52 勇者VS氷月将、再び
「『氷弾雨』!」
まずは様子見。
銃弾サイズの氷弾を、私本体と球体アイスゴーレム全てからグミ撃ちして、アルバの反応を見る。
このサイズなら迎撃はかなり難しい筈。
避ければ後ろのルルが死ぬから防ぐしかない。
さあ、どう防ぐ?
「ハァ!」
アルバが選んだのは、単純な剣術による薙ぎ払いだった。
魔術の産物故に、自在に大きさを変える光剣によって、氷弾の雨を斬り払う。
強い。
これだけでも、魔導兵器に頼ってた前回とは別物だとわかる。
さながら、サナギから蝶に羽化したかのような成長ぶり。
それでも、まだまだ私の領域には程遠い。
「ぐっ!?」
アルバは氷弾の雨を相殺しきれず、いくつかが身体に突き刺さって苦悶の声を上げた。
でも、思ったより傷が浅い。
皮を裂き、肉を食い破ってるけど、骨にまでは届いてないだろう。
あの程度の負傷じゃ回復魔術一発で完治される。
やっぱり、いくら銃弾に似せるという工夫で威力を大幅に上げ、それを凄い勢いで連射してるとはいえ、初級魔術の氷弾で主人公を殺すのは無理か。
「うおおおお!」
アルバも、この攻撃が致命傷にならない事に気づいたのか、雄叫びを上げながら被弾覚悟で突進してきた。
……そういえば、前に戦った時もこうして愚直に前に出てきたっけ。
相変わらず勇敢というか、なんというか。
でも、前回そうやって愚直に突進して来た結果、私に傷一つ付けられずにアルバは敗北した。
今回も同じ結果にしてやる。
それも、前回より強力な攻撃を以て、徹底的に倒す。
殺す。
「『浮遊氷珠』出力全開!」
私の後ろのサブウェポン、四つの球体アイスゴーレムにチャージされた魔力が迸る。
両腕を前に突き出し、球体アイスゴーレムと私自身の動きを完全に同機させ、私は次なる必殺の魔術を発動した。
「『氷結光最大出力』!」
四つの球体アイスゴーレムと私自身が放った、合計五つの冷凍ビームが螺旋状に渦を巻き、一筋の極太破壊光線となってアルバに襲いかかる。
その威力は、下手すれば絶対零度にすら匹敵するだろう、私の必殺技の一つだ。
まあ、面制圧の絶対零度に比べて、ビーム故に直線上のものしか薙ぎ払えなくて避けられる可能性が高い、球体アイスゴーレムがベストポジションにないと使えない、しかもかなり燃費が悪い、と割と欠点の多い技だけど、その分、条件さえ整えば絶対零度より遥かに発動が早いという利点がある。
それに、避けられやすいって欠点も、ルルを庇ってる今のアルバ相手なら問題にならない筈。
食らって死ね!
「『聖光』!」
チッ!
やっぱり、そう簡単にはいかないか。
アルバは膨大な光のエネルギーを生み出し、それを以て必殺の冷気を相殺しようとしている。
前に絶対零度を防いだのと同じ方法だ。
防げたという前例がある以上、それが有効な手段である事に間違いはない。
しかし、間違ってないからと言って、正解とは限らない。
あの魔術は、消費や消耗を度外視して、膨大な魔力をただただがむしゃらに放出してるだけだ。
確かに、あれだけの魔力を使えば私の攻撃を防ぐ事もできるだろう。
ただ、効率はクソ程悪い。
魔術の強さは、消費した魔力量×選んだ魔術の強さ×魔力の魔術への変換率だ。
100の魔力を使っても、その変換率が70%なら、30%分魔術の威力は落ちる。
だからこそ、魔術師は明確なイメージという名の設計図を作り、魔力操作技術を駆使して少しでも設計図通りに魔術を発動する事で、変換率を上げようと試みるのだ。
でも、アルバが使ってるアレは違う。
明確なイメージも魔力操作技術も変換効率もクソもない。
強く、ただただ強く。
多分、それだけを思って発動してるんだろう。
私の魔術は、ノクス達から化け物扱いされた魔力操作技術のおかげで、変換率ほぼ100%。
そして、この『氷結光最大出力』に使ってる魔力量は、ゲームのMPにして凡そ500くらいだと思う。
それを、アルバは変換効率度外視で、MP5000くらい使って無理矢理防いでる。
きっと、魔術師として未熟なアルバにはそれしかできない。
つい最近魔術師として目覚め、つい一ヶ月前に初めて自分の魔術を使えるようになっただけのド素人には、それが精一杯。
それが、アルバの限界。
でも、
「うぉおおおおお!」
そんなド素人の足掻きが、後ろの女の子を必死に守ろうとする男の意地が、こんなにも眩しく力強い。
次の瞬間には尽きてしまいそうな、無茶苦茶な魔力の放出。
一秒後には倒れてしまいそうな、滅茶苦茶な戦い方。
それでも、アルバは私の攻撃を耐えている。
後ろのルルに被害が行かないように、その身を盾にして地獄の吹雪を防いでいる。
その上で前進して来るのだ。
冷気の嵐を突っ切って、少しずつ、一歩ずつ、でも確実に、アルバは私へと迫ってくる。
不死身の英雄か、もしくはゾンビでも相手にしてる気分だ。
どんなホラーだとツッコミたい。
だけどね。
「だぁああああああ!」
雄叫びを上げるアルバに対抗するように、私もまた咆哮を上げた。
そして、魔術の出力を更に上げる。
限界を超える魔力行使に、籠手の中に埋め込んだ杖が嫌な音を立てるのがわかった。
関係ないと更に出力を上げる。
そっちに引けない理由があるように、私にだって引けない理由があるんだ。
アルバに守りたい人がいるように、私にも守らなきゃいけない人がいる。
ルナの為に、あの子の幸せな未来の為に、私は負ける訳にはいかない。
誰を犠牲にしても、何を踏みつけにしても、勝って、勝って、勝ち続けなければならない。
皇帝に、ルナの命を握り続けているあの憎い憎い男に、私の価値を示し続ける為に。
奴が、ルナに人質としての価値を感じ続けるように。
万が一にも、奴が私を見限り、ルナにその毒牙を向ける事がないように。
私は勝たなきゃいけない。
目の前の勇者を殺して、勝たなきゃいけないんだッ!
「あああああ!」
「おおおおお!」
冷気と光がぶつかり合う。
お互いの意志を、覚悟を魔術に乗せて、私達は殺し合う。
その果てに、━━光の勇者が地獄の吹雪を突き破った。
「ッ!?」
「『光騎剣』!」
身体中を凍りつかせ、顔を真っ青にしながら、アルバは光の剣を私に向けて振り抜いた。
咄嗟に、事前に抜いておいた氷剣で迎撃する。
六本の氷剣が交差し、光の剣と競り合う。
だが、光の義手と無事な左腕でしっかりと力を込めている光剣に対して、浮遊しているだけの氷剣では六本あってもパワーが足りなかった。
威力を削ぐ事こそできたものの、完全に防ぎ切る事はできず、アルバの剣撃が私の兜に直撃する。
「ぐぅ!?」
頑丈に作った兜がたった一撃で罅割れた。
兜ごしにも関わらず、凄まじい衝撃が脳を揺らす。
でも、脳震盪を起こす程じゃない。
反撃の余地がある。
「『氷狙撃弾』!」
「がはっ!?」
至近距離から発射した魔術、氷弾の威力と回転を超強化した狙撃弾がアルバの右胸を撃ち抜く。
本当は心臓を狙ったんだけど、咄嗟の反射で急所を逸らされた。
それでも、この一撃は確実に右肺と肋骨を粉砕し、アルバに吐血を強いた。
確実に効いてる。
効いてない訳がない。
「『氷剣乱舞』!」
「ぐぁああ!?」
弱ったアルバに私は追撃を放った。
六本の氷剣による目にも留まらぬ連続攻撃。
完璧に計算され尽くした軌道を刃が走り、まるで六人の達人剣士が寸分違わぬ連携奥義を放ったかの如く美しい剣技。
勿論、そんな技術が私にある訳がない。
私は剣術に関してはへっぽこだし、体術全般に関してもそこまで得意じゃないんだから。
故に、これは剣術などでは断じてない。
アイスゴーレム技術の応用で、事前に決めておいた動きを剣が勝手に繰り出してるだけだ。
つまり、完全に固定された型。
テレフォンパンチならぬ、テレフォンスラッシュである。
レグルスクラスの達人剣士相手だと、一度見せたら二度と通じない見せかけだけの美技。
それでも、初見なら充分に敵を殺し得る絶技だ。
刻まれて死ね!
「あ、が……ま、まだだぁああ!」
氷剣がアルバの身体に裂傷を刻んでいく。
深く、鋭く、その身体を斬り刻んでいく。
それでも、アルバは諦めない。
目から光が消えない。
ああ、確かにアルバの言う通り「まだだ」。
まだ決定打が足りない。
私は片腕を宙に掲げた。
「『氷砲弾』」
そうして作り出したのは、車サイズの砲弾を作り出す氷砲弾。
普段なら0.1秒もかけずに放てる技を、あえてゆっくりと使う。
アルバに見せつけるように。
そんな砲弾が向かう先は当然アルバ……ではなく背後のルルだ。
「ッ!?」
「そう。あなたは仲間を見捨てられない」
放たれた氷砲弾を迎撃する為に、アルバが光剣を伸ばす。
それによって氷砲弾は撃墜されたものの、光剣をそっちに使ってしまった事でアルバのガードが空いた。
そんな事をすれば当然、今まで必死で致命傷を避けてきた剣舞の餌食だ。
「ぐはぁああああ!?」
「アルバッ!?」
アルバが絶叫を上げ、足手まといになってしまったルルが悲鳴を上げた。
アルバが刻まれていく。
左腕が斬り落とされ、右脚が抉られ、左膝が砕かれ、胴体を貫かれる。
自動操作故に、首とか心臓とか狙いの致命傷を与える事こそできなかったけど、それでも充分だ。
「さあ、これでトドメを……」
「ま、だだぁあああ!」
「なっ!?」
トドメを刺そうと次の魔術を発動しようとしていた私は度肝を抜かれた。
アルバが、ズタボロの身体を引き摺り、氷剣の隙間を無理矢理抉じ開け、その代償で更なる痛手を負いながら突撃して来たのだ。
それも一切の躊躇なく!
そこは普通、回復魔術を使うところでしょう。
腕だって、千切れてすぐならくっつけられるのに。
そんな事知った事かとばかりに、アルバの眼中には私しかいない。
迫り来る自分の死など意に介さず、ただただ私を倒して仲間の脅威を排除する事しか考えてない。
これがアルバの覚悟か。
どうやら私は、無意識の内にアルバの事を過小評価してたらしい。
実力でも主人公補正でもなく、その覚悟の強さを侮っていた。
主人公、運命に愛された者。
そんな色眼鏡で見て、アルバの内面を正確に把握できていなかった。
前に会って直に話した時の印象を、覚悟も決まっていない未熟者という印象を引き摺ってしまっていた。
だからこそ、この一瞬、ほんの僅かに私の反応が遅れた。
その一瞬の隙を突き、アルバが今までとは比べ物にならない速度で私の懐に潜り込む。
「『光騎剣』!」
「くっ!?」
アルバが光剣を振るう。
球体アイスゴーレムが自動防御の氷の盾を展開するも、一撃でごっそりと削られた。
速度だけでなく、ここに来て威力まで増している。
最後の輝きとでも言わんばかりに、ここに来て光が強くなってる!
残りの魔力も、体力も、生命力も、ここで全て振り絞る気だとすぐにわかった。
そうでもなければ、今のアルバにこれ程の出力は出せない筈。
灯火消えんとして光を増す。
要するに、燃え尽きる寸前の蝋燭が一番激しく燃えるという意味の言葉。
今のアルバにこれ以上ない程よく似合う。
「おおおお!」
光剣が超高速で振るわれ続ける。
秒間10、いや15回は振るわれる連続攻撃。
まさに怒涛の勢い。
一撃ごとに氷の盾が抉れ、砕かれ、私とアルバの距離が縮む。
このままでは押しきられる!
対策、対策を!
「『光神剣』ォ!」
「!?」
その瞬間、アルバが過去最高の斬撃を放った。
全てを断ち斬るような真上からの一撃。
それが氷の盾を引き裂き、私の兜を砕いて、私の左眼を奪った。
「痛ッ!?」
危なかった。
左眼だけで済んだのは行幸だ。
咄嗟に一歩後ろに下がっていなければ死んでいた。
アルバに、今の一瞬で光剣を伸ばす技量があれば死んでいた。
運が良かったのだ。
そして、対策が間に合った。
「がっ!?」
急にアルバの動きが停止する。
その身体は、まるでハリネズミの如く、後ろから六本の氷剣に貫かれていた。
さっきアルバが無理矢理振り払った氷剣。
私の手札の中で、咄嗟に一番早く動かせる武器。
怒涛の攻撃に去らされながら、私はそれをなんとか呼び戻していたのだ。
そして、攻撃に全神経を集中していたアルバは、背後からの攻撃を避けられなかった。
氷剣が到着する前に私を仕留めきれなかったアルバの負けだ。
「ハァア!」
「ごはっ!?」
動きの止まったアルバに、私は渾身のボディブローを叩き込んだ。
鎧の身体強化によってレグルス以上のパンチ力となった私の拳は、アルバの内臓を破裂させながら、その衝撃で吹き飛ばす。
その時、背中に刺さった氷剣も、刺さった部分を盛大に抉りながら抜ける。
結果、アルバは前の時以上のボロ雑巾となって、ルルの近くの壁へと叩きつけられた。
「アルバァ!」
ルルが悲鳴を上げながら、壊れた身体を引き摺ってアルバの元へと向かう。
その間に、私は回復魔術を使って負傷を治した。
殆どの傷は今ので治ったけど……左眼はダメだ。
眼球が跡形もなく消し飛ばされてる。
この世界の回復魔術では、部位欠損までは治せない。
私の腕前を以てすれば眼球破裂くらいならなんとかなっただろうけど、さすがに無くなったものまでは治せないのだ。
……前にアルバの右眼を奪った私が、今度はそのアルバに左眼を奪われるなんて。
これが因果応報というやつか。
「さて」
治療を手早く終え、私は意識の全てを戦闘へと戻す。
まだ戦いは終わっていない。
レグルスとプルートの方も激戦が続いてるみたいだし、何よりアルバ相手だと完全にトドメを刺すまで安心できない。
そして、私の考えは当たっていたらしい。
壁にめり込んだアルバが、歩く事すらできないような重体を引き摺りながら這い出して来た。
そして、壊れた脚でしっかりと大地に立つ。
ここまでやって尚、まだ倒れない。
本当に強くなった。
天晴れ見事だよ。
でも、倒れないなら、倒れて死ぬまで戦うだけだ。
私はもう油断しない。
今度こそ確実に息の根を止め、その死体まで粉微塵に砕いてやる。
私は今一度、必殺技の一つを発動した。
「『氷結光最大出力』!」
さあ、その傷付いた身体で、今度はどう対処する?
アルバは動かない。
必死で魔術を発動しようとしてるように見えるけど、燃え尽きたように魔力が出てこない。
さすがに限界か。
なら、おとなしく氷結地獄で死ぬがいい。
そうして、アルバにトドメの一撃が突き刺さる寸前。
またしても図ったようなタイミングで、突如戦場となった革命軍本部その物が動いた。
植物で出来た床が、壁が、天井が、まるで生き物のように流動し、アルバとその近くに居たルルを絡め取って冷凍ビームの射線上から逃がした。
「なんだぁ!?」
「これは!?」
その影響はレグルスとプルートの方にも及んだようで、二人は戦っていたバック達と分断させるように蠢いた植物の壁に阻まれ、戦闘を強制終了させられていた。
その時チラッと見た感じでは、二人とも無傷で相手はバック以外虫の息だったので、相当惜しい状況だったみたいだ。
そして、この現象の下手人に検討をつけたんだろうプルートがレグルスを引き摺り、私と合流して一塊の陣形を取る。
その次の瞬間、━━通路の奥から人影が現れた。
プルートの装備を数段レベルアップさせたような、いかにも私は大魔術師ですと言わんばかりの立派なローブに身を包み、長い白髭を蓄え、大きな杖を持った一人の老人。
その姿を見た瞬間、私は持ってきた魔道具のスイッチを入れる。
そして、怒りと苛立ちを氷の無表情で隠しながら、その爺に話しかけた。
「お久しぶりですね。ところで、どうしてあなたが反乱軍の味方をしていらっしゃるのですか? ねえ、━━プロキオン様」
その白々しい問いに、プロキオンこと裏切り爺は、
「なに、儂の領地に無断で踏み行って来た不届き者に、ちょいとお仕置きをしておっただけじゃよ、セレナ殿」
にっこりと、まるで好好爺のような白々しい笑みを浮かべてみせた。