勇者の覚醒
「あああああ!」
光を纏った剣を無我夢中で振り抜いた。
イメージするのは絵本の中で光の勇者が使っていた必殺技の一つ『光騎剣』。
光の斬撃を飛ばす技。
そのイメージ通りに魔術は発動し、横薙ぎに振り抜いた剣から光の斬撃が飛び出して、闇の槍をかき消しながら黒い男とセレナに向けて飛翔した。
「何っ!?」
黒い男が驚愕の声を上げる。
セレナも僅かに目を見開いた。
だが、そのまま攻撃を食らってくれる甘い相手ではない。
攻撃範囲の中にいた氷人形こそ破壊したものの、セレナは氷の盾で、黒い男は手にした黒剣で、光の斬撃を防いだ。
ただし、セレナの氷の盾には大きな亀裂が入り、黒い男は完璧には防ぎ切れず、ほんの少しだけだが負傷した。
初めて、敵の陣形が僅かに崩れた。
「こ、これは!?」
『ノクス様!?』
黒い男が何故か思った以上に動揺している。
それに合わせて、男の部下と思われる騎士達からも動揺の声が上がった。
少しは動きが乱れるかもしれない。
綻びが広がっていく。
ほんの少しだけ勝機が見えてくる。
でも、こいつだけは違った。
セレナだけは狼狽えない。
セレナだけは動じる事なく、冷静に魔術の発動準備を進めている。
壊れた兜から覗くアメジスト色の目は、全てを見透かすような、氷のように冷静で冷たい目をしていた。
こいつだ。
今ここでこいつを止めなければ全てが終わる。
せっかく出てきた勝機なんて瞬く間に消え失せてしまう。
なら、俺がこいつを止める!
いや、ここで俺が倒す!
氷の盾がセレナを守るように俺の前に立ち塞がった。
突き破る!
「『破突光剣』!」
選んだ技は光を纏った高速の突き。
それがさっきの光騎剣で抉れていた氷の盾を貫き、内部にあった球体すらも砕き、そのままセレナ目掛けて突き進む。
やった!
抜けた!
あと一歩!
「残念」
だが、光がセレナを捉える寸前。
セレナがそんな言葉を発したような気がした。
そして、あと一歩のところで、あとコンマ数秒で剣先がセレナに届くというところで。
セレナの魔術が完成してしまった。
「『絶対零度』」
「っ!?」
凄まじい冷気。
凄まじい魔力。
使われたら死ぬと予想していた。
だが、これはいくらなんでも予想以上だ。
どう考えてもオーバーキルだろう。
俺どころか、俺の後ろの皆ごと凍らせても、いやこの砦ごと凍らせてもお釣りがくるような大魔術。
とても防げるとは思えない。
それでも!
「うぉおおおおおお!」
俺は破突光剣を続行し、冷気を突き破るように直進した。
光が俺の身体を守る。
だが、まるで守りきれずに剣の先から凍っていく。
それでも防がなければならない。
防げなければ死ぬ。
俺だけじゃなくて皆死ぬ。
俺が抵抗できずに凍らされれば、この魔術はそのまま直進して皆を巻き込むだろう。
だから、俺が止めなくちゃならない。
できるできないじゃない。
やるしかない。
集中しろ!
イメージしろ!
魔術はイメージが大事だ。
防げないと思ったら絶対に防げない。
嘘でも虚勢でも強がりでも自己暗示でもなんでもいい。
自分なら絶対に防げるんだと、強く強く思い込め!
俺は今、光の勇者と同じ力を使っているんだ。
あの絵本に描かれていた光の勇者は、どんなに強い敵が相手でも絶対に負けない、どんな困難だって仲間と一緒に乗り越える、完全無欠の英雄だった。
そして、父さんは言ってくれた。
俺はあの勇者のようになれると保証してくれた。
だったら!
できる筈だ!
やれる筈だ!
あの光の勇者のように、困難を乗り越えろ!
不可能を可能にしろ!
「『聖光』ォオオオ!」
俺は剣にありったけの魔力を込め、纏う光をこれでもかと強化した。
同時に、剣の魔導兵器としての力も起動。
身体強化と攻撃を全力で強化する。
やれる事を全てやる。
全身全霊を、この一撃に込める!
そうして俺は、俺は、
「…………マジか」
セレナの魔術を耐えきった。
この攻防に耐えきれなかったのか剣はヒビ割れ、凍りつき、俺自身も技の為に突き出していた右の上半身を完全に凍らされた。
それでも耐えた。
耐えきった。
どうだセレナ。
俺はやったぞ。
後は残った左腕でパンチでも繰り出して、皆が逃げる隙くらい作って……
「『氷葬』」
そんな事を考えた瞬間。
俺の身体を包んでいた氷が割れた。
中にあったものを粉々にしながら。
俺の半身を粉々にしながら、割れた。
「ぁ……」
右腕が氷の欠片となって砕け散り、壊れた剣が高い音を立てながら地面に落ちた。
氷に包まれていた右目が壊れる。
右の顔も、胴も、脚の一部も、滅茶苦茶に抉られたような傷が出来た。
右腕のようにならなかったのは、表面しか凍ってなかったからか。
でも、そんな事は気休めにもならない。
今のダメージで、遂に身体が限界に達したのがわかった。
もう全身の感覚がない。
傷のせいか、それとも寒さのせいか、身体が全く動いてくれない。
パンチなんてとても打てない。
さっきの攻防で魔力まで使い果たしたのか、魔術すら使えなかった。
そして、ここからの追撃ができなければ、せっかくセレナの魔術を打ち破った意味がない。
またなのか?
また俺は何もできないのか?
俺は最後の最後まで無力のまま、理不尽に一矢報いる事すらできずに死ぬのか?
「これで終わり」
目の前のセレナが動く。
右手を手刀の形にして貫手を繰り出してきた。
お得意の魔術じゃなく物理攻撃だ。
確かに、この距離ならその方が早いだろう。
セレナは最後の最後まで油断してくれない強敵だった。
そして、俺は死を覚悟した。
「よくやった餓鬼」
だが、俺は死ななかった。
俺はグイッと後ろに引っ張っられ、入れ替わりに前に出た人が、炎を纏った刀でセレナの貫手を受け止める。
俺は守られた。
この傷だらけで、なのにとても頼れる背中に。
「あとは大人に任せろ」
「グレン……さん……」
そして、俺を守ってくれた人は、グレンさんは、そう言って不敵に笑った。