絶望襲来
革命軍特級戦士のリーダー、バックは革命軍本部にて重い空気を纏っていた。
身長2メートルを越え、はち切れんばかりの筋肉を持った筋骨隆々の巨漢が、顔に威圧感溢れるサングラスを装備し、腕を組みながら不機嫌オーラを全開にしている様は、控えめに言ってかなり怖い。
気心知れた部下ですら、話しかけるのを躊躇するレベルだ。
だが、上司に向かって「怖いから不機嫌オーラ消してください」と言える勇気ある部下はいなかった。
「ダーリン、凄く怖い顔してるわよ。他の皆が怯えちゃうじゃない」
「む、すまん、ミスト」
しかし、勇気ある部下はいなくても進言できる者はいた。
バックの妻であり、特級戦士の一人でもある弓使い、ミストだ。
彼女が言いづらい事を言ってくれたおかげで、同じ部屋に居る部下達はホッと息を吐いた。
だが、完全に緊張感がなくなったかと言うと、そうではない。
「これでどうだ?」
「うーん、まだ怖い顔ね。私はそんなダーリンも素敵だと思うけど、アルバくん辺りが見たら失禁しそうだわ」
「……そうか」
バックがしょんぼりと肩を落とした。
筋肉を擬人化したような大男がショボくれる様は凄まじく似合わないが、おかげで不機嫌オーラが少し減少した。
怪我の巧妙である。
「普段は鉄仮面なダーリンがそんな顔するなんて……やっぱり相当ストレス溜まってるみたいね」
「……まあな」
彼がこんな状態になってしまった原因。
それは心労である。
そして、その心労の原因は前回までの戦いに起因する。
このところ、革命軍は踏んだり蹴ったりだ。
革命軍は元々、旧第二皇子派の旗頭となっていた存在、元第二皇子リヒトの配下であった。
いや、正確には配下になり損ねた組織と言うべきか。
革命軍の前身となる組織が出来上がったのは、約15年前。
現皇帝アビスとリヒトが争っていた帝位継承戦の終盤の事である。
当時、平民を道具以下の存在として扱う帝国貴族の常識とも言える考えに真っ向から反発していた旧第二皇子派は、当然ながら勢力として、とても弱かった。
貴族全体の一割すら掌握できていなかっただろう。
対して、兄アビスの派閥は帝国の主流派。
貴族の殆どはアビスの味方だった。
普通に考えれば、とても対抗できる戦力差ではない。
そこで、当時リヒトの最も忠実な側近であった男、現在の六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルドは一計を案じた。
彼は足りない戦力の代わりとして平民に目を付けたのだ。
幸い、リヒトは他の貴族と違って民を憂い、頻繁に施しを与えていた人格者だった為、平民の取り込み自体は然程難しくなかった。
しかし、当然ながら、魔力を持たない平民をただ使うだけでは意味がない。
こう言ってはなんだが、平民など貴族から見れば虫ケラも同然だ。
ちょっと魔術を当てればあっさりと死ぬ紙装甲。
死力を尽くした反撃でも、身体強化を使った貴族に傷一つ付けられない非力っぷり。
雑魚である。
まごうことなき雑魚である。
いや、もう雑魚とかそういうのを通り越して、いっそ悲しくなるくらい無力な生き物でしかない。
そんな虫ケラ、もとい平民をただ率いたところで政治の役にも戦いの役にも立たない。
箸にも棒にもかからない。
そこで考案されたのが、現在の革命軍の根幹を支える武器、魔導兵器だ。
貴族の魔力を魔導兵器内にストックしておき、それを平民に使わせる事で、虫ケラな平民が雑兵くらいの役割を果たせるようになる画期的な作戦。
そして、平民は数だけなら貴族を遥かに上回る。
加えて、魔導兵器は決して平民だけに恩恵を与える物ではない。
上手く使えば魔術師の戦力向上も狙える。
実際、現在のバックは重火器のような魔導兵器を使う事で、従来の戦闘スタイルで戦うよりも遥かに強くなった。
かつてセレナが殺した、本来であればアルバを救って特級戦士になっていた筈の男、ブライアン・ベリルも同じだ。
もっとも、魔術師を更に強化できる程の超高性能魔導兵器は生産コストも重く、とても量産できる代物ではない為、そこまで劇的な戦力向上にはならない。
それでも充分過ぎる価値があった。
この作戦が形になれば、互角とまでは行かずとも、第一皇子派との戦力差をかなり埋める事ができる。
リヒト本人は守るべき民である平民達を戦わせる事に難色を示したが、彼は元々平民の立場が弱すぎる事を憂いており、今回の作戦は平民の地位向上にも繋がるというプロキオンの説得によって、一応は納得させられた。
そうして出来上がったのが、革命軍の前身たる組織『平民部隊』だ。
そして、その平民部隊を率いる将として、バックは抜擢された。
バックはエメラルド公爵家の傍系出身。
組織を率いるリーダーとなれるだけの教養もあり、魔力量も戦闘力も筋肉量も申し分ない。
加えて、最も重要な要素である、平民を下に見ない精神を持っていた。
実際、後に彼の妻となったミストは平民出身だ。
まさに適役と言える。
だが、大役に意気込むバックが活躍する事はなかった。
まだ魔導兵器の量産体制が整っておらず、平民部隊の本格的な始動ができていなかった時期に、突如として帝位継承争いは終結してしまったのだ。
どこかで平民部隊の情報を聞き付けたのか、それとも単なる偶然か。
第一皇子アビスは第二皇子派の準備が整う前に、武力によるリヒトの排除を決行した。
今までは、あくまでも政治的に戦っていたからこそ第二皇子派は潰れずに済んでいただけだ。
武力での真っ向勝負となれば勝ち目はない。
その絶望的な戦力差を埋める為の平民部隊も、まだまだ実用段階には程遠く、とても使い物にならない。
終わりだった。
かくして、帝位継承争いは終わりを告げた。
奮戦により第一皇子派の貴族の多くを討ち取ったものの、旗頭であった第二皇子リヒトは、第一皇子アビスとの直接対決により戦死。
その忠臣であったプロキオンは、リヒトの命令により涙を飲んでアビスに降った。
平民部隊はまだ正式な形になっていないくらい小規模だった事が幸いし、プロキオンの必死の工作によって、その存在自体の隠蔽に成功。
そのまま闇へと葬り去られた。
だが、それでもプロキオンは諦めなかった。
帝位継承争いによって大粛清が起こり、大きく弱体化した旧第二皇子派を裏で纏め上げ、同時に帝国に隠れて魔導兵器の開発を続行。
更に、バックには平民部隊の立て直しを命じ、貴族が平民など眼中にないのをいい事に、各地の平民達をゆっくりと、だが確実に味方にしていった。
だが、その当時はプロキオン自身の権力も地に落ちており、寝返りの対価を持ってしても賄えない状況。
そんな状態での活動がとてつもなく苦しかった事は言うまでもない。
それでもプロキオンは、否、リヒトの志を継ぐ全ての者達は、かつての主の為、一丸となって抗い続けた。
そうして、辛く苦しい雌伏の時を過ごす事、15年。
その間の努力によって魔導兵器の量産に成功し、国内各所の平民達を味方とし取り込み、彼らの殆どに魔導兵器を行き渡らせ、騎士をも上回る特級戦士という精鋭を育て上げ、帝国からの侵略に悩む隣国『ノストルジア王国』と裏で同盟を結んだ。
その他にも様々な準備を整え、なんとか帝国を打倒できるだけの戦力を確保した上で、遂に彼らは動き出したのだ。
自らを『革命軍』と名乗り、気合いを入れた上で。
しかし、それだけの苦労と準備期間を経て始動した革命軍の戦果は散々だった。
一斉蜂起の前に一部の平民達が暴走し、とある男爵騎士団に挑みかかった末に敗北。
それだけならばまだ、辺境騎士団の一つを平民だけの力で倒した名誉の戦死としてギリギリ美談にできたかもしれない。
だが、それを期に革命軍の存在が露見してしまったのがマズかった。
せっかく、ここまで隠し通してきた必死の工作がパーだ。
更に、革命軍の存在を知った第一皇子ノクスの動きも迅速で的確過ぎた。
帝国は他国との戦争を無理矢理凍結させ、来るべき革命に備えてしまったのだから。
しかも、その過程で同盟国であるノストルジア王国まで、六鬼将の一人であるセレナによって深刻な被害を与えられて停戦状態にされてしまう。
おかげで、初撃によって帝国を混乱させ、その勢いに乗ってサファイア領にあるノストルジア王国との国境近くの砦を落とし、彼らを国内に招き入れるという当初の計画もパーだ。
これ以上待っていては他国との戦争凍結が完了し、そこに駆り出されている六鬼将がフリーになってしまう。
故に、革命軍は準備が完了する前に仕掛けざるを得なくなった。
結果、セレナの予想外の大立回りによって多くの革命戦士達が命を落とした。
本当に、暴走した末端の連中はやってくれたものである。
気持ちは痛い程よくわかるが、もう少しだけ、もう少しだけでいいから耐えてほしかった。
それでも、この時点ではまだ挽回の余地が充分にあった。
当初の予定よりは大幅に少ないとはいえ、革命軍の初撃は帝国に確かなダメージを与えた。
ノストルジア王国の被害も深刻とはいえ、まだ無理をすれば革命軍に助力できるくらいの戦力は残っている。
戦意も衰えてはいない。
停戦条約は無視してしまえばいい。
条約とは、自分達が有利になったタイミングで破るのが常識だ。
だからこそ、ここでサファイア領の砦を落とせば、まだ充分に革命軍は挽回できた。
だが、それもセレナとノクスの策略によってパーだ。
革命軍は虎の子の特級戦士全員を投入したというのに、砦も落とせなければ、敵主力の一人すら討ち取れずに敗走する始末。
更に、特級戦士の半数以上が戦死した上に、サファイア領の革命軍支部まで制圧されてしまった。
結果、戦士達は散り散りに逃げまとう羽目になり、多くが追撃部隊に狩られた。
不幸中の幸いとして、生き残った特級戦士は全員本部へ辿り着いたが、あまり慰めにはならないだろう。
作戦は大失敗を通り越して致命傷だ。
事ここまでに至ると挽回は難しい。
まだ詰みとまでは言わないが、限りなく詰みに近い盤面。
起死回生の逆転の一手があるとすれば、ただ一つ。
「アルバか……」
アルバ。
故郷の村を貴族に蹂躙され、そんな蛮行がまかり通る国を変えるべく、つい最近革命軍に入った少年。
現在は、半死半生の状態で本部に運び込まれ、同行者のルルに見守られながら本部の一室で眠りについている。
そして、バックや彼の上司の予想が正しければ、彼は窮地の革命軍に一筋の希望を齎すかもしれない救世主だ。
一刻も早い回復が望まれる。
だが、その最後の希望すら容赦なく奪うべく、『絶望』が革命軍本部に襲来した。
「うん? なんだこれ?」
突然、バックの居る部屋に白い霧が立ち込めてきた。
それに驚いた部下の一人が声を上げる。
他の部下やミストも不思議そうな顔をしていた。
だが、バックだけはこの光景に戦慄する。
この中で唯一の魔術師たる彼だけが、この霧が魔力の塊である事に気づいたのだ。
「総員、今すぐに魔導兵器を発動せよ!」
バックが焦りに満ちた絶叫に近い声で即座に指示を出す。
そして、この部屋に居るのは全員が上級戦士以上の精鋭だ。
混乱するよりも早く、反射的に全員が常に携帯していた魔導兵器を発動した。
上級戦士以上に支給される、身体強化の効果を持った魔導兵器を。
それが、彼らを救った。
「こ、これは!?」
部下の一人が驚愕の声を上げた。
白い霧が一瞬にして強い冷気となり、室内の全てを凍りつかせたのだ。
戦士達は身体強化のおかげで氷漬けになるのを防いだが、あと少しでも指示が遅れていれば、バック以外物言わぬ氷像と化していただろう。
「敵襲だ! すぐに防衛態勢を整えろ! 恐らく、今の攻撃で多くの戦士達が氷漬けになっているだろう! 炎系の魔導兵器を持つ者は味方の解凍を急げ!」
『ハッ!』
バックは迅速に指示を出す。
それを聞いた精鋭達は、疑問も口にせず、混乱も表に出さず、即座に動き出した。
「ダーリン、これは……」
「皆まで言うな」
ミストの言葉をバックは遮る。
今は問答をしている余裕などない。
無論、バックとて突然の襲撃に混乱している。
だが、ここで混乱をきたせば全滅すると、バックの戦士としての勘が言っていた。
それは恐らく正解だろう。
今の攻撃、精密過ぎる氷の魔術。
襲撃者の一人はまず間違いなくセレナだ。
僅か15歳の少女とはいえ、帝国最強たる六鬼将の一人であり、更には前回の戦いで特級戦士達を敗北に追い込んだ立役者。
戦闘力では、革命軍最強のバックより格上と断言できる。
しかも、敵の総数は不明。
最悪、セレナ以外にも六鬼将が来ているかもれない。
そんな状態で混乱などしていられる訳がなかった。
「行くぞ、ミスト。最優先事項はアルバの命だ」
「……了解よ」
捉え方によってはアルバ以外を見捨てるとも取れるバックの言葉に少し動揺したミストだが、すぐに仕方のない事だとして割り切った。
そうして、二人は同時に部屋を飛び出す。
ミストは弓矢を、バックはショットガンを担ぎながら。
そんな二人を待っていたのは、全体が凍りついて銀世界となった本部の廊下。
そして、もう一つ。
「こいつは!?」
「あの時の!?」
前回の戦いで二人を苦しめた氷の人形。
女性用鎧のような姿をした怪物。
ワルキューレであった。
しかも、それが複数体いるという悪夢が二人の前に立ち塞がった。
(マズい……このままではアルバの救護に向かえない。ルル、私達が向かうまでアルバを任せたぞ!)
バックは内心で一人の少女に希望を託し、まずは目の前の障害を突破するべくショットガンを構えた。