に従う? それはお主の姉君、エミリア殿の望みにそぐわんじゃろうに」
「……何が言いたい?」
私の殺気が高まり、口調から敬語が抜けた。
こいつ、今なんて言った?
なんで、お前が姉様の名前を口にしてんだ。
それが私の逆鱗だとわかっての事だろうな?
「エミリア殿とは交流があってのう。今は亡きリヒト様に似た、とても優しい女性じゃったわい。
あの方は民を憂い、人を慈しんでおった。
それに比べ、今のお主はどうじゃ? 残虐非道の皇帝陛下に忠を誓い、民の為にと立ち上がった戦士達を虐殺しておる。
姉君が生きておられたら、さぞお嘆きになるじゃろう」
「……うるさい」
「亡くなられた姉君の意志を継ごうとは思わんのか? このままで良いと本当に思っておるのか?」
「うるさい」
「今からでも遅くはない。かつて、姉君と同じ理想を抱いたリヒト様の作りし革命軍にて、奪った命への償いをする気は……」
「うるさいって、言ってんだろうがァアア!」
その言葉で、私の怒りは頂点に達した。
両腕を前に突き出し、氷結光を繰り出す。
裏切り爺は、拠点の構築に使われていた植物を盾に、それを防いで軌道を逸らす。
軌道を歪められた氷結光が、拠点の天井を凍らせて砕きながら、空の果てへと消えていった。
「お前が姉様を語るな! 生前の姉様と交流があっただと? ああ、そうだろうな! お前は、お前らは姉様を利用しようとしたんだから!」
私は知っている。
この爺は昔、あろう事か姉様を自分の派閥に引き入れようとしていたのだ。
旧第二皇子派に!
皇帝の敵だった派閥に!
その目的なんて知れている。
姉様を、もっと言えば皇族の血を引くルナを、今のアルバみたいに旗頭として利用する為だ!
「お前らが余計な事をしたせいで姉様は目をつけられた! その結果があれだ! 三年前の悲劇だ! 私にとって、お前らは憎い憎い、姉様の仇の一つなんだよォオオ!」
更に裏切り爺に向けて魔術を放つ。
使ったのは、氷の鎖を生み出す魔術『氷鎖』。
特級戦士リアンの操る鎖より遥かに大きい鎖が、まるで罪人を縛り上げるかのように裏切り爺に牙を向く。
だが、それも弾かれ、鎖はさっきの氷結光が空けた天井の穴へと消えていった。
「奪った命の償いをしろとかお前は言ったな! だったら私も言ってやる! お前らが巻き込んで殺した姉様への償いをしろ! 許されざるその罪、死んで償えェエエ!」
「む!? これは!?」
私は絶叫しながら、さっき作り出した氷の鎖を引く。
鎧の身体強化を使って、思いっきり、全力で。
そして、この鎖の先には超巨大な氷の鉄球がある。
ここに攻め入る時に使った、道中で自律式の機構を取り付けておいた鳥型アイスゴーレム。
外で待機してたあれが魔術を使い作り出した、超ド級サイズの裁きの鉄槌だ。
その大きさは、この拠点を丸ごと潰して余りある。
それを今から、鎧の身体強化による腕力と、氷弾を撃つ時みたいな魔術の射出で加速させ、この拠点に落とす。
絶対零度が私の特殊技最強なら、私の物理技最強とも言えるこの一撃。
存分にその身で味わえ!
己の罪を噛み締めながら!
「『氷隕石』ォオオ!」
そうして、全てを押し潰す氷の隕石が降り注ぎ、革命軍本部を消し飛ばした。