82 最後の戦い 3
奈落の巨神が手を伸ばす。
ただそれだけの動作でも、こっちにとってはかなりの脅威だ。
何せ、手の大きさが規格外すぎて、これだけで超広範囲攻撃魔術と同等の効果があるんだから。
「『純白閃光』!」
「あ!? バカ!」
それに対して、アルバは光魔術の大技で迎え撃つ事を選択してしまった。
一見妥当な対処法に見えるけど、それは悪手だ!
「なっ!?」
巨大な闇の掌は、アルバの魔術を浴びて一度は形を崩したものの、すぐに再生して、もう一度私達を狙ってきた。
私は攻撃に意識が向いているアルバの首根っこを掴んで全速力で上空へと飛翔し、なんとか腕の攻撃を避ける。
「あれは魔力の塊ですよ! 実体がないんだから、攻撃しても魔力の無駄です! 狙うなら本体を狙わないと!」
「ご、ごめん」
本当に気をつけてほしい!
アルバもこれまでの戦いでかなり魔力を消耗してるんだから、マジで無駄撃ちする余裕なんてないだろうに。
私は雪女の因子のおかげでまだ余裕があるけど、それでも、あの化け物を相手にするなら、魔力なんていくらあっても足りない。
何せ、あの闇の巨神部分は、その全てが皇帝を守る最強の鎧なんだから。
どこまでも大きく、分厚く、硬く、それでいて触れる物全てを破壊する闇の鎧。
生半可な攻撃じゃ、あの闇に触れた時点で消滅させられる。
アルバの純白閃光でも、掌の形を崩すのが精一杯だった。
多分、私の氷神光でも貫けないだろう。
もっと強い火力がいる。
鎧を剥がすだけでも、難易度ルナティックなのだ。
奈落の巨神が口を開く。
口と表現していいのかわからないくらいにグチャグチャで歪な造形。
ゴジ◯より歯並びが悪い。
でも、頭部に当たる部分のすぐ下にあるんだから、きっと口なんだろう。
その口の中に膨大な黒い魔力が集まっていく。
見覚えのある光景だ。
見覚えがありすぎて、最近ちょっとトラウマになってる攻撃だ。
「ブレスです! 大きいですよ!」
「わかってる!」
私とアルバは更に速度を上げて攻撃範囲から逃れる。
私は氷の翼から更に冷気を噴射し、それを推進力にして。
アルバは消耗覚悟で光の翼を六枚に増やして。
それぞれが全力の回避行動を取った。
そんな私達が元いた場所を、極大のブレスが通過していく。
獣王の本家ドラゴンブレスも、ワールドトレントの一斉疑似ブレスも比較にならない、極太の破壊光線。
私達を狙って上に放たれたからいいものの、もし地上に放たれてたら国土が消滅しかねない程の次元が違う一撃だ。
全盛のワールドトレントでも一撃で完全消滅させられると断言できる。
それどころか、これ下手したら逃がしたルナ達の所にまで届きかねないぞ!
絶対にルナ達のいる方に撃たせちゃいけない!
「アルバさん! あれが地上に向けられたらアウトです! 常に奴の上に陣取りますよ!」
「ああ!」
よし。
これで少しは大丈夫な筈。
といっても、安心してる余裕なんてない。
頭上にいる私達を挟み込むように、奈落の巨神は巨大な両腕を上に向かって伸ばしてきた。
虫を潰すみたいに、両の掌で叩き潰すつもりだ。
当然、これもまた超広範囲攻撃。
私達は更に高度を上げ、唯一の逃げ場である空を上へ上へと飛び続ける事で難を逃れた。
これは止まったら死ぬな。
そして、逃げてるだけじゃ勝てない。
恐ろしい事に、これだけ派手な極大魔術を使っても、皇帝の魔力に衰えが見えないんだから。
皇帝だって人間だ。
当然、その魔力は有限の筈。
だけど、その魔力量が常識外れに多過ぎる。
ワールドトレントみたいに地面とかから魔力吸収して回復してる訳じゃなく、素でこれだけの魔力を持ってるんだ。
下手したら、MPにして一億とかいってるかもしれない。
それ実質、魔力無限と変わらないじゃん!
どんだけのチート。
これを消耗戦で削り切るのは現実的じゃない。
だったら、どこかで闇の鎧をひっぺがすなり、貫通するなりして、闇の中に埋まってる本体を倒す必要がある。
その為にまず必要なのは、純粋な超火力だ。
私の最強技である氷神光を遥かに上回る火力がいる。
そんなバ火力を出す方法は……ない事もない。
でも、それだけじゃ勝てない。
闇の鎧をひっぺがすのは、あくまでも奈落の巨神討伐の前提条件なんだから。
その後に本体を引き摺り出して倒せなきゃ、無尽蔵の魔力で巨神はすぐに再生する。
そして、あれを突破できるような超魔術をそう何度も使える訳がない。
なら、方法は一つ。
チャンスは一度。
私かアルバ、どっちかの超魔術で闇の鎧を貫き、本体が剥き出しになった瞬間を狙って、もう片方がトドメを刺す!
その為には……
「■■■■■■■■■■■■■■!!!」
こっちが思考加速の魔術で作戦を纏めている間に、向こうが次の攻撃に出てきた。
再び口を開き、そこから新しいブレスを撃ってくる。
さっきみたいな極大ブレスじゃない。
出てきたのは、手数重視の無数の黒い球体。
闇属性初級魔術、闇球。
ただし、その大きさは一つ一つが小城くらい飲み込めそうなド級サイズ。
それが機関銃の如く、次から次へと発射される。
多分、威力も直撃したら終わりレベルだろう。
それでも、私達ならなんとか避けられなくもない。
ここでわざわざ危険な賭けに出るべきか否か……答えはすぐに出た。
ここで躊躇っても、無駄に勝負を長引かせて、魔力を消耗していくだけだ。
「『氷翼付与』!」
「え!?」
私はアルバの背中に氷の翼を出現させる。
いきなり魔術をかけられたアルバが驚きの声を上げた。
そんなアルバに、私は叫ぶように作戦の一部を伝える。
「私に身体を委ねてください! 回避は私がやります! その分の魔力で大技の準備を!」
言うと同時に、自分の氷翼とアルバの氷翼を操作し、二人分の回避行動を取る。
アルバは一瞬戸惑ってたけど、すぐに光の翼を消して、私の指示に従ってくれた。
私が両手に一つずつ持ったコントローラーで、鬼畜難易度のシューティングゲームを二つ同時にプレイするような大道芸で黒球弾幕を回避する。
アルバはその間に目を閉じて集中し、残りの全魔力を使う気かってくらいの魔力を、手に持った純白の剣に集中させていく。
アルバもわかってるんだ。
これが一発勝負だって事に。
けど、それだけじゃまだ足りない。
ギリギリ見える勝利への道筋。
そこに至るまでの手数が、まだ数手足りない。
どこかで隙を見つける必要がある。
ほんの少しでもいいから、反撃に移れるだけの隙を。
「撃てぇ!」
「■■■■!」
その時、帝都の外から飛んできた無数の魔術が、奈落の巨神の頭部に降り注いだ。
その大半は最弱の魔術、魔弾。
量産型魔導兵器に搭載されている魔術。
振り向いてる余裕はないけど、振り向かなくても誰の仕業かわかる。
バック達だ。
あの化け物を相手に、撹乱くらいならできると豪語した男。
有言実行してくれた。
もちろん、こんな弱い攻撃で奈落の巨神がダメージを受ける事はない。
それでも、いきなり目の前に虫が飛んでくるみたいな嫌がらせにはなる。
今の皇帝は、体内に打ち込まれた光の魔力のせいで、まだまだ魔力の精密操作ができない状態だ。
その状態で少しでも集中が乱れれば、魔術も乱れる。
結果、全身が魔術で構成されている奈落の巨神は僅かに揺らぎ、弾幕が一時的に弱まった。
でも、代わりに奈落の巨神の狙いが地上の革命軍に向いてしまった。
私達に闇球を放ち続けたまま、奈落の巨神は地上の革命軍に向けて手を伸ばす。
「皆ッ!?」
「集中を乱さないで!」
咄嗟に革命軍を庇おうとしたアルバを言葉で制し、同時に魔術を発動する。
革命軍が作ってくれた、ほんの僅かな弾幕の弱まり。
その一瞬の隙を突いて。
「『凝縮氷神光』!」
普段よりも更に圧縮し、攻撃範囲を捨てて貫通力特化の一筋の光となった氷神光を放つ。
狙いは頭部。
探索魔術によって突き止めた、皇帝本体がいる場所。
その部分の闇を氷結の光が貫き、奈落の巨神が大きく揺らいだ。
「■■■■■■■■■■■!!?」
効いてる!
氷神光が皇帝本体にまで届いたんだ!
これで倒せる程ではなかったし、闇の鎧をひっぺがせるような攻撃でもなかったけど、確実にダメージが通った。
しかも、私が狙ったのは皇帝本体の頭部ピンポイントだ。
頭部、脳、魔術の制御を司る場所。
そこにダメージを受ければ、魔術の制御は著しく乱れる。
おかげで革命軍に向けて伸ばされていた手も、私達に向けられていた弾幕も止まり、奈落の巨神に大きな隙が生まれた。
アルバはそれを見て駆け出し、私もトドメ用の魔術を発動するべく準備を開始。
奈落の巨神はそれを止める事もできず、苦しむように頭をのけ反らせて、あらぬ方を向いている。
その口は再びの極大ブレスを放とうとしてるけど、このタイミングならこっちを向く前に私達の攻撃がギリギリ届く!
ここで決める!
そう思った瞬間、━━私は極大の悪寒に襲われた。
本能が叫んでいる。
何かを見落としていると。
私は、何か致命的な事を見落としている。
その直感に従い、思考加速の魔術を使って考える。
今は間違いなく千載一遇の好機だ。
奈落の巨神は揺らぎ、渾身の反撃である極大ブレスも私達には届かない。
奴の攻撃が私達を飲み込む前に、私達の攻撃が奴を襲うだろう。
極大ブレスが放たれようとする。
でも、それは私達とはまるで関係ない方向に向けてだ。
あれが私達に向くより、私達の攻撃が奴に届く方がギリギリ早い。
そうすれば、あの極大ブレスも霧散して………………待って。
皇帝は、あの極大ブレスを私達の方に向けるつもり?
どうやって?
決まってる。
あの状態から私達を狙おうと思ったら、首を横向きに回転させて薙ぎ払うようにブレスを……
「ッ!?」
気づいた。
気づいてしまった。
皇帝が、あのクソ野郎が仕掛けた卑劣な作戦に。
この攻撃は私達には届かない。
そんな事は、あいつだってわかってた筈だ。
だけど、私達以外になら届く。
あの方向から私達を狙うようにブレスを放つなら、首を約90度回転させなきゃいけない。
そして、その軌道上をブレスが走る事になる。
国土の端まで届くような極大ブレスがだ。
そうしたらどうなるか?
帝国の四分の一は消し飛ぶだろう。
そこに住まう国民もろとも。
しかも、その消し飛ぶ範囲に入っているのだ。
私がルナを匿っていた領地、アメジスト領が。
つまり、そこから国境に向けて逃げさせているルナにも、この攻撃は当たる。
私は、命に代えても、この攻撃を防がなくてはならない。
「『氷盾』ッ!」
私は全速力で極大ブレスの前に飛び出し、それを防げるだけの大きさを持った氷の盾を作成。
それに手を触れて腕力で支え、手から直接魔力を注いで随時氷盾の補強を行う。
だけど、とてもじゃないけど防ぎきれない!
氷の盾は簡単にヒビ割れ、その隙間から溢れ出した闇の魔力が私の全身をズタズタにしていく。
それでも耐える。
力を、魔力を振り絞って、ひたすらに耐える。
「セレナッ! クソッ! 『光騎……」
「まだ撃っちゃダメ!」
私を助ける為にアルバが最後の大技を発動しようとしたけど、それを敬語を取り繕う余裕すらない大声で止める。
あれはトドメとセットで使わないとダメなんだ。
皇帝がここまで離れたルナにすら届く攻撃を撃てる以上、私の恨み辛みを抜きにしても、こいつはここで確実に殺さなければならない。
そうじゃないと、ルナの安全が保証されない。
だったら、アルバの魔術を守りに使っちゃダメだ。
奴を倒すのにアルバの力は必要不可欠。
ここは、私が死ぬ気で踏ん張らなきゃいけない場面!
「アアアアアアアアアアッ!」
湯水の如く魔力を流す。
氷の盾を修復し続ける。
力を込める。
踏ん張って、吹き飛ばされないように堪える。
足りない。
氷翼の数を増やす。
さっきのアルバを参考に、まるでセラフィムのような三対六枚の翼を作る。
それら全てから冷気を噴射し、莫大な推進力を生み出して耐える。
身体がぺちゃんこになりそうだ。
ここまでやって、やっと拮抗。
気を抜けば一瞬で消し飛ばされる。
気を抜かなくても、どんどん身体は傷ついていく。
雪女の因子がなければ、これだけで致命傷だっただろう。
だけど、まだ足りない。
これじゃまだ防げてるだけ。
皇帝の魔力量は無尽蔵と言える程に膨大だ。
この極大ブレスがいつまで続くかわからない。
最悪、一時間でも二時間でも撃ち続けられるかもしれないんだ。
だから、耐えてるだけじゃ、防いでるだけじゃ足りない。
押し返す必要がある。
「『氷人形創造』!」
その為に私が使った魔術は、氷人形創造だった。
極大ブレスを防ぐ為にほぼ全てのリソースを費やし、半ば無意識で発動した魔術。
それが、今まで私を支えてくれた人達を形造っていく。
ノクスがいた。
レグルスがいた。
プルートがいた。
ミアさんが、マルジェラが、メイドスリーがいた。
そして、生まれた時から私を守ってくれた最初の守護者……姉様がいた。
私は、無意識に私を支えてくれた人達の面影を求めていたのかもしれない。
そんな人達と一緒に押した氷の盾が、徐々に極大ブレスを押し返していく。
もちろん、これは私の魔術で作った偽物だし、幻影だ。
本人達がここにいる訳じゃなく、こうして極大ブレスを押し返しているのは私一人の力でしかない。
それでも、皆の姿が私に力をくれる。
魔術はイメージだ。
皆に支えられているというイメージが、守ってくれたという思い出が、本当に私の力になる。
いつだって、他人を物としてしか見ていなかった皇帝には決して出せない力。
もう、負ける気はしなかった。
氷の盾が闇の極大ブレスを押し返し、奈落の巨神の頭部に向けてシールドバッシュを食らわせた。
「■■■■■■■■■■■■■■!!!?」
その衝撃と、自分の極大ブレスが間近で炸裂した事により、巨神の頭部が形を失う。
まだ闇は晴れていない。
でも、今までで最も守りが薄くなってるのは確実。
やるなら、ここしかない!
「『星空浮遊氷球』!」
作り出すのは、夜空に浮かぶ星のように周囲を埋め尽くす、無数の球体アイスゴーレム。
前まで使ってた自律式じゃないし、あれに比べれば遥かに劣る。
でも、ある一つの機能に関しては互角だ。
その機能とは……魔術の発射口としての能力。
その全てを起動する。
更に、私自身も魔術を放った。
最強魔術、氷神光を。
そして、無数の球体アイスゴーレムからも同時に氷結光が放たれ、その全てが氷神光と合体し、一筋の極大魔術となる。
奈落の巨神の極大ブレスにも匹敵する、この魔術の名は━━
「『究極氷神光』!」
最強を超えた究極の魔術。
決して二度は放てない、正真正銘の私の切り札。
それが歪んだ巨神の頭部を凍りつかせ、━━遂に、砕いた。
皇帝本体までは砕けてないけど、遂に闇の鎧をひっぺがす事に成功した。
「今です!」
「うぉおおおおおおおおおッ!!」
私の声を合図に、満を持してアルバが宙を駆ける。
氷の翼は、さっき極大ブレスを防いだ時に、余力がなくて制御を放棄してしまった。
だけど、アルバは今、光の翼を使っていない。
光の翼に比べれば消費魔力の少ない衝撃波移動を使ってる。
少しでも魔力を温存して攻撃に使うつもりだ。
ここまで、どんな窮地にあっても我慢してチャージしてきた魔力。
それが溜まりきった純白の剣を、アルバは振りかざした。
しかし……
「それで私を追い詰めたつもりか!」
皇帝の顔からは、まだ余裕が失われていなかった。
その証明とでも言うかのように、皇帝の闇の義手の中に、膨大な魔力の塊が生み出されていた。
漆黒閃光はおろか、あの極大ブレスすらも上回る、膨大な闇の魔力の塊。
それが魔術へと変換され、アルバを目掛けて放たれる。
「闇の中に消えるがいい。『奈落地獄光』!」
皇帝の放った闇の破壊光と、アルバの振るった光の剣がぶつかり合う。
奈落地獄光。
それは、皇帝の持つ最強の魔術だ。
その力は、あまりにも圧倒的。
全てを飲み込み、消し去り、破壊し尽くす、無敵の魔術。
放たれたが最後、誰にも止める事などできない。
━━相手が『勇者』以外だったのなら。
「何故だ!? 何故、押し切れぬ!?」
皇帝が焦りの声を漏らす。
アルバは、あの無敵の魔術を耐えていたのだ。
光の剣で闇に抗う。
精細さを失った魔術の淀み、魔力の薄い部分を突き、切り裂く。
温存してきた光の翼を解放し、三対六枚の翼を推進力として前へ進む。
『勇者』アルバ。
あなたは強い。
今まで、私は勝ち目が0に等しい絶体絶命の状況にあなたを追い込んできた。
それでもあなたは死なず、いつも予想外の力を発揮して抗い、最後には必ず生き残ってみせた。
そんなこれまでの戦いに比べれば、今の状況はどう?
皇帝という最強の敵を相手に、確かな勝ち目がある程にあなたは強くなった。
私を相手にしてきた勝ち目0の戦いじゃない。
僅かでも、確かに勝つ可能性がある戦いに、あなたは今挑んでいる。
だったら、引き寄せられる筈だ。
僅かな可能性を。
その先にある勝利を。
あなたなら、きっと。
「うぉおおおおおおお!!!」
「舐めるなぁああああ!!!」
とはいえ、相手は最強のラスボス。
アルバが限界まで力を振り絞っても、まだ互角止まり。
勝つ為には、あと一つ決定打が足りない。
私は動けない。
大技の直後って事もあるけど、それ以上にアルバと皇帝の激突の衝撃が強すぎて、近づく事すらできない。
私が近づけないんじゃ、私以外の人達が助太刀できる訳もない。
だけど、決定打は意外な所からやってきた。
空が明らむ。
太陽が登ってきた。
長い長い帝国の夜の終わりを告げるかのような、朝日が。
そして、精霊という魔力生命体の力を得た事で、魔力に対する感受性が強くなった私は見た。
太陽の放つ自然の魔力が、アルバの剣に宿っていくのを。
太陽は、魔力のない前世の世界ですら、発電システムに利用される程の膨大なエネルギーを持っていた。
なら、魔力のあるこの世界の太陽がより強いエネルギーを、強い自然の魔力を放っていてもおかしくない。
自然の魔力を利用するという現象は実例がある。
ワールドトレントもそうだったし、それ以前にも自然の魔力を利用しようとした研究はあり、コスパが悪いからという理由で取り止めになったとはいえ、一応の実用段階には達していた。
なら、アルバという天才が。
膨大な才能をまだ使い切っていない未完の大器が。
この土壇場で、光と親和性の高い太陽光の魔力くらい操ってみせても不思議はない。
「ぬ、ぬぉおおおおおおおおお!!?」
太陽の魔力でブーストされたアルバの剣が、皇帝の闇を引き裂いていく。
光と闇の拮抗は崩れ、徐々に、徐々に、光が闇を切り裂いて進んでいく。
そして、遂に━━
「『夜を切り裂く朝日の剣』!」
アルバの剣が、皇帝の身体を縦一文字に切り裂いた。
脳天から真っ二つに裂かれ、皇帝は生存に必要な最重要機関である脳を破壊され、死の奈落に向けて落ちていく。
長い長い悲劇の夜を支配した怪物が、遂に死ぬ。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
だが、そんな状態で皇帝はまだ動いた。
脳を壊され、理性もなくなったのか、声にならぬ叫びを上げながら、右腕の闇の義手を巨大化させる。
奈落の巨神には及ばぬまでも、振り回せば大量の命を奪える力を残した巨大な闇の腕。
皇帝は、力を使い果たして脱力しているアルバに向けてそれを振り下ろそうとして。
「■■■!?」
「そうなるような気がしたよ」
すぐ側にまで近づいていた私に気づいた。
強い魔術師というやつはしぶとい。
心臓失っても生きてる私をはじめ、致命傷を食らいまくっても倒れなかったアルバ、臓器が殆ど消し飛んでても最後の会話ができたノクス。
身体の九割を凍らせて砕いても生きてたワールドトレント……は例外かもしれないけど。
とにかく、そんなしぶとい魔術師の中でもぶっちぎりで強い魔力を持つこいつが、そんな簡単に死ぬ訳ないと思ってた。
だから私はこうして近づいた。
最後のトドメを、私自身の手で刺す為に。
残った魔力を拳に集めていく。
雪女としての特性で纏ってる冷気も含めて、全てをこの拳に。
それを思いっきり振りかぶり、皇帝の顔面を全力で殴った。
「『最終絶対零度』!」
「■■■■■■■■■■!!!?」
絶対零度の冷気を纏った拳が皇帝の顔面を凍りつかせ、そこから伝播して身体全体を凍りつかせていく。
ずっと、ずっとこうやって……
「お前を、ぶん殴ってやりたかったよ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!?」
最後に断末魔のような一際大きい叫びを上げて……皇帝の頭部は砕け散った。
残った身体も、今いる遥かな上空から落下していき、地面に叩きつけられて跡形も残らず粉々になる。
念の為に氷葬を使って僅かな残骸すらも滅し……ようやく皇帝は完全に死んだ。
「終わったよ……ルナ……姉様……」
そう呟いた後、全ての力を使い果たし、氷翼の制御もできなくなった私もまた、地面に向けて落ちていく。
今の状態だと耐え切れないだろうなぁ。
でも、構わない。
やるべき事はやったんだ。
後悔も悔いも未練も腐る程あるけど、それでもいい。
これでやっと、姉様に会いに行ける。
胸を張ってとはいかないのが心苦しいけどね。
「セレナ!」
最後に私を呼ぶアルバの声が聞こえて。
それを聞きながら、━━私の意識は消失した。