45 あなたの正義を問う
「どうぞ、好きな物を頼んでください。おごりますよ」
「「…………」」
こっちに敵意がないって事をアピールする為に近くの喫茶店みたいな店に入り、そこの一席に座って注文を促した。
しかし、当然のように二人は何も頼まない。
それどころか無言。
ただひたすらの無言。
警戒度MAXである。
仕方ない。
私が先に頼むか。
「……お前は本当にセレナなんだよな?」
だが、私が注文する前にアルバが話しかけてきた。
「ええ、そうですよ。私は正真正銘、あなた達と交戦したセレナ・アメジスト本人です。
あ、すみません、紅茶を一つください」
「かしこまりました~」
アルバに答えた直後に店員さんが通りかかったので、紅茶を注文しておいた。
さっきルナ達と一緒にクレープとかを食べたので、食事はもういらない。
飲み物だけでいい。
そんな事を考えながらメニューを閉じると、なんとも言えない顔で私を見ている二人と目が合った。
「何か?」
「いや、その……」
「なんなのよあんたは!? 何がしたいのよ!
あたし達を殺すでも捕まえるでもなくこんな所に連れて来て、自分は呑気に紅茶頼むなんて! いったい何が狙いなの!?」
ルルがとても憤ったような目で私を睨みながら尋ねてくる。
対して、アルバは困惑が強い。
まあ、そりゃそうか。
向こうからすると、今の私は相当不気味な行動してるように見えるだろうし。
でも、別に狙いと言われても本気で大した事は考えてない。
「言ったでしょう。ここであなた達を始末するつもりはないと。
ですが、だからと言って放置しておく訳にもいかない。
なので、こうして平和的に引き留めながらお話している訳です」
「なんでそうなるのよ!? そもそも、あんたの言葉なんて信じられる訳ないでしょ!」
「でしょうね。しかし、あなた達が私の情報をちゃんと調べているのなら、この言葉に少しは信憑性があるとわかる筈でしょう。
━━私はあの子の側では決して戦いを起こさない。あの子を危険に晒すような真似は決してしない」
「っ!」
言葉に強い決意を込めながらルルを見ると、彼女は息を飲んで押し黙ってしまった。
何か言いたくて、でも言葉が出ない。
そんな顔をしている。
「……どういう事だ? お前にとってあの子はなんなんだ?」
「……あなたは何も知らないんですね」
そんな事をのたまうアルバにちょっと呆れた。
私とルナの関係なんて、少し情報収集すればすぐにわかる事なのに。
……なら、多少は教えても構わないか。
そうすれば、こいつの性格上、もしかしたら戦意を削げるかもしれない。
「あの子は私の姪ですよ。私の最愛の姉の娘、そして忘れ形見でもあります」
「!? それって……」
「ええ。姉は既に死んでいます。忌々しい権力争いに巻き込まれてしまいましてね」
昨日の事のように思い出せる姉様の死に様。
少し思い出しただけで泣きそうになる。
「私は姉様を守れなかった。悔やんでも悔やみ切れません。あと少し、あと数分でも早く私が駆けつけていれば助けられたかもしれないのに。己の無力さに泣きました。無能な自分を殺してやりたくなりましたよ」
自分の中で負の感情が渦巻くのがわかった。
自然と顔が歪む。
歯を噛み締め、拳を強く握り締める。
「ですが、私は死ぬ訳にはいかない。まだ姉様の後を追う訳にはいかない」
そして、強く、強く、どこまでも強い視線で二人を見ながら、語る。
「私は姉様からあの子を任された。だから、私はなんとしてもあの子を守る。どんな事をしてでも守る。例え、鬼になろうと悪魔になろうと。
あの子を守る為に必要ならば、━━私はあなた達を皆殺しにする事も辞さない」
「「っ!?」」
二人が息を飲んだ。
顔を青くし、冷や汗をかいている。
無意識に威圧してたらしい。
「なんで……」
でも勇者は、アルバは私の威圧に飲まれながらも言葉を紡いだ。
「なんで、あの子を守る事が俺達を殺す事に繋がるんだ? むしろ、革命が成功して平和な国になった方があの子も幸せに……」
「あの子の父親は皇帝です」
「!?」
甘ったれた事を言い出したアルバの言葉を粉砕する。
ああ、でも学のないこの少年にはもう少し噛み砕いて教えてあげた方がいいか。
「仮に革命が成就し、新国家が樹立された場合、前の統治者の血を引いている者がどうなると思いますか?
普通に考えれば処刑。運良く温情を賜ったとしても一生軟禁がいいところでしょう。
どう転んでも、あの子に明るい未来は訪れない」
まあ、その場合は即行で遠い国に逃がすから意味のない仮定かもしれないけど。
「それ以前に、あなた達との戦いで唯一の保護者である私を失えば、それだけであの子の未来は閉ざされるでしょう。
あの子には貴族としても皇族としても後ろ楯がない。
私という防波堤がいなくなれば、権力争いが大好きな亡者どもに食い物にされるだけです」
これが私の一番恐れるパターン。
私が死ねばルナは容赦なく帝国の闇に引き摺り出される。
もしかしたら、ノクス達が多少は助けてくれるかもしれないけど、それだけだ。
ルナ自身には選択の余地すら与えられず貴族社会に放り込まれるだろう。
姉様を殺した、あの忌々しくて危険過ぎる世界に。
そんな事、絶対にあってはならない。
だから、その場合は究極の選択をする事になる。
最悪な世界に残って一時だけでも命を繋ぐか、コールドスリープで呪いを止められる可能性に賭けて眠らせながらの国外脱出か。
その二択。
どっちを選んでも危険度MAX。
そんな選択をしなきゃいけないくらい追い詰められたくはない。
でも、それは今すべき話とは別件だ。
今話すべきなのは、
「わかりましたか? 革命なんかであの子は幸せになれないんですよ。
むしろ、革命は現在奇跡的に成り立っているあの子の平穏を完膚なきまでに破壊するでしょう。
そんな事は許されない。この私が許さない。
私にとって、あなた達はあの子の平穏を壊そうとする悪魔でしかないんです」
「……勝手な事言ってんじゃないわよ!」
その時、ルルが吠えた。
店内の客が何事かとこっちを見てくる。
しかし、彼女はお構い無しに吠え続けた。
「あたし達は大勢の民の為に戦ってる! 虐げられてる人達の為に戦ってる! そんなあたし達を、自分達の事しか考えてないあんたなんかが悪魔呼ばわりする資格なんてないわ!」
「では、大勢の民とやらを救う為なら、なんの罪もない一人の少女がどうなろうと知った事ではないと、あなたはそう言うのですね」
「なっ……!?」
ルルが絶句した。
その様子に、私は心の底から苛立ちを感じた。
「まさか、あなたは自分達の事を『正義』だとでも思っていたのですか?
だとしたら、勘違いも甚だしい。
あなた達は民を救うというお題目で何人、何十人、何百人殺してきました?
その殺した人達は全員悪人だとでも思っていましたか?
革命軍のせいで不幸になった罪のない人間が一人もいないと本気で思っていたんですか?」
「っ!?」
ルルの顔が青くなっていく。
ずっと黙ったままのアルバに至っては顔面土気色だ。
もう一押し。
「あなた達は断じて正義なんかじゃない。『悪』ですよ。あなた達が必死で倒そうとしている帝国と何も変わらない、人殺しという名の救いようのない悪人集団です。
もし自分達の事を正義だなどと思い上がっていたのなら、━━恥を知りなさい」
否定する。
否定する。
彼らの思想を完全否定する。
正直、さすがにこれは暴論が過ぎるとは思うけど、それでも半分くらいは本気で思ってる事だ。
ゲームで見てた頃は全然思わなかったけど、今なら確信を持って言える。
革命軍は正義じゃない。
ルナを不幸にする連中が正義である筈がない。
「……なら! ならあんたは正義だとでも言うの!? 大切なものの為に戦ってる自分は正義だとでも言うつもり!?」
そんな事を思っていると、ルルが今度は妙な事を言い出した。
私が正義?
アハハ、何それ。
「そんな訳ないでしょう。私も悪ですよ」
苦笑する。
失笑する。
本当に、今のは笑えない冗談だ。
「それでも、私は覚悟を決めている。自分がどうしようもない悪になろうとあの子を守ると決めている」
悪には悪なりの信念がある。
守るべき者の為に戦うのは正義のヒーローだけじゃない。
「あなた達はどうですか? 自分達が悪に染まってでも、多くの人の命を奪って、その人達の幸福を踏みにじってでも革命を成したいと本気で思っていますか?」
「「…………」」
二人は答えなかった。
答えられなかった。
甘いよ。
反吐が出る程に甘いよ、主人公ズ。
「そこで即答できないようであれば、革命軍などやめてしまいなさい」
私は最後にそう言い残して席を立つ。
言いたい事は言ったし、ルナ達に持たせたお守りアイスゴーレムの反応は私の城の中に入った。
それに仕込みも終わった以上、もうここにいる必要はない。
そう思って席を立ったら、凄い困った顔した店員さんが紅茶を持ったまま立ち尽くしていたので、苦笑しながら紅茶を受け取ってイッキ飲みした。
そして、ちゃんと代金を支払う。
迷惑料込みで多目に。
「騒がしくしてすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。
店員さんは目を泳がせながらも、迷惑料が効いたのか何か言ってくる事なく、普通に「ありがとうございました」と対応してくれた。
殺気が渦巻いて怖かっただろうに、中々のプロ根性である。
そして、私は最後にもう一度だけ、俯いた二人に向かって話しかけた。
「それでは、私はもう行きます。できればもう二度と会わない事を祈りますよ」
次に会ったら殺し合いだろうから。
心情的にも戦略的にも、二人にはここで離脱してほしいっていうのが偽らざる本音だ。
その場合は仕込みが無駄になるけど、そんな事は些事でしかない。
まあ、無理だと思うけど。
「では」
そうして、私は今度こそ店を出た。
とりあえず二人の事は警戒しつつも頭の隅に追いやり、勝手に私達から離れて今回の騒動を起こしてしまったルナへのお説教の内容を考えながら。