39 逃がすなぁ!
まさか絶対零度を防がれるとは思わなかった……。
防御不能の一撃必殺とはなんだったのか。
いや、ホント、マジでなんなの?
だって絶対零度だよ?
最上級魔術だよ?
私の最強技の一つだよ?
これ防ぐには同じ最上級魔術か、それに匹敵する威力の何かで相殺するしかない筈なんだけど?
それを覚えたての属性魔術で打ち消すとかチートにも程がある。
正直、予想以上だったよ覚醒アルバ。
でも、
「『氷葬』」
予想は超えてても、まだ対応圏内。
私の魔術が、氷を内部の凍りつかせた物ごと砕く。
それによってアルバの右腕が木っ端微塵に砕け散り、あえて砕かずに残しておいた剣が地面に落ちる。
他にも右目が壊れたり、右半身に凍傷のような裂傷のような、なんとも言えない醜い傷が刻まれたりした。
この程度で済むって事は、右腕以外芯までは凍らせられなかったって事か。
末恐ろしい。
でも、こうなってしまえば私の勝ちだ。
アルバは死に体を通り越して死体半歩手前の重傷。
加えて魔力も尽きかけてると見た。
さすがに、もう動けまい。
「これで終わり」
でも、最後まで油断はしない。
鎧の身体強化を使い、右手で冷気を纏った貫手を繰り出す。
狙うはアルバの心臓。
ハートをぶち抜いた後、内部から凍らせて確実に殺す。
アルバ並みの魔力の持ち主なら心臓を貫いても即死はしないだろう。
だから、徹底的にトドメを刺す。
どんな化け物だって、そこまですれば確実に死ぬ筈だ。
だが、その攻撃が成功する事はなかった。
既に動けない筈のアルバの身体が後ろに向かって飛んでいく。
誰かがアルバの首根っこ掴んで放り投げたんだ。
その誰か、アルバの代わりに前に出てきた男が、炎を纏った刀で私の攻撃を受け流していた。
「よくやった餓鬼。後は大人に任せろ」
「グレン……さん……」
アルバが遠ざかっていく。
逃がさない。
やっとここまで追い詰めたんだ。
ここで確実にトドメを刺す。
ここで確実に革命の灯火を吹き消す。
ルナの平穏の為に!
私はアルバを追いかけるべく、目の前の障害を弾き飛ばすつもりで足に力を込めた。
「テメェの相手は俺だ!」
「っ!?」
グレンの刀が正確に私の左目目掛けて突き出される。
そこはさっきの攻防で鎧が砕けた場所。
慌てて左腕でガードした。
グレンはそれを見るや、連続技のように刀を振るい、今度はがら空きとなった私の脇腹を斬りつけて吹き飛ばす。
体重自体は軽い私の身体は、その衝撃で地面を転がり、結果追撃に失敗した。
くっそ! しくじった!
焦りで判断を間違えた!
まずは身体を引いて、全力の魔術でグレンを倒すべきだったのに!
「お前ら! そいつを抱えて逃げろ! こいつらは俺が止める! 革命の灯火を消すんじゃねぇ!」
「グレン!?」
そんな事を叫びながらグレンが飛びかかってきた。
傷だらけの身体を無理矢理動かし、血を吐きながら、命を削りながら、私への攻撃をやめない。
私は氷剣を抜いてグレンを迎え撃った。
浮遊する六本の剣がグレンを斬り刻むべく飛翔する。
だが、グレンはダメージ覚悟で突っ切り、全ての氷剣を掻い潜って私に張り付いてくる。
距離を取ろうにも、卓越した剣技でことごとく動きを邪魔された。
徹底した超近接戦闘。
魔術師ならざる者が、強力な魔術師に対して唯一対等に戦える間合い。
そこに入り込んだグレンは本当に強かった。
これは、すぐには倒せない!
だったら!
「ノクス様! 奴らを!」
「わかっている!」
私が無理なら他に任せるしかない。
ノクスは言わずとも私の意図を察して行動に移してくれた。
優秀な上司を持って嬉しい!
「させんぞ!」
「くっ!」
だが、そんなノクスには片腕を失った格闘家のステロが特攻し、グレンと同じように命懸けの足止めを開始した。
ちょ、ノクス様!?
あんな簡単に接近を許すなんてどうしたの!?
動きのキレも悪いし、いつものノクスじゃないよ!?
『ノクス様!?』
そして、そうなればノクスの護衛達はそっちに気を取られるに決まってる。
当然だ。
あいつらの仕事は革命軍の討伐ではなく、あくまでもノクスの護衛。
少しでもノクスが危ないと思えば、革命軍なんてほっといて必ず助けに入る。
護衛達がステロを斬り捨てるべく持ち場を離れてノクスの下へと駆け寄り、それによって革命軍の退路が開けてしまった。
ヤバイ!
「らぁあああ! 『紅蓮刃』!」
「うぐっ!?」
元々得意じゃない接近戦の動きが焦りで更に粗くなり、その隙を突かれてグレンの攻撃を首筋に食らってしまった。
兜が更にヒビ割れる。
体勢も崩れる。
そして、兜着けてなければ死んでたかもしれない。
危なっ!?
「今だ! 行け!」
「グレン!」
「俺に構うなキリカ! 俺達の本懐を優先しろ! 革命を、この国の未来を任せた!」
「っ! ……撤退!」
キリカが涙声で撤退を宣言するのが聞こえた。
同時に、グレンに遮られた視界の端で、殿のグレンとステロ以外の全員が撤退を開始するのが見えた。
動けないアルバはルルに支えられている。
逃がさない!
ここまできて逃がしてたまるか!
「『浮遊氷珠』!」
私は、アルバに砕かれて数が減り、残り三つとなった球体アイスゴーレムを追撃に向かわせた。
完全な近接戦闘ではあんまり使えないから出番がなかったけど、追撃になら大いに役立ってくれる筈。
自律式だからグレンの相手で忙しい私が操作する必要もない。
三つの球体アイスゴーレムが降らせた氷弾の雨が撤退組に降り注ぐ。
だが、大活躍の鎖使いリアンによって殆ど防がれた。
それでも足止めにはなってるし、私の方の足止めしてるグレンは遂に限界が見え始めて動きが鈍ってきた。
これなら、彼らが逃げ切る前にグレンを突破して追いつける!
今度という今度こそ王手だ!
そう思った次の瞬間、━━撤退組と私達の間に、高速で何かが落ちてきた。
「なっ!?」
それは見覚えのある氷の人形。
ボロボロになったワルキューレの残骸だった。
更に、そんなワルキューレにトドメを刺すように、グラサンをかけた筋骨隆々のマッチョマンが上空から飛来し、ワルキューレにライダーキックを食らわせて粉々に粉砕した。
あ、あれは!?
「バックさん!」
誰かがそのマッチョマンの名を呼んだ。
特級戦士のリーダー、バック。
特級戦士の中で唯一、裏切り爺ことプロキオンの直属の部下であり、同時に裏切り爺の血族の一人にして強大な魔力を持つ存在。
そんな奴がこの場に君臨してしまった。
正直、舐めてた。
いくら強大な魔力と屈強な肉体を併せ持った特級戦士最強の男とはいえ、所詮は六鬼将に及ばないレベルだと侮ってた。
それがまさか、こんなに早くワルキューレを仕留めてこの場に駆けつけるとは。
しかも、いくらミストとの二人がかりとはいえ、軍勢を守りながらの戦闘で。
というか、砦の騎士達はどうした!?
素通りか!?
無能なのか!?
「状況は把握した」
私が内心で軽く混乱しながらグレンの相手をしてる間に、バックはそう言って手に持った大型ガトリングのような魔導兵器を起動。
その弾幕で氷弾の雨を相殺した。
「撤退を支援する。行け!」
バックの弾丸が私やノクスの方にも放たれる。
しかも、私達に密着してる上に動き回るグレンやステロに当てない絶妙なコントロールだ。
私並みの技術かもしれない。
関心してる場合じゃないけどね!
あああ!
逃げられる!
「よそ見してんじゃねぇ!」
「このっ……!」
グレンもしぶとくて鬱陶しい。
その間に撤退組は、アルバ達はドンドン遠ざかっていく。
そして最後に、バックがどこからか取り出した爆弾の魔導兵器を地面に叩きつける。
爆煙が晴れた後、もう彼らの姿は見えなくなっていた。
やられた。
保険はかけておいたけど、正直それでアルバを仕留められる確率はそんなに高くない。
これは私の負けだろう。
大局的に見れば帝国軍の勝ちだろうけど、個人的に見れば敗北だ。
「ハッ! 俺の勝ちだなぁ!」
「……そうみたいですね」
目の前でグレンが不敵に笑う。
もう限界なんてとっくの昔に越えてた筈だ。
なのに、彼は仲間を逃がし切るまで戦い続け、今も決して構えた剣を下ろさない。
素直に尊敬する。
まさに戦士の鑑だ。
そして、グレンが最後の攻撃を仕掛けてきた。
身体はアルバにも負けないくらいズタボロ。
息をするのも辛いだろう。
なのに、戦う事をやめない。
前に進む事をやめない。
彼は最後の最後まで帝国に、理不尽に抗い続ける。
死ぬまで戦い続ける。
そう確信できる戦士の顔だった。
「『氷結世界』」
非殺傷魔術の冷気を放つ。
どう見てもグレンはもう戦えない。
なら、無駄な殺しはしたくない。
そう思って放った魔術だった。
しかし、グレンは炎を纏った刀で冷気を斬り裂いた。
情けは無用だと、そう言われているような気がした。
「『氷結光』」
私は、凝縮された冷気の光線を放った。
それによって、グレンは不敵な笑みを浮かべたまま氷像となり、━━そのまま砕けて果てた。
氷結世界以上の出力で凍らせると、相手が相当威力を削りでもしない限りこうなる。
それに例え砕けなくても、コールドスリープ状態になる事なく、魔力と冷気にやられて身体中の細胞が破壊されるだろうけど。
グレンを殺害した直後、ヒビだらけになっていた私の兜がパキンという軽い音を立てて砕けた。
……このタイミングで良かった。
もう少し早かったら、グレンにこの顔を晒す事になってた。
前に助けた相手が不倶戴天の敵だったなんて、これ以上グレンの心を抉る事がなかったのは幸いだ。
そしていつも通り、戦いの後には善人を殺したという後味の悪さだけが残り、私は顔を歪めた。
でも、まだ終わりじゃない。
まだ侵攻してきた軍勢を追撃する仕事が残ってる。
その時に、こんな情けない顔を他の誰にも見られる訳にはいかない。
私は敵に対しては極悪非道の六鬼将として、味方にとっては頼れる最強騎士の一人として振る舞わなくちゃいけないんだから。
私は魔術で即席の兜を作り、全ての感情を覆い隠して仕事に戻った。