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勇者と氷の悪魔

「進めぇえええ!」

『オオオオオオオオ!』


 支部長さんが声を張り上げ、最前列の人達が魔導兵器(マギア)の弾幕を張りながら突撃する。


「迎え撃てぇえええ!」

『アアアアアアアア!』


 対して、それを迎え撃つのは帝国の兵士達。

 全員が貴族で構成されるという騎士団じゃない。

 その騎士団に捨て駒のように使われる平民の兵士達だ。

 そういう人達の多くは革命軍についたが、そうじゃない人達もいる。

 未だ貴族の恐怖に怯え、貴族に従う道を選んだ人達だ。


 そんな人達が、革命軍の放った魔弾で死んでいく。

 それは直視できない程、惨い光景だった。


「目を逸らすんじゃないわよ! 言ったでしょう! これが戦争だって!」

「……わかってる」


 ルルに叱責され、俺は思わず逸らそうとしていた目を見開いて、この惨い戦場を見た。

 目に焼き付けた。

 わかってる。

 これは戦争だ。

 例え相手が罪のない人達でも、革命軍の前に立ち塞がるのならぶつかるしかない。

 倒して進むしかない。

 前にルルは言っていた。

 どうしようもない時は罪のない人達を巻き込むかもしれないと。

 その覚悟を決めておけと。

 今がその時なんだ。

 でも、それでも……


「うぁあああああ!」


 悲鳴のような声を上げながら、帝国の兵士が斬りかかってくる。

 俺は支給された魔導兵器(マギア)の剣でそれを防ぎ、剣の腹でその人を遠くへと弾き飛ばす。


「ぐふっ!?」


 兵士はそのまま乱戦の外まで飛んでいった。

 あのダメージならもう戦えない筈だ。

 俺は他の人達も同様の方法で倒し、無理矢理戦線離脱させる。

 できる限り殺したくない。

 甘いと言われようと、それでも!


「ああああ!」


 また一人兵士が襲いかかってくる。

 俺はそれを迎撃しようとして、━━突如飛んで来た火の球に焼かれた。


「なっ!?」


 そこそこのダメージを受けたが致命傷じゃない。

 俺を含めた上級戦士に支給される魔導兵器(マギア)には、防御力を上げる身体強化の機能がある。

 それを自前の魔力で他の魔導兵器(マギア)より高出力で使っている俺は、あの程度の攻撃じゃ致命傷は受けない。


 でも、それは俺に限った話だ。

 今の攻撃は、俺ごと周りにいた人達を巻き込むように放たれた。

 その中には、当然俺に襲いかかってきた帝国の兵士だっていたんだ。

 つまり。


 あいつらは、なんの躊躇もなく味方に魔術を放って焼き殺した。


 見れば、戦場のあちこちで似たような事が起こっていた。

 平民の兵士達に俺達と戦わせ、騎士団は安全な後ろの方から味方もろとも俺達を魔術で狙っている。

 吐き気がする醜悪な戦法だった。

 怒りで身体が震える。


「何をぼさっとしている!」


 そんな俺に、今度はデントが叱責してきた。


「貴族がクソなのはわかりきっていた事だろうが! 怒るなら立ち尽くすのではなく奴らに怒りをぶつけろ! そうでなければ一番槍は俺が貰うぞ!」

「……ああ、そうだな」


 デントの言う通りだ。

 怒りに震えてる場合じゃない。

 俺はなんの為に革命軍に入った?

 こういう理不尽を打ち倒す為だろう!

 なら、立ち止まってる暇なんてない!


「うぉおおおおお!」


 俺は兵士の人達を押し退け、貴族に向かって突撃した。


「ふっ、それでこそ我がライバルだ! 行くぞ! 奴に続けぇ!」

『オオオオオオオオオオオオ!』


 俺が抉じ開けた道を、デントをはじめとした仲間達が駆けて来る。

 それによって、遂に騎士団は安全圏にいられなくなった。

 俺達と同じく、命を懸けて戦う舞台に奴らを引き摺り下ろす事に成功したんだ。

 ここまでくれば、あとは何も考えずにこいつらを倒せばいい。


「死ね! 薄汚い平民がぁ!」

「我ら貴族に歯向かった事を後悔しながら死んでいけ!」


 口々にそんな事を口走る騎士達が俺に襲いかかってくる。

 殆どの奴が剣を手にして。

 さすがに同じ貴族を巻き込んで魔術を使う気はないらしく、奴らの戦法は物理攻撃がメインだ。

 だが、そういう奴らとは何度も戦ってきた!


「『魔力刃』!」

『ぐぁああああああ!?』


 魔導兵器(マギア)に搭載された機能の一つ、魔力を斬撃状の刃にして広範囲を薙ぎ払う魔術を放つ。

 それによって、襲いかかってきた騎士達が吹き飛んだ。

 中には、防ぎきれずに絶命した奴もいる。


「な、なんだこの威力は!?」

魔導兵器(マギア)とやらは魔術の劣化版ではなかったのか!?」


 慌てふためく騎士達に近づき、斬り捨てる。

 俺の剣術の腕はお世辞にも優れてるとは言えない。

 才能はあると認めてもらえたけど、いかんせん経験不足だ。

 何せ、俺が剣を初めて握ってから二ヶ月程度しか経っていないのだから。

 それでも既に騎士の平均を超えてるらしいが、ルルやデントには到底及ばない。


 だが、その差は魔力による身体能力の強化で補う。

 騎士が振り下ろした剣を真っ向から受け止め、押し返し、体勢が崩れたところを狙って斬る。

 騎士は驚愕の表情を浮かべながら息絶えた。

 今まで魔力によって平民を虐げてきた貴族が、より強い魔力によって倒される。

 それは、なんとも皮肉なものだと思った。


「『強刃』!」

「『魔連槍刃』!」


 そして、騎士を一方的に倒してるのは俺だけじゃない。

 ルルは相手の攻撃を軽やかにかわし、ナイフ型の魔導兵器(マギア)で次々と騎士達の急所を斬り裂く。

 デントは洗練された槍捌きで、確実に騎士を倒している。

 他の人達も奮戦し、数人がかりで一人の騎士を追い詰めていく。

 元々、数は貴族よりも平民の方が遥かに上なんだ。

 対等とは言えないまでも、魔導兵器(マギア)によって魔力という平民と貴族の絶対的な差が縮まった以上、数の暴力は有効に作用する。

 俺達は、確実に貴族を追い詰めていた。


 いける。

 勝てる。

 そう確信を抱いた、その時だった。


 突如、極大の悪寒が俺を襲った。


 背筋に氷柱を当てられたかのような悪寒。

 それを感じた瞬間、俺は反射的に空を見上げていた。

 この感覚の原因がそこにいると、頭では理解できなくとも身体が理解して反射的に動いたのだ。


 そうして俺が見たのは、氷の翼を持って遥か空の上を高速で飛翔する、全身鎧を身に纏った一人の少女だった。


 一切肌や服が見えないくらい、一部の隙もなく全身を覆う氷のようなフルプレートメイル。

 でも、鎧の形は女性用の鎧であり、背格好から中身は少女だとわかった。

 身体強化の魔術によって強化された俺の視力が、その少女の姿を正確に捉えていた。


 少女が片手を俺達の居る地上へと向ける。

 少女は高速で動いているというのに、俺には何故かその動作が酷くゆっくりに見えた。

 でも、見えたからって何もできない。

 加速するのは思考ばかりで、身体はそれに応えてくれない。


 そして、少女から特大の魔術が放たれた。


 凄まじい速度で天から降ってくる白い霧。

 それが地上へと到達した時、霧に包まれたものが瞬く間に凍っていく。

 人も、物も、革命軍も、帝国軍も、平民も、貴族も、関係なく。

 当然、俺も霧に飲み込まれて身体が凍りつき、一瞬動けなくなった。

 それでも意識は失っていない。

 寒さに震える事すらできない身体を身体強化に任せて無理矢理動かし、体表の氷を砕いて目を開くと、辺り一面が銀世界になっていた。


 戦いが止まっていた。

 無理矢理氷結させられ、止まっていた。

 そして、少女の姿はもう見えない。

 もう、あの少女はこの場にいない。


「…………………けるな」


 頭が痛む。

 堪えきれない程の激情を感じる。

 それを処理しきれずに頭が痛む。


「ふざけるな」


 頭が痛む。

 俺は今、堪えきれない程の怒りを感じていた。


「ふざけるなぁ!」


 あんな、あんな事があっていいのか!?

 俺達は死ぬ気で戦っていた。

 自分の命を懸けて、仲間の屍を踏み越える覚悟で、必死に戦っていた。

 それを、それをあんな簡単に!

 あの少女は、虫でも潰すみたいに、たった一撃で全てを終わらせてしまった。

 皆の想いを、覚悟を、あっさりと踏み潰された。


 理不尽だ。

 これこそ、まさに理不尽だ。

 俺は今その理不尽に対して、どうしようもない程の怒りと憤りを感じていた。


 だが、この理不尽で残酷な世界は待ってくれない。

 怒る暇すら俺に与えてはくれない。


「落ち着け! セレナ様の氷結世界(アイスワールド)だ! 我らに死者は出ていない!」


 騎士団の指揮官みたいな奴が声を張り上げた。

 その声一つで、騎士団の戦意が復活した。

 向こうも相当な数が凍らされて呆然としていたというのに。


「凍った者の救出は後でもできる! 今は奴らの残党を狩れ! もはや我らの勝利に疑いなし! 勝利の女神は我らに微笑んだのだ!」

『オオオオオオオオオオオオ!』


 騎士達が凄まじい形相で運良く氷結をまぬがれた仲間達に襲いかかっていく。

 あの顔には覚えがあった。

 村を襲った貴族や、看板娘さんを襲おうとしていた貴族が浮かべていた、弱い者を一方的にいたぶる悪魔の顔だ。


 俺はそれが許せなくて。

 あの少女への怒りと合わせて、この激情を奴らにぶつけてやろうと思った。

 例えここで死んでも、一人でも多くあいつらを道連れにして、この怒りをわからせてやろうと思った。

 そうして一歩踏み出そうとした俺は、


「ダメ!」


 後ろから誰かに抱き着かれた事で足を止めた。

 振り返ると、そこには真っ青な顔で寒さに震えるルルがいた。

 ルルは、そんな身体で死地へ飛び込もうとした俺に抱き着き、止めていた。


「逃げるわよ! これ以上戦っても無駄死になんだから!」

「ルル……」

「撤退! 撤退!」


 ルルの声に合わせるように、どこかで支部長さんの声が響いた。

 撤退命令だ。

 その命令に納得できないでいる俺の肩を誰かが叩いた。

 それは、ルルと同じ顔色をしたデントだった。


「逃げるぞ。ここは俺達の死に場所じゃない」

「…………わかった」


 納得できた訳じゃない。

 でも、俺と同じ思いを抱えているだろう二人に言われて、自棄になるのは思い止まった。


 俺達は負けたんだ。

 絶対に勝つと意気込んだのに、たった一人の少女にやられてあっさりと負けたんだ。

 そうして沢山の仲間が殺された。

 その怒りを、悲しみを、憤りを、悔しさを飲み込んで、噛み締めて、歯を食い縛りながら今は逃げる。

 いつか必ず仇を取ると誓って。

 最後には必ず俺達が勝つと誓って。

 俺達は逃げた。


 騎士達の会話で聞こえてきた『セレナ』という仇敵の名前を胸に刻みながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘の時は全身鎧だったんですね か、可愛くない…
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