84 エピローグ
「お姉様! 早く早く!」
「はいはい。今行くよー」
ルナが元気よく玄関を飛び出し、森の中を走っていく。
たまにしか家の外に行けないような閉じた生活から抜け出した事で、前にも増してお転婆になったルナは元気いっぱいだ。
最近は何人か歳の近い友達もできたし、健やかにノビノビと育ってくれて何よりだよ。
そんなルナの後に続くのは、私とアンとトロワの三人。
ドゥはしろまると一緒に留守番してくれてる。
ルナがこうして出かける時は、保護者としていつもメイドスリーの誰かが付いて行くんだけど、今回は珍しく私も同行する為、保護者が二人になった訳だ。
といっても、私が同行するのは言う程珍しい事じゃないんだけどね。
月に一、二回くらいかな。
で、そんな私達の目的地はと言うと……
「到着!」
森を歩く事10分程度。
森を抜け、目的地に辿り着いたルナがそんな声を上げた。
そこは、人口が三桁にも満たないような小さな村。
ゲームのプロローグに登場したアルバの故郷と同じくらいの規模かな?
ただし、帝国の理不尽に踏み潰されてしまったアルバの村と違って、ここは私の徹底的な調査に裏打ちされた平和な村だ。
背後には海、他国との国境には魔獣ひしめく森や山脈があり、小さな街道を使っての交易は可能だけど、戦争となると天然の要塞のせいでお互いに攻めるのが難しく、そのおかげで戦争とは無縁な大陸の端の独立国家『フェアリカ王国』の片隅にある小さな村。
フェアリカ王国は国内の気候も安定し、土地も肥沃で、食べていくのに困らないどころか、他国に出荷してもまだ余るくらいの食料自給率を誇る。
魔獣が生息域から出てくる事もほぼなく、国を回している王族貴族もそんなに権力を持ってる訳じゃないから大した腐敗もなく、国民が理不尽に虐げられる事もない。
戦う相手は農作物を脅かす害獣と自然だけという、あまりにも平和すぎて、若干平和ボケしてるレベルの奇跡みたいな国だ。
それが、フェアリカ王国。
姉様との高飛び先を探していた頃から、私が目をつけていた場所の一つである。
あの帝都での決戦の時、アルバに心臓を潰されて死を覚悟した私は、氷の城の秘密の機能を使って、ルナ達をこの国に向かって逃がした。
その機能とは、氷の城の外装を剥がす事で出現する、城の中に眠っていた国外脱出用の魔術こと、超巨大な鳥型アイスゴーレムの事だ。
実は、あの城っぽい外装は完全な飾りであり、一皮ならぬ一氷剥けば、中からは城と同じサイズの鳥型アイスゴーレムが出てくる仕掛けだったのだよ。
つまり、私達はずっと超巨大鳥型アイスゴーレムの中で生活してたって事。
いざという時には、夜逃げ準備の必要すらなく、自宅ごと空を飛ばして国外に逃がせる仕掛けという訳だね。
いきなり氷の城が変形していく様子を見せちゃっただろう使用人の人達は驚かせちゃっただろうなぁ。
まあ、その代わり屋敷にあったアイスゴーレム達はそのまま残してきたし、それを慰謝料代わりだと思ってもらおう。
アイスゴーレム達とのリンクがまだ生きてる以上、あれが活躍する機会、すなわち戦いはなかったみたいだし、多分、アメジスト領はアルバの作る新国家につつがなく吸収されたんじゃないかな?
あそこの運営は放置気味だったとはいえ、善政を敷くように命令してあったし、その命令はちゃんと果たされて平和な領地になってた。
アイスゴーレム達が壊されてない事から考えても、そんなに酷い事にはなってない筈だ。
なんだかんだで、あそこは私達の故郷。
できれば平和のままであってほしい。
まあ、アメジスト領や国の今後はアルバに任せるとして。
私も皇帝を倒した後に、急いでルナ達に追い付き、一緒にこの国に来た訳だ。
「ただいま」と言って鳥型アイスゴーレムに乗り込んだ時は、メイドスリーに泣かれた。
そりゃね。
通信用アイスゴーレムに、私は死んだと思って行動しろっていうメッセージ送った後に、やっぱ生きてましたってメッセージ送って帰還した訳だから。
そりゃ泣かれるよ。
コールドスリープの余韻で寝てなければ、ルナにも泣かれてたと思う。
あのしろまるですら、心配そうにすり寄ってきたくらいだもん。
そんなこんなで涙の再会を果たした後、私達はこの村へと辿り着いた。
正確には、この村の近くの森の中に着陸した。
巨大な鳥に乗ってきた得体の知れない魔術師がいきなり受け入れてもらえるとは思えなかったからね。
当初は森の奥を拠点にして、私とメイドスリーが近くの村へと赴き、説得してちょっとずつ受け入れてもらうつもりだった。
それが無理なら、他の土地に行く事も検討してたんだけど……この村の人達は、私達の想像を絶するレベルで平和ボケしていたのだ。
最初の交渉に行った時から既に「遠い所からよく来たなー! まあ、茶でも飲んでってくれ!」的な歓迎ムードだったし、魔術師への偏見もなくて、ちょっと氷の魔術を見せたら子供達がキャーキャー言い出し、大人達は子守りが楽になっていいわーと笑い始める始末。
あまりの警戒心のなさに逆に心配になり、進化した超小型ゴーレムを使って盗聴とかしたけど、どうやら本心で言ってたらしい。
私達が去ってからも特に対策会議とか開く様子もなく、不思議な人達だったなーってダベりながら縁側でお茶を飲んでた。
平和ボケしすぎやろ。
すっかり帝国の価値観に染まっちゃった私達は、なんとも微妙な顔にならざるを得なかった。
好都合ではあるんだけど。
それからは早かった。
一週間もすれば近所の人扱いされ、一ヶ月もすればルナを連れて行けるようになり、ルナはその日の内に友達を作ってきた。
二ヶ月もすれば鳥型アイスゴーレムを村の近くに移動させて、お引っ越し完了だよ。
今では再び外装を取り付けて氷の城となり、しょっちゅうルナの友達が遊びに来るようになった。
いや、いいんだけどね。
ただ、ちょっと平和すぎて、帝国時代の感覚が抜けない私は落ち着かなかったよ。
まあ、それも今は昔の話だ。
私達がこの村に来てから、約五年。
それだけ経てば、私も大分この村に馴染んできた。
たまに村に遊びに行くルナに付いて行って、友達と遊ぶルナを微笑ましく見守ったり、農作業やってみないかと誘われてチャレンジするルナをハラハラしながら見守ったり、ちっちゃいアイスゴーレムで演劇やったりして、楽しく過ごしてる。
今日みたいにね。
「あ、ルナちゃんだー!」
「おはよー!」
「今日も来たか!」
村の子供達がワラワラとルナに近づいてくる。
ルナは今日も人気者だなぁ。
まあ、ルナは美少女だし、この辺りの人達とは顔立ちが違うからね。
外国人の美少女転校生みたいな感じだ。
「お、魔女様もいるー!」
「ホントだ! 魔女様ー!」
「今日も演劇やってー!」
そして、私の方も結構な人気である。
子供達は、私の事を「魔女様」って呼ぶんだよねぇ。
さて、リクエストされちゃったし、本日のアイスゴーレム劇場でも開催しようか。
ルナもキラキラした目で楽しみにしてるし。
演目のバリエーションは無数にある。
私が転生前に見た、漫画、アニメ、ゲーム、ラノベ。
今世の幼少期に姉様が話してくれた、童話やおとぎ話。
私が経験してきたノンフィクションドラマ。
最後のは人気ないけどね。
エグい部分はなるべくカットしてるんだけど、それでも悲しい話が多いから。
ではでは、今日の演目は『囚われの姫と氷の騎士』で行こうか。
これは、もしも姉様が暗殺されなかったらというIFを、私の妄想全開でご都合主義ハッピーエンドとして纏めたお話だ。
お姫様を人質にして主人公に酷い事をやらせようとする悪い悪い王様を、主人公である氷の騎士が、仲間である王子様と炎の剣士と水の魔法使い、お助けキャラのような雷の槍使い、そしてライバルだった勇者達と協力して死闘の末に打ち破り、お姫様を救い出すというストーリー。
私の役である氷騎士を男にして、囚われのお姫様役である姉様と結ばれるエンドにする事も忘れない。
これはノンフィクションドラマシリーズにしては珍しく人気のあるお話だから、子供達の受けもいい筈だ。
さて、アイスゴーレムの準備もオッケー!
本日のロードショーの始まり始まり~!
「ふぅ」
「お疲れ様です」
アイスゴーレム劇場が終わり、ルナを含めた子供達が氷の騎士ごっこを始めるのを横目に、私は氷のベンチに腰掛けて一休みする。
そんな私にトロワが労いの言葉をかけてくれた。
ちなみに、アンは子供達に交ざって遊んでくれてる。
誰もやりたがらない悪い悪い王様の役を押し付けられて涙目になってた。
うん……ごめんね。
「セレナ様……大丈夫ですか?」
「うん。まだ大丈夫だよ」
たったこれだけの事で少し疲れてる私をトロワが心配してくれた。
確かに、最近の私はトロワ達が心配するのもわかるくらい体力が落ちた。
いや、体力だけじゃなく、魔力も生命力も。
正直、身体にガタが来てるのは間違いないだろう。
何せ、あの戦いからもう五年だ。
今の私は、あの戦いで死んだに等しいほぼ死体同然の身体を、雪女の因子で無理矢理生かしてる状態。
魔獣因子は身体に多大な負担をかける。
それは適合率がいくら高くても0にはならない。
人の身で魔獣という異物の因子を取り入れる以上、適合率100%はあり得ないのだから。
そして、私の死体同然の身体じゃ、その負担にいつまでもは耐えられない。
五年前からずっと、身体の内側にある器が徐々にヒビ割れて、そこから魔力と生命力が漏れ出していくような感覚がしてる。
もう魔力は全盛期の半分もない。
正直、ここまで生きられただけでも奇跡だ。
最初は、一年持つかもわからないと思ってたんだから。
だけど……
「大丈夫だよ、トロワ。もうここまで来たら、意地でもルナが大人になるまでは生きてやるからさ」
力こぶを作ってトロワに宣言する。
私の細腕だと、全然迫力なかったけど。
ルナが大人になるまで。
帝国の基準だと、成人は15歳で貴族学園を卒業した瞬間だ。
元の世界基準だと、成人は20歳。
今のルナは8歳だから、あと7~12年くらいかぁ。
中々にキツい注文だけど、絶対に達成してみせよう。
「そうですか……。でも、できればルナ様の結婚式とか、お子様の顔とかも見るまで生きてくださいね」
「むむ!」
ルナの結婚とな!?
まだ気が早すぎるけど、確かに生きてれば、その内経験するかもしれないイベントだ。
何それ、超見たい。
ルナの子供の顔とかも見てみたい。
うん! それまでは死ねないな!
貴様のような馬の骨にウチの娘はやらん! とかも言ってみたいし!
まあ、ルナが生涯独身という可能性もあるから、なんとも言えないけどね……。
だけど、生涯独身でも、誰かと結婚するのでも、ルナの好きに決めたらいいと思う。
進路とかもそうだ。
帝国みたいに、どう足掻いても不幸にしかならない就職先でもない限り、私は反対しないし応援する。
この村に残って農家になっても、商人とかになってこの村を飛び出しても、世界中を回る旅人とかになってもいい。
どんな道を選んでも、その結果どんな事が起こっても、メイドスリーは絶対付いて行って支えてくれるだろうし、ここに氷の城とアイスゴーレム達は残しておくから、辛くなったら皆で帰って来ればいいさ。
多分、ここの村人達なら普通に受け入れてくれるだろう。
そう思って気楽に頑張ってほしい。
ああ、本当にルナはどんな道を選ぶんだろう。
どんな大人になって、どんな人生を歩むんだろう。
見届けたい。
見届けて、姉様に私の口から報告したい。
そんな事を思いながら、私はふと姉様の待つ空を見上げた。
そこには、変わらず私達を照らしてくれる太陽の姿。
「うん。いい天気」
帝国の夜は明け、同時にルナの未来を暗く閉ざしていた闇も晴れた。
この先、どんな未来が待っているとしても、それはきっと、この空のように明るく、光ある未来になるだろう。
そう思わせてくれるような、晴れやかで気持ちのいい空だった。
この暖かな日差しの中で、大切な人達がいる場所で、私は穏やかに余生を過ごす。
姉様の元に召される、その瞬間まで。
なんともまあ、悪の帝国なんかに忠誠を誓い、色々とやらかしてきた私には勿体ないような幸せな余生だなぁと、そう思った。
悪の帝国に忠誠を ~完~