勇者と革命軍
革命軍に入ってから二ヶ月程が過ぎ、俺は今初めての戦場へと向かっていた。
遂に革命軍が本格的に帝国へと反旗を翻し、大規模な攻勢を仕掛ける事になったのだ。
それまでの間にも色々あった。
まだ革命軍に入ってほんの少ししか経ってないのに、何故か凄く懐かしい。
初めての戦争を前に感傷的になってるのか、革命軍に入ってからの事が走馬灯のように脳裏を過っていった。
ちょっと縁起が悪くて苦笑する。
革命軍に勧誘された後、ルルに連れられて革命軍の支部という所に行くと、ルルは俺の事を「まあ、期待の新人ではあるわよ。変態だけど」と紹介した。
そうしたら、俺のイメージは死にかけの状況でルルのパンツを覗く事に最後の力を振り絞った変態で固定されてしまった。
やめてほしい。
謝るから、土下座でもなんでもするから、この風評被害をなんとかしてください、お願いします、ルル様。
そう言って必死に頭を下げても、ルルは「本当の事じゃない」と言って一切取り合ってくれなかった。
それに反論できないのが辛い。
本当に、あの時の俺はどうかしてた。
死ぬ間際で生存本能が変な方向に働いたんだろうか?
正直、その変態呼びだけでもうお腹いっぱいだったのに、数日中にはそれを聞いた血の気の多いデントという奴に絡まれ、
「お前が噂の新人か。俺がお前を試してやる。俺と戦え」
と言われて、試合形式の訓練を申し込まれた。
果たして、期待の新人という部分に反応したのか、ルルのパンツを覗いたという部分に反応したのか。
前者だと思いたい。
そうして半ば成り行きで訓練を始めたんだけど、槍使いだというデントの動きはなんというか洗練されていて、俺は手も足も出なかった。
あとで聞いた話によると、デントはルルと同じく強力な魔導兵器という武器を支給されるくらいに強い上級戦士だったらしい。
革命軍には戦士の階級がある。
量産品の魔導兵器を支給されるだけの人達が『一般戦士』。
ルルやデントみたいに革命軍の偉い人に実力を認められ、強力な魔導兵器を支給された人達が『上級戦士』。
更にその上に、専用の魔導兵器を支給されるくらい強い革命軍最強の戦士達『特級戦士』と呼ばれる人達がいる。
ちなみに、ルルは特級一歩手前と言われる程の凄腕らしい。
デントもルルと似たようなものだそうだ。
そんな奴に勝てる訳ないだろ!
と俺は思ってたし、実際手も足も出なかったんだけど、試合は予想外の結果になった。
確かに、俺の攻撃は一切デントに当たらなかったし、デントの攻撃は俺を滅多打ちにした。
でも、俺の身体にはかすり傷程度しか付かなかったのだ。
しかも、途中でデントに挑発されて気が高ぶった時は、あの貴族をぶん殴った時の力がちょっとだけ出てきて、ほんの少しだけだけどデントを追い詰める事までできた。
いくらデントが魔導兵器を使っていなかったとはいえ、これはおかしい。
その後、その騒ぎを聞きつけてやって来た支部長という偉い人に、その時始めて知った魔導兵器を握らされ、それが燃料もなしに作動した事で俺に魔力があるという事が判明した。
魔力は基本的に貴族だけが持つ力。
なんでそんな力が俺にあるのかはわからない。
支部長さんは「ごく稀に平民でも魔力を持つ者が生まれる事がある。だから気にするな。素晴らしい才能を授かったと思っておけ。期待しているぞ」と言ってくれたけど、そう思わない人も多い。
当然と言えば当然なのかもしれない。
革命軍に入るような人達は多分、多かれ少なかれ俺みたいに貴族に恨みがある人達だろうから。
そんな人達にとって、魔力という貴族の力を持った俺はおもしろくない存在なのだろう。
デントなんかもその口みたいで、俺に魔力があると知った時は露骨に顔をしかめていた。
逆に、ルルは俺が鎧の人達(騎士というらしい)の攻撃(魔術というらしい)を正面から耐えてたのを見た時から察してたみたいで態度が変わらなかった。
ルル以外にはそういうのをあんまり気にせずに接してくれる人達もいる。
ただ、そうじゃない人も沢山いたってだけの話だ。
でも、そういう人達も俺が革命軍の一員として任務をこなしていく内に段々認めてくれるようになった。
任務に向かう前に、まずは死に物狂いで特訓した。
もう二度と、あの無力感を味わいたくなかったから。
もう二度と、俺の無力で助けたい人達を助けられないなんて事が起こってほしくなかったから。
今度こそ、そんな理不尽を自分の手で打ち倒す為に、俺はひたすらに強さを求めた。
次に、革命軍の現在の主要な仕事だという魔獣狩りをした。
俺の故郷の村はまず魔獣なんて出ない平和な土地だったけど、他の場所はそうじゃない。
他の村の人達は、貴族と同じくらい魔獣にも怯えながら暮らしている。
それを知った時、俺は自分のあまりの無知さに呆れかえった。
そして、魔獣は弱い奴でも普通の人じゃ倒せないくらいに強いらしい。
魔力を使わなければ倒せない獣。
故に、魔獣。
そんな言葉もあるくらいだ。
なのに、そんな魔獣を貴族は放置してる。
自分達の暮らす街に近い場所の魔獣は駆除するが、そうじゃない場合は相当の被害を出すまで見向きもしない。
その過程で平民がいくら死んでも奴らは気にしないのだ。
だから、代わりに革命軍が魔獣を狩ってる。
民の平和を守る為に、そして貴族を倒す為の力を磨く為に、魔獣狩りは必要な事だった。
そうして、魔獣狩りで実戦経験を積んだ後は、ルルと一緒に諸悪の根元である貴族を倒す任務を与えられた。
ルルが俺を助けてくれた時もその任務中だったらしい。
これは革命軍の中でも実力を認められた者にだけ与えられる任務なんだとか。
そう。
その時には、俺はもう殆どの人達に認められていた。
支部長さんからは上級戦士の階級を貰い、他の人達も好意的に接してくれる。
そこから更に、ルルの引率の下とはいえ実際に貴族を倒してくれば、殆どの人達が俺を認めてくれた。
貴族との戦いは激しくて、相手は強敵揃いで、何度も何度も死にかけたけど。
助けてくれてありがとうと言ってくれる人達と、こうして俺を認めてくれる仲間達のおかげで頑張れる。
デントとも、同じ任務を受け、一緒に帝国の一級騎士という強敵を倒した時にわかり合えた。
そんな困難を乗り越えて、俺は今戦場に向かっている。
俺達が所属する支部の標的はゾイサイト子爵。
今まで標的にしてきた貴族よりも格下だけど、今回はいつもみたいな忍び込んでの暗殺じゃなく、帝国騎士団と革命軍が真っ向からぶつかり合う戦争だ。
実戦は初めてじゃない。
けど、こんな大規模な戦いは初めてだ。
必ず多くの戦死者が出る。
俺は多くの仲間達を失うだろう。
怖い。
でも、俺は逃げない。
俺は戦う。
前に進み続ける。
大丈夫だ。
俺は独りじゃない。
どんな死地でも、どんな困難でも、頼れる仲間達と一緒なら必ず乗り越えられると信じてる。
俺は一緒の場所に配置された、ルルとデントを見詰めた。
「何?」
「なんだ?」
俺の視線に気づいたらしく、二人が訝しそうに俺を見てきた。
今の俺はどんな顔をしてるんだろう?
わからない。
わからないけど、不安に飲まれたような情けない顔はしてないだろうと、何故か確信できた。
「二人とも。この戦い、絶対勝とう」
不思議と緊張せずにそう言えた。
俺達なら勝てると、素直にそう思えた。
それに対して二人は、
「はぁ? 何当たり前の事言ってんのよ」
「当然だ。未来の大英雄デント様がいて負ける訳がないだろう。馬鹿かお前は」
そう言って、実に頼もしい返事をしてくれた。
俺は弱い。
革命軍に入って少しは強くなれた気がするけど、まだまだ弱い。
でも、俺達は強い。
俺達革命軍は強い。
正面から貴族という理不尽の象徴を倒せるくらい強い。
そう信じて戦おう。
もう恐怖はなかった。
恐怖を塗り潰す程の勇気が湧いてきたから。
そうして赴いた戦場で俺は出会った。
真に理不尽の象徴と思えるような、圧倒的な力を持った少女と。
後に因縁の相手となる、氷の悪魔と。