48 準備中の一幕
ノクスの決定により新たな任務という形でアルバ達の追跡を命じられた私は、領地にトンボ帰りして色々と準備を整える事になった。
具体的には、街を離れた後のアルバ達を遠距離から追跡する用の自律式鳥型アイスゴーレム。
発信器代わりの超小型アイスゴーレムが何かの拍子に外れたり壊れたりした時用の予備。
そして何より、アルバ達が逃げ込むと思われる革命軍の拠点を襲撃する戦力として、不完全版ワルキューレの量産。
そういう仕事をノクスから命じられた訳だ。
おかげで、私は地獄のようだった前の戦いの戦後処理から解放された。
しかも、この仕事は裏切り者に情報が流れないように領地でやれと言われたので、合法的にルナの側に居られる!
そういう仕事内容にしてくれたノクスにマジで感謝である。
ちなみに、情報漏洩を防ぐ為っていうのは半分建前だ。
実際は、ルナの近くに危険人物がいるという状況にノクスが配慮してくれて、その危険人物が去るまで私がルナの側に居る事を許してくれた感じだ。
もう、ノクスに足向けて寝られない……。
有能な上司に感謝を捧げながら仕事に取り掛かる。
まずは自律式鳥型アイスゴーレムの作成からだ。
これは常時アルバ達の近くを飛び、アルバ達に取り付けた超小型アイスゴーレムが外れた時、即座に内部に仕込んだ代わりの超小型アイスゴーレムを放出するという役割がある。
その為、過度な戦闘力はいらない。
というか、戦闘力は0でいい。
むしろ、発見されない事が大事なので小鳥サイズが望ましいかな。
そんな感じで小鳥型アイスゴーレムを作成。
鳥型は大昔から、何度も何度も何度も何度も、数え切れないくらい作り続けてきた凄まじく重要な役割があるタイプなので、これの作成には慣れたものだ。
おかげで、手間がかかる自律式にも関わらず、小一時間で作り終えた。
戦闘力0だと作る為の魔力も少なくて済むしね。
次は予備の超小型アイスゴーレム……といきたいところだけど、これは既に予備が倉庫にそこそこ保管してあるから後回しでいいかな。
その予備を空洞にした小鳥型アイスゴーレムの内部に収納して、早速飛び立たせた。
プログラム通り、小鳥型は発信器からの信号を頼りに、彼らの真上を飛ぶ筈だ。
勿論、発見されないような遥か上空を。
まずは一仕事完了ってところかな。
「さぁて、次はワルキューレかなー」
「おねえさまー! なにしてるんですか?」
「ルナ!」
次の作業に移ろうとした時、しろまるを頭の上に乗せたルナが私の仕事部屋にやってきた。
その後ろにはルナに勉強を教えていた筈のトロワの姿もある。
どうやら、お勉強が一段落して遊びに来たらしい。
いつでも遊びに来ていいって言っといたからね。
え、何?
仕事の邪魔をさせていいのかって?
いいの、いいの。
家族との時間は大事にするべきなんだから。
それに、今回の仕事はルナに構いながらでもできる。
私は魔術で氷の塊を作りながら、ルナと話し始める。
「今やってるのはアイスゴーレム作りだよ。動く氷のお人形作り」
「あ! それって、おうちのなかにいっぱいあるやつですか?」
「正解。ルナは賢いね」
「えへへ」
正解のご褒美に頭を撫でてあげると、ルナは満面の笑顔になった。
可愛い。
そうしてほっこりしていると、ルナが急にキリッとした顔になって困った事を言い出した。
「おねえさま! わたしもおてつだいしたいです!」
「えっ……」
それはちょっと……。
まず第一に、ルナは一応魔術を使えるけど、まだ最近教え始めたばっかりだから、自律式アイスゴーレムの作成みたいな超高等技術は当然使えない。
第二に、ゴーレム系の魔術はかなり面倒で特殊な手順を踏まない限り、作成者以外の魔力と命令で動かす事ができない。
つまり、例え万が一ルナが自律式アイスゴーレムを作れたとしても、私に命令権がない以上、今回の仕事では使えない訳だ。
逆に、この城にある自律式アイスゴーレムにルナやメイドスリーの命令を聞かせる事はできるんだけど。
そして何より。
ルナにこの仕事を手伝ってほしくない最大の理由がある。
それは、━━ルナに人殺しの道具を作ってほしくない。
少なくとも、人を殺すという事の意味をちゃんと理解できるようになるまでは。
「うーん……気持ちは嬉しいけど、これは今のところお姉ちゃんにしかできない事だから、ルナにはまだ無理かなー。
気持ちだけ貰っておくよ」
「えー」
ルナが不満そうに頬を膨らませる。
私は苦笑した。
近くにいるトロワも苦笑している。
心なしか、しろまるは呆れたような顔してる気がする。
「ルナ様、セレナ様のご迷惑になりますから、お勉強に戻りましょう?」
「いやです!」
「まあまあ、トロワ。私は迷惑してないし、ここに居てくれても全然構わないよ?」
それに、家族の時間はできるだけ大事にしないとね。
そう言うと、トロワは仕方ないですねとばかりに軽く肩を竦めた。
「むむむ」
そうやってトロワとアイコンタクトしてる間に、ルナは手を前に突き出して何かやり始めた。
その手の先で冷気を伴った魔力が発生する。
頭の上のしろまるが若干顔をしかめた。
猫は寒さに弱いんだっけ?
「ぷは!」
そんなどうでもいい事を思ってる間に、ルナの試みは終わったらしい。
ちょっと疲れたように息を吐いた。
さて、ルナは何をしてたのかなー。
微笑ましい気持ちでルナの拙い魔術の結果を見た瞬間……私の思考は驚愕に支配された。
「おねえさま! どうですか!」
ルナが魔術で作った物。
それは、氷の猫だった。
どこかしろまるを思わせる太った猫の氷像。
お世辞にも洗練されたデザインとは言えない。
でも、これは驚愕するに値する魔術だ。
何故なら、私の目の前で氷の猫は動いていたのだから。
「これは……!? びっくりした。ホントに凄いよ、ルナ」
「えっへん!」
拙いとはいえ、これは紛れもなく上級魔術『人形創造』だ。
間違っても初心者が使える魔術じゃない。
こんな芸当、覚えたての属性魔術で最上級魔術を相殺した主人公でもなければできない筈。
いや、あるいはそれ以上の才能……!
「ウチの子は天才だね」
「じゃあ、おてつだいできますか?」
「いや、それは無理だけど」
「えー!?」
ルナが叫んだ。
ごめんね。
期待させといてバッサリ切っちゃった。
でも、いくら才能があっても、自律式アイスゴーレムなんかは研鑽なくして使える魔術じゃないから。
ぶっちゃけ、手間と難易度は最上級魔術を超えてるからね。
簡単に真似されたら泣くよ。
その後、ルナの思った以上の才能に興奮して、ルナに魔術の指導をしてたら仕事が疎かになってしまった。
結果、この日はワルキューレが一体も作れませんでした。
すまぬ、ノクス……。