勇者、まさかのエンカウント
つ、遂にストックが切れた……!
という訳でして、毎日更新はここまでです。
申し訳ない。
「おう、着いたぜ」
ガタゴトと揺れていた馬車が止まり、ここまで乗せてくれた親切な御者の人が目的地に着いた事を伝えてくれた。
「あの、ここまで本当にありがとうございました」
「なぁに気にすんな! 困った時は助け合いよ!」
そう言って御者の人は笑う。
本当にいい人だ。
ここまでの旅路で出会った他の人達は自分達の事で精一杯って感じで、お金を払わなければ何もしてくれなかったのに。
御者の人に改めてお礼を言い、俺達は馬車の外へと出る。
そして、ルルに支えてもらいながら、門の前に出来ている列に並んだ。
「ほら、街に着いたわよ。休める場所までもう少しだから頑張りなさい」
「ああ。ごめんルル。助かる」
「それは言わない約束って何度言えばわかるのかしらね」
「……ごめん。いや、ありがとう」
「よろしい」
こうやってルルにかなり助けられながら、俺は今とある街の入り口にまで来ていた。
ここまでの旅路は本当に大変だった。
あの敗戦の後、革命軍は仲間と合流する暇すらなくバラバラに逃げ出し、方々に散った。
他の人達がどうなったのかはわからない。
上手く他の支部まで逃げられればなんとかなるかもしれないが、その途中で捕まるか殺される可能性の方が高いだろうし、そもそも他の支部の場所は機密扱い。
自力で辿り着ける可能性は低いだろう。
現地の支部が回収してくれればあるいはといったところか。
心配でならない。
でも正直、他の人達の心配をしてる余裕なんて俺達にはなかった。
俺はセレナにやられた傷が深く、戦いはおろか普通に歩く事すら難しい。
しかもルルの見立てでは、まともな治療で治る可能性は低いそうだ。
革命軍の持つ回復の魔導兵器でもない限り戦線復帰は絶望的だろう。
という事で、俺達は他の革命軍の拠点を目指して歩いた。
目的地は、唯一ルルが正確な場所を把握しているという革命軍の本部。
革命軍の心臓部とも呼ぶべきそこは、エメラルド公爵領という場所にあるらしい。
そこまでは普通に遠い。
前回の戦いがあったサファイア公爵領から馬車を乗り継いで一ヶ月以上はかかる。
今の俺の身体でそれだけの長旅に耐えるのは難しい。
途中で野垂れ死ぬ可能性を少しでも下げる為には最短ルートを行くしかなかった。
だからこそ、俺達は今ここにいる。
アメジスト伯爵領の領都。
あのセレナが領主を務め、本拠地にしている街。
もし今の状態でセレナに見つかったらと思うと危険にも程があるが、ここを迂回しようとした場合かなりの遠回りをする必要がある。
俺はそれでも迂回した方がいいと言ったが、結局はルルに押し切られてこのルートを通る事になった。
多分、ルルは遠回りだと俺の身体が持たないと判断したんだろう。
迷惑をかけて本当に申し訳ない。
でも幸い、革命軍が掴んだ情報によると、セレナは領主としての仕事よりも六鬼将としての仕事を優先しているらしく、ここにいる可能性は低いそうだ。
万が一このタイミングで帰ってたとしても、屋敷から出てくる事はまずないらしい。
だから少しは安心できる。
そうして俺達は街の門に辿り着き、通行料を払って街の中へと入った。
ちなみに、この金はルルがいざという時の為にスカートの中に忍ばせておいたお金だ。
どうも、ルルは昔お金の事で相当苦労したらしく、その手の準備を怠らないのだ。
頼もしい。
そして街に入った途端、その光景に俺達は驚かされた。
「凄い明るい街だな……」
「……そうね」
俺の正直な感想に、ルルは凄い複雑そうな声で同意した。
それも無理はない。
何せ、ここはセレナの治める街。
そこが明るいという事は、俺達にとっては悪魔のような存在である筈のセレナが善政を敷いているという事なのだから。
いや、この街だけじゃない。
アメジスト領の街は、どこの街もこの街ほどじゃないにせよ、他の領地とは比べ物にならない善政が敷かれていた。
民衆の顔に笑顔があった。
この街に至っては、俺達革命軍が理想としたような光景だ。
横暴な貴族に怯える事なく、皆が思い思いに街を行き交って、子供が笑顔で猫を追いかけるのを街人達が微笑ましく見守っているような平和が実現している。
というか、猫を追いかけてるあの子の身体能力凄いな。
アメジスト領がこんなに明るい理由は旅の途中でよく耳にした。
あの親切な御者の人も誇らしそうに語っていた。
曰く、この領地は数年前に領主が変わってから驚く程平和になったらしい。
それ以前は他の領地と同じく、貴族が平民の事なんて考えずに好き勝手していたそうだが、今の領主になってから、つまりセレナが領主になってから全てが変わった。
セレナは横暴な貴族を押さえつけ、民の為になる政治を行い、そうして領民全てから感謝される存在になった。
嘘みたいな話だ。
俺達を大量に虐殺してきた悪魔が、ここでは正義の英雄だった。
俺達はそんな奴と戦っていたのだ。
そんな奴を殺そうとしていたのだ。
果たしてそれが本当に正しいのかどうかわからなくなる。
そうしていると、前に見たあの辛そうなセレナの顔を思い出して、より一層わからなくなる。
あいつは皆の仇だ。
でも、あいつはこの領地にとって英雄だ。
そんなあいつを倒そうとする事は、正義なのか、悪なのか。
「つかまえた!」
「にゃ」
そうして俺が思考の迷路に迷い込んでいると、目の前に一人の少女が飛び出してきた。
さっきから猫を追いかけていたあの少女だ。
ちょうど俺達の目の前で猫を捕まえたらしい。
その捕まった猫は、なんだかやたらとふてぶてしい態度で「やれやれ捕まっちまったか」みたいな顔してる。
謎の貫禄があった。
「あれ? おねえさま~? アン~? ドゥ~? トロワ~?」
と思ったら、今度は少女が猫を抱えたままキョロキョロと辺りを見回し始めた。
猫を追いかけてる内に保護者とはぐれたのか?
どうやら、この子は結構おっちょこちょいな性格らしい。
俺は少し苦笑しながら、その子に話しかけた。
「道に迷っちゃったの?」
「え? あ、はい……」
自分に声をかけられたと気づいて少女が俺の方を向く。
だが、少し緊張しているようだ。
無理もない。
今の俺は顔を隠す為にフードを深く被ってるし、顔の右側に付いた傷を隠す為に、顔の半分を布で覆っている。
誰がどう見ても不審者だ。
「ちょっとあんた!? 何やってんの!?」
「え?」
その時、隣のルルが凄い剣幕で怒り出した。
「いや、道に迷ってるみたいだから助けようと……」
「このお人好し! 自分の状態わかっててやってんの!? それに普通の子は知らない人に付いて行かないように教育されてんのよ!」
「あ……」
しまった。
つい故郷の村にいた時の癖で。
あそこは小さな村で、村人同士は皆顔見知りだったから、困った子供がいたら皆で助けてたんだよな。
でも冷静に考えてみると、他の場所でその行動は不審者か。
どうしよう。
少女もなんか微妙な顔でこっち見てくるよ。
「ルナ!」
「あ! おねえさまー!」
どうしようか本気で悩んでいた時、路地裏から凄いスピードで何人かの女の人が出てきた。
その内の一人が名前を呼び、それに少女が反応したところを見ると、この人達が保護者か。
どうやら迷子は俺達が何もする必要もなく解決したらしい。
よかったと思いながら顔を上げると、
「「なっ!?」」
信じられない奴がそこにいた。
思わず驚愕の声を上げれば、相手も全く同じ反応をする。
嘘だろ!?
遭遇する可能性は低いんじゃなかったのか!?
「? おしりあいですか?」
少女がコテンと首を傾げる。
ああ、知り合いだよ。
因縁の相手だ。
何故か普通の街娘みたいな格好をしてそこにいたのは、仲間達の仇にしてこの領地の救世主。
帝国最強の騎士の一人、六鬼将序列三位『氷月将』セレナ・アメジストに他ならなかった。