47 休暇をください。だが断る
しろまるに付けるアイスゴーレム製の首輪を作ったり、ルナに構ったり、アルバ達の動向に注意したりしてる内に一日が終わり、私の短い休日はあっという間に過ぎ去ってしまった。
その翌日。
色んな意味で後ろ髪引かれながらも、どうにもならない社会人の務めに従い、転移陣を使って今日もブラック企業に出社する。
正直、行きたくない。
毎回思ってる事だけど、今回はそれに輪をかけて行きたくない。
だって、何故かアルバ達がまだ街の中に居るんだよ?
そんな所にいたら私の気紛れで死ぬかもしれないのに留まるとかバカなの?
そのせいで、私は特大の危険要素をルナの近くに置いたまま出社せざるを得なくなった。
バックレる訳にはいかない。
帝国からの信用を失ったら一発アウトだから。
ズル休みも無理だ。
あれは言い訳ができる時にしか使えない。
ああ! 行きたくない!
だって、アルバ達がトチ狂ってルナを襲う可能性だって0じゃないんだぞ!
メイドスリーとワルキューレが居れば撃退できるとは思うけど、相手は主人公やぞ!
主人公補正でルナが連れ去られたらどうする!?
その時は仕事をバックレてでも私が駆け付けるつもりだけど、間に合わないかもしれない。
それこそ姉様の時みたいに。
うっ、トラウマが疼いて吐き気と頭痛と寒気と鳥肌が!
ああ、マジで休暇欲しい。
アルバ達が消えるまでルナの側に居たい。
領地で緊急事態が発生しましたって言えば休暇取れるかな?
よし、ノクスに相談してみよう。
という訳で、いつも通り転移陣を通って帝都に出社し、そこから更に城の転移陣で現在の職場であるサファイア領の砦へ向かう。
そこで私の仕事を代わってくれていたノクスに、開口一番こう言った。
「おはようございます。休暇をください」
「断る。寝惚けた事を言っていないで仕事をしろ」
バッサリと切られた。
酷い。
まあ、今のは言葉が足りなかったから仕方ないか。
「失礼しました。訂正します。領地にて緊急事態が発生した為、もう少し休暇をください」
「……なんだと? 詳しく話せ」
ノクスは仕事の手を止めて私の話を聞く姿勢を取ってくれた。
さすができる男、いい上司。
父親とは大違いだ。
「昨日、私の住まうアメジスト領の領都にて、前回の戦いで取り逃がした革命軍の主要人物と思わしき者達数人を確認しました。
そして、奴らは未だに街中に留まっています。
これを排除するまでの間、休暇をいただきたいのです」
「……そういう事か」
私の話を聞き、ノクスは考えるように顎に手を当てた。
そうして少しの間沈黙し、改めて口を開く。
「そいつらがお前の拠点やルナマリアに襲撃をかけてくる可能性は?」
「0ではありませんが、限りなく低いと思われます。敵の人数は僅か二人であり、更に片方はかなりの手負いですので」
「そうか」
その「そうか」には言葉の裏まで読んだ感じの響きがあった。
襲撃の可能性は低いけど0ではない。
すなわち、私は今すぐにでもルナの護衛に戻りたい。
そんな内心を察してくれてる気がする。
「……さっさと排除してしまえと言いたいところだが、お前の性格を考えると、街中で戦闘を起こすのは避けるだろうな」
「ご理解いただけているようで恐縮です」
「では、どうするつもりだ?」
「奴らが街から去り、街に被害が及ばない距離まで離れた時点で殲滅する予定です」
そう。
私はアルバ達を殺すつもりでいる。
街から離れた瞬間に。
前に話した時、戦いから去れ的な事を言ったけど、それは所詮理想論に過ぎない。
アルバが革命軍から去ってくれるなら殺す必要もなくなる。
それは確かだ。
でも、その可能性に賭けて野放しにするには、彼は危険過ぎる。
まして、今のアルバは弱りに弱っており、殺ろうと思えば簡単に殺れそうな状態。
大きな脅威を取り除く絶好のチャンスなのだ。
尚更、彼が戦いから離れるという分の悪い賭けをやる理由がない。
やりたくないと叫ぶのは私の良心だけ。
そんなものは踏み潰して進めばいい。
いつものように。
「街から離れたそいつらを捕捉する事はできるのか?」
「はい。問題ありません。既に虫を張り付かせているので」
虫とは、超小型アイスゴーレムの事である。
あの時、アルバ達と話し合った時。
私は彼らを足止めすると同時に、超小型アイスゴーレムをアルバの靴にくっ付けておいたのだ。
グレンの時と同じように。
まあ、グレンの時と違って超小型アイスゴーレムを持ち歩いてはいなかったから、門で彼らの侵入を察知した奴を走らせてあの場所まで移動させたんだけどね。
近くに居て良かった。
尚、門には予備の超小型アイスゴーレムが数体いるので、門の監視ががら空きになった訳でもない。
「そうか。ならば、お前に新たな任務を与える」
「はい」
ノクスはそんな事を言い出した。
これは、休暇ではなく任務の形を取るという事だろうか?
なんにせよ、ルナの側に居られるのならなんでもいい。
「その侵入者どもを監視し、追跡しろ。殺すのではなく泳がせろ。そして、前回のように革命軍の拠点を発見するのだ」
「ハッ! …………は?」
今ちょっと変な指令が聞こえた。
え?
泳がせろ?
殺すんじゃなくて?
「泳がせるんですか?」
「ああ。ただ始末するよりも、その方が有意義だろう。前回の戦いで捕らえた捕虜からも他の拠点の情報は聞き出せていないのだからな」
いや、確かにそうなんだけど!
革命軍の人達は口が堅いのか、あるいは他の拠点の場所含める重要な情報を教えられてないのか、どれだけ尋問しても一向に吐く気配がない。
捕虜の中には主要キャラであるあのデントもいるのに、拷問大好きマルジェラ達の執拗な責めにも負けず何も吐かないのだ。
じっくりねっとり男の象徴すり潰したとか言ってたのに精神強すぎやろ……。
そんな状況だからこそ、降って湧いた情報源を活かそうとするノクスの気持ちはとてもよくわかる。
わかるけど私は反対だ。
「お言葉ですが、奴らは泳がせるなどと考えず、潰せる内に潰しておいた方がいいかと思われます」
「む? 何故だ?」
「奴らの片方は、前回の戦いで私の絶対零度を破った光魔術使いです」
「……奴か」
奴です。
「奴は危険です。
成長すれば私やノクス様に匹敵する強者に育ちかねません。
殺せる内に殺しておかなければ取り返しのつかない事になりかねません」
「ふむ……」
ノクスが再び顎に手を当てて考え始める。
頼みますよ。
お願いだからいつも通りの英断をしてくれ。
「確かに、お前の言う事にも一理ある」
おお!
これは!
「だが、やはり作戦は変えない。賊を追跡した後に拠点を制圧する。これは決定事項、とまでは言わないが、基本方針はこれでいくと考えてくれ」
「っ!? ……わかりました」
ノクスゥ……!
それは悪手だよぉ!
しかし悲しいかな。
上司の決定には逆らえない。
それが社畜の宿命だ。
「ただし、お前の意見を完全に無視する訳ではない。
拠点制圧の折には、あの光魔術使いを最優先の標的とする。
あの怪我であれば、しばらく放置しても完治はすまい。
拠点に辿り着いたとて、そう易々と治せるレベルを越えているのだからな。
そこに最大限の戦力を持って攻め込めば、奴の排除と拠点の制圧は無理なく両立できると判断した。
これでどうだ?」
「……はい。それでよろしいかと」
確かに、理論上はそうだ。
間違ってないし、その作戦が成功する可能性はかなり高い。
だから文句は言わない。
ただ、それで主人公という運命に愛された者を殺せるのかと言われると……わからない。
不安だ。
そうして、私の心に不安を残したまま、アルバ追跡作戦は開始された。