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革命少女の戦い 2

「『氷砲弾(アイスキャノン)』!」


 少女一人対六鬼将三人という絶望的な戦い。

 最初に動いたのは、やはりと言うべきかセレナであった。

 容赦のない氷使いは、一瞬で作り上げた氷の砲弾を使ってルルを狙撃する。


「くっ!」


 高速で飛来する氷の塊を、ルルはなんとか避けた。

 前回の戦いでセレナの強さを嫌という程思い知ったルルにはわかる。

 セレナにとって、この程度の魔術は挨拶がわりの軽いジャブに等しい。

 そんな攻撃でさえ当たれば即死、全力を出して回避がやっとという始末だ。

 改めて突きつけられた絶望的な戦力差に、いっそ笑いたくなる。


 そんな思考が脳裏を過った瞬間、ルルの背後から轟音が聞こえた。


「……やっぱり、この程度の攻撃じゃ壊せないか」


 そして、セレナが小声で呟く。

 敬語キャラが崩れている辺り、誰に聞かせるつもりもない独り言だったのだろう。

 だが、その声はルルの耳にまで届いた。

 そして、それを聞いたルルの感想は、戦慄だ。


(こいつ!?)


 ルルはセレナの狙いに気づいた。

 セレナの放った魔術は、ルルに避けられた後も直進し、背後の扉へと激突したのだ。

 しかし、さすがは革命軍上層部が特別に作ったという部屋の扉だけあって、セレナの魔術を食らっても損傷は軽微。

 ルルは、何故そんな部屋にアルバが運び込まれたのかと若干解せないと思っていたが、今はそれがありがたい。

 だが、


(これは、マズイわ!)


 ルルは危機感を募らせる。

 扉の損傷は軽微とは言え、全くの無傷ではない。

 もっと強力な魔術を続け様に撃たれれば、じきに破られるだろう。

 そうなれば中のアルバが死ぬ。

 しかも、戦いが長引く事もない。

 長引く前にアルバが死ぬ。


 セレナの狙いはこれだ。

 魔術でルルを倒せればそれでよし。

 避けられても、その魔術は扉を破壊し、アルバを殺す為の攻撃と化す。

 更に、ルルから『味方が駆けつけるまでの時間稼ぎ』という選択肢すら奪った

 一手両得、どころか一石三鳥。

 セレナはどこまでも冷徹で、合理的だった。


(だったら!)


「やぁあああ!」


 ルルは咆哮を上げながらセレナに向けて突進し、必ず殺すという気迫と共に刃を構える。

 力量差を弁えない無謀な特攻だ。

 しかし、こうなってはこれ以外に手はない。

 時間稼ぎすら許されないなら、ルルとアルバが生存する方法は一つ。

 今この場で、化け物三人を纏めて倒すしかない。

 しかも、扉が壊されるまでの短時間で。

 それは、どんな無茶振りであろうか。


 だが!


(無茶振りなんて、戦う前から百も承知なのよ!)


「『魔刃一閃』!」


 か細い希望の糸を必死で手繰り、必ず勝つ。

 そんな覚悟を込めた少女の一撃は。


「おっと」


 セレナに届く事すらなかった。

 紅の鎧を纏った騎士、レグルスの手にした大剣がルルの一撃を止める。

 それも、片腕であっさりと。


「ッ!?」

「そらよ! 『爆炎剣(バーンソード)』!」


 凄まじい怪力で大剣が振るわれ、それと同時に剣が爆発を発生させた。

 衝撃と爆風によって、ルルは守っていた扉にまで吹き飛ばされ、叩きつけられる。


「カハッ!?」

「お? 直前で自分から後ろに飛んで衝撃を逃がしたか。大した怪我もしてねぇみてぇだし、思ったより強ぇな。これなら手加減はいらねぇか?」


 レグルスが余裕綽々の態度でそう宣う。

 今の言葉が本当ならば、手加減して今の威力なのだろう。

 それでさえ、ルルは一瞬意識が飛びかけた。

 別にセレナ以外を侮っていた訳ではないが、改めて敵の強さを再認識させられる。


「『氷砲連弾(アイスガトリング)』!」

「『水槍(アクアランサー)』」

「くっ!?」

「あ!? おい!」


 そして、気を抜く暇など与えられない。

 すぐに氷の砲弾と水の槍による弾幕がルルへと撃ち込まれる。

 ルルはこれを特級戦士にも負けないと自負するすばしっこさでなんとか避け続けるが、避けた攻撃はそのまま扉へとぶち当たる。

 このままでは、ルルも扉も長くは持たないだろう。


「お前ら! せっかくの上玉を粗挽き肉団子どころか消し炭にするつもりか!?」

「寝言は寝て言いなさいレグルス。最優先事項はあの扉の先に居る人物の抹殺であり、その為に現在成すべき事は、あの劣等種の殲滅です。

 あなたの趣味に考慮する必要性が感じられません」

「レグルスさん、お願いですから真面目にやってください。今回ばかりは下半身優先してる場合じゃない重大案件なんですから」

「珍しくセレナまで辛辣だな!? ったく、わーったぜ」


 何やらセレナ達が話していたが、その会話を拾う余力すらルルにはない。

 全身全霊を回避に費やして、ようやくギリギリで延命できているのが現状だ。

 だが、それでは遠からず詰むとわかりきっている。

 つまり、


(一か八か前に出るしかないってわけね。上等じゃない!)


「ああああ!」


 回避に専念する動きを捨て、無茶を承知で弾幕の雨の中を突っ切り、前に出る。

 魔導兵器(マギア)内の魔力をここで使い切るくらいのつもりで身体強化に費やし、四足獣のような身を屈めた態勢で、被弾を最小限に抑えながら突進した。


「ぐぅ!?」


 無論、それだけで完全に避けられるものではない。

 いくつかの氷弾が身体を掠め、水槍に抉られ、瞬き程の刹那の間に身体はズタボロになっていく。


 だが、それでも、辿り着いた。


「『魔刃一文字』!」


 渾身。

 残った力を振り絞り、まずはこの場で一番厄介なセレナに向けて、ナイフによる突きを繰り出す。

 しかし、やはりと言うべきか、それだけでは届かない。


「よっと」


 ルルとセレナの間に立ち塞がる影。

 三人の中で唯一弾幕作りに加わらず、近接戦に備えていたレグルスの大剣によって、またしてもルルの一撃があっさりと止められた。

 だが、それは想定内。

 元々、渾身の一撃程度で倒せる相手だとは思っていない。


「ハァ!」


 突き技を防がれた際の衝撃を利用し、ナイフを握った右腕を引きながら身体を回転。

 そのまま、左手のストレートパンチをレグルスの顔面に叩き込んだ。

 凄まじい手応えがルルの拳に伝わる。


「ッ!?」

「ハッハァ! やるじゃねぇか!」


 その攻撃を受けたレグルスは、全くの無傷。

 魔導兵器(マギア)による紛い物とはいえ、身体強化を纏ったルルの拳を顔面に受けて、かすり傷一つすら負わない頑強さ。

 逆に、攻撃を仕掛けたルルの拳が傷んでいる始末。


(硬すぎでしょ!?)


 人体を殴った感触ではなかった。

 まるで、身体強化なしで鋼鉄を叩いたかのよう。

 

「お返しだ! 『爆炎剣(バーンソード)』!」 


 そして再び、爆発する剣撃による反撃。

 だが、その技は一度見ている。

 既知の技でそう簡単にやられるルルではない。


 レグルスの顔面にぶつけたままの左手を動かし、その肩を掴む。

 そこから、左手を支点として倒立前転。

 レグルスの後ろを取り、爆発の攻撃範囲から逃れる。


「やぁあ!」


 そして、反撃とばかりに、前転の勢いのまま、空いた右手でナイフを振るう。

 狙うは、背中側に抜けた事で見えた、レグルスの首筋!


「『火炎纏い(フレイムオーラ)』!」

「熱っ!?」


 その瞬間、レグルスの身体が紅蓮の炎を纏う。

 しかも、その炎が背中側から吹き出した。

 丁度、ルルに直撃する軌道で。


 ルルは慌てて左手に力を込め、自分の身体を地面に投げる事で炎の放射を回避。

 しかし、突然レグルスの身体を包み込んだ炎から完全に逃れる事は叶わず、接触していた左手に大火傷を負った。


「ぐぅ!」


 ルルは歯を食い縛って苦痛を噛み殺し、即座に起き上がる。

 そして即座に駆け出し、レグルスとの間合いを詰めた。

 まずはこいつを倒さなければ他の二人を狙えない。


「『魔刃連撃』!」


 ルルがナイフを振るう。

 懐に入り、レグルスの大剣にはないナイフの強みである小回りの利きやすさ、手数の多さを存分に活かして攻める。

 二人が繰り広げるは、殆ど密着した超近接戦闘。

 魔術師ならざる者が、唯一強力な魔術師と対等に戦える間合いでの勝負。

 加えて、懐というのは大剣ではなくナイフの間合い。

 ルルはレグルスという強敵を相手に、ほぼ完璧に自分の間合いで戦う事に成功していた。


 だが、それでも、それでも尚。


「ハッハッハッハ! お前、本当に強いな! 平民に生まれてなけりゃ直属の部下兼愛人にしてたところだ! マジで惜しいぜ!」

「くっ!?」


 ルルには余裕がなく、レグルスには充分すぎる程の余裕があった。

 これは貴族と平民との差ではなく、純粋にルルとレグルスの戦士としての力の差である。

 魔力の差、体格の差、経験の差、技術の差。

 レグルスはセレナと違い、魔術ではなく剣での戦いを主体とした魔導剣士なのだ。

 いくら距離を詰めたとて、いくら懐に潜り込んだとて、そこはルルの間合いであると同時に、レグルスの間合いでもある。


 近接戦は、魔術師ならざる者が唯一強力な魔術師と対等(・・)に戦える間合い。

 そう、対等だ。

 決して優位に戦える訳ではない。

 つまり、これが答え。


 革命軍上級戦士のルルでは、六鬼将序列五位『極炎将』レグルス・ルビーライトに到底及ばない。


 ただそれだけの事だった。


「そうら!」

「カハッ!?」


 それでも、すばしっこく立ち回っていたルルに、レグルスの攻撃が炸裂する。

 大剣を囮に使われ、そちらに意識を裂きすぎていたルルの胴に、レグルスのラリアットが突き刺さる。

 レグルスの剛腕によって繰り出されたラリアットは、ルルのあばら数本をへし折り、内臓にも深いダメージを与えながら、彼女を吹き飛ばした。


 丁度、セレナと共に弾幕を作り続けていたプルートの方へと。


「あ、やべ」


 うっかりしてたと言わんばかりにレグルスが呟く。

 だか、これはルルにとってまたとないチャンスだ。

 今まではレグルスが邪魔で他の二人に手が出せなかった。

 しかし、これならばプルートに攻撃ができる。

 この傷では、もう戦闘継続は難しいだろう。

 ならば、完全に戦闘不能になる前に、せめて一人でも道連れにしてやろうと、ルルは空中で体制を整え、プルートにナイフを振るった。


 だが、


「『水盾(ウォーターシールド)』」

「え!?」


 ルルのナイフが、プルートの発動した魔術、水の盾に止められる。

 液体だというのにスライムのような弾性で立派に盾の役割を果たし、突き出したナイフごとルルの右腕を絡め取った。

 そして、


「『圧水殺(アクアプレス)』」

「あがぁ!?」


 今度は水に凄まじい圧力が加わり、絡め取られたルルの右腕を圧殺する。

 骨が砕け、肉が潰れる。

 壮絶な痛みがルルを襲った。


「終わりですね。劣等種の分際でこの僕の手を煩わせた事、存分に後悔しながら死になさい」


 プルートが手に持った小さな杖をルルに向け、水の弾丸を放つ。

 それを地面を転がりながら必死で避けるも、避けきれずに右足を負傷した。

 そんな悪足掻きにプルートが顔をしかめながら次の魔術を放とうとする。

 ルルは痛みの中で確信した。

 これは、避けられない。

 避けるだけの力が、もう身体に残っていない。


(ちくしょう……!)


 ルルは悔しさに涙する。

 覚悟を決めて命懸けで抗おうとも、結局奇跡は起こらなかった。

 どうしようもない実力差を覆す事叶わず、できたのはほんの僅かな時間稼ぎだけ。

 それすら、セレナとプルートが扉の破壊を優先していた事を思えば、意味があったのかすら怪しい。

 無駄死に。

 ルルの脳裏にその一言が過る。

 悔しかった。

 そして、己の無力が何よりも憎かった。


(ごめんね、アルバ。守ってあげられなくて)


 最期に思い浮かんだのは、自分が革命軍に引き入れ、危険に晒してしまった、あの少しだけ弟に似た少年の顔だった。


「死ね」


 プルートが無慈悲に死刑を宣告する。

 構えた杖の先に魔力が収束する。

 あと一秒もしない内に、その魔力はルルの命を奪う魔術へと変換されるのだろう。

 終わりが、死が、数瞬先の未来にまで迫っていた。


 だが、ここに来て奇跡は起こる。


「おおおおおお!」


 野太い男の叫びが周囲に響き渡った。

 それと同時に天井が粉砕され、そこから破壊された氷の人形が落ちてくる。

 セレナにとっては、ついこの前も見たような光景。

 そして、やはり状況は前と同じだった。


 破壊された氷の人形はワルキューレ。

 それを追って飛来する筋肉の影。

 少し違うところがあるとすれば、今回は筋肉の後から更に一人の女が襲来した事か。


「だぁあああああ!」


 それに重なるようにして、今度は廊下側に穴が空いた。

 そちらからも、壊れた氷の人形と、それを追いかける人影が襲来する。

 風を纏った刀を持った女と、鎖を持った男。


 特級戦士のキリカとリアン。

 その前に出て来た筋肉と女は、同じく特級戦士のバックとミスト。

 今ここに、生き残りの特級戦士全員が集結していた。


 しかし、それだけではルルへ向けられた魔術は止まらない。

 予想外の事態にプルートの思考が僅かに乱れた事により、コンマ数秒魔術の発動が遅れたが、それだけだ。

 ルルが死ぬ運命は変わらない。


 故に、この後に起きた事が本当の奇跡なのだろう。


「……え?」


 緊迫した空間に間の抜けた声が響いた。

 その声の主はルルだ。

 彼女は数瞬後の死を覚悟していた。

 だが、一瞬謎の浮遊感を感じたと思ったら、目の前から自分を殺そうとしたプルートの姿が消えていたのだ。

 その代わりに目に映ったのは、もはや見慣れた少年の顔。

 この国では珍しい黒髪黒目。

 顔立ちは、こうして間近で見ると意外に整っている。

 しかし、その顔を隠すように、右目の部分に痛々しく巻かれた包帯がある。


「アルバ……」


 その少年の名前を口に出した瞬間、ルルはようやく自分が彼の腕に抱かれている事に気づいた。

 恐らく、プルートの魔術が発動する前に、ルルを抱えて回避してくれたのだろう。

 そう思うと、何故か胸が高鳴って顔が熱くなった。

 死を垣間見て、身体が不調をきたしたのかもしれない。


「……やっぱり、こうなった」


 謎の不調に困惑するルルの耳に、再びセレナの呟きが届いた。

 小さな声。

 その小さな声の中に、やりきれないような複雑な感情が込もっているように思えた。


「お久しぶりですね、反乱軍の勇者さん。戦う覚悟は出来ましたか?」


 そして、今度は皆に聞こえるような普通の声量で問いかけたセレナを、『勇者』と呼ばれたアルバは、残った左目に強い意志を込めて見詰め返した。

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[一言] 主人公補正ぇ…
[一言] 主人公補正さん仕事しすぎぃ! 真主人公のセレナさんにもあいの手を
[一言] 主人公補正やばい
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