革命軍VS皇帝
「アルバ! 私達の事は気にせず好きなように戦え! バックアップは任せろ!」
「わかりました!」
バックさんの頼もしい言葉を信じ、俺は脚に力を込め、六枚の翼をはためかせた。
さっきよりも遥かに速いスピードで先陣を切る。
メインで皇帝の相手をするというのは、作戦開始前から決まってた俺の仕事だ。
その役割はしっかりと果たす!
「『破突光翼剣』!」
三度目の突撃。
前回、前々回よりも遥かに速い。
だが、やはりと言うべきか、皇帝は俺の動きをしっかりと目で追っていた。
超速移動の最中、半ば直感でその事に気づいた瞬間に悟る。
━━この攻撃は通じない。
だったら!
「ハァッ!」
皇帝に攻撃が届く寸前、衝撃波移動で軌道を変えて真上に向かう。
空中で身体を捻り、頭上から光の剣を伸ばす。
「『光騎剣!』」
「ふん」
それを皇帝は余裕で防いだが、それでいい。
今の俺は、自分一人で勝たなくてもいいのだから。
「突撃ッ!」
『オオオオオオッ!!!』
バックさんの号令に従い、仲間達が皇帝に突撃していく。
迎撃しようとする皇帝に光の魔術を撃ち込んで妨害。
ワールドトレントも枝を投げ槍みたいに飛ばして皇帝の動きを阻害する。
皇帝が鬱陶しそうに顔をしかめた。
「下らん。『黒鬼剣』」
皇帝が剣を振るう。
ノクスも使っていた、闇を纏った巨大な斬撃。
でも、威力がノクスとは全く違う。
円を描くように振るわれた斬撃は、一振りで俺の魔術をかき消し、ワールドトレントの枝を消し飛ばし、そのまま皆に向かって直進する。
この一撃で全員がやられてもおかしくない強力な攻撃。
でも、俺達には切り札がある!
「「「『光騎剣』!」」」
「ぬ?」
元エメラルド公爵騎士団の人達が一斉に魔術を使う。
それは、俺の愛用魔術『光騎剣』。
剣に光属性の魔力を纏わせる魔術。
皇帝と戦う予定だった人達全員に配られた、俺の魔力をエネルギー源とした光の魔導兵器の力だ。
闇魔術の使い手以外には効果が薄く、それ故に、この最終局面まで温存されてきた切り札。
それが今、皇帝に対して牙を向いた。
何人もが同時に発動した光の魔術が、威力で勝る闇の魔術を相性差と人数差で押し留め、塞き止める。
「『白風の太刀』!」
「『筋鋼白撃拳』!」
そうして止められた斬撃を飛び越えて、キリカさんとバックさんが皇帝に飛び掛かかった。
光の粒子を纏った風の斬撃と、発光する魔導兵器の拳が皇帝に迫る。
「『光騎剣』!」
同時に、俺も光の剣を伸ばして中距離から皇帝を狙う。
正面からキリカさんとバックさんと、後ろから俺の斬撃。
挟み撃ちだ。
この攻撃に対して、皇帝は初めて迎撃ではなく回避を選んだ。
前後から迫る攻撃を、真上に飛ぶ事で避ける。
「━━━━━━━━━━━━!!!」
そこをワールドトレントが狙った。
その巨体を俺達の頭上で横に振るい、城の天井を木っ端微塵にしながら皇帝を薙ぎ払おうとする。
「『闇鬼剣』」
それでも皇帝は動じない。
即座に闇の斬撃を出してワールドトレントを一刀両断した。
ワールドトレントも切断された部分を切り捨て、残った方の断面を龍の頭に変形させようとしてるけど、その前に皇帝が次の攻撃体勢に入った。
厄介なワールドトレントを、回復する前に消し飛ばすつもりだ。
「『光矢流星群』!」
だが、そこをミストさんが雨のように降り注ぐ大量の光の矢で牽制する。
皇帝の防御力ならノーガードでも大したダメージにはならないだろうけど、光の魔力で傷を付けられれば、ノクスと同じで魔力が乱される筈だ。
そうなれば確実に弱体化する。
だから、皇帝は俺達の弱い攻撃でもガードせざるを得ない。
皇帝が闇の盾を作り出してミストさんの矢を防ぐ。
そっちに一瞬気を取られた隙に、一番機動力のある俺が皇帝の前に飛び出す。
これでワールドトレントに攻撃してる暇はない筈だ。
今、ワールドトレントを失う訳にはいかない。
そして、この攻撃をただの牽制で終わらせるつもりもない!
「『光騎剣』!」
皇帝に向かって剣を振るう。
さっきまでの加速の勢いを乗せた突きではなく、頭上にいる皇帝に対しての、下段から突き上げるような逆袈裟斬り。
今まで三回も連続で見せた、加速の勢いを乗せた突き技『破突光翼剣』じゃない。
これで少しでも意表を突ければと思ったけど……やっぱり、そう甘くはないか。
皇帝はあっさりと俺の一撃を剣で受け止める。
更に、流れるような剣捌きで俺の剣を弾き、カウンターを繰り出そうとする。
このタイミング……避けられない。
でも、避ける必要はない。
「ルル!」
「わかってる!」
俺が飛び立つ寸前に、俺の背中を掴んで一緒に付いて来ていたルルが、俺の加速の勢いのままに背中から飛び出して皇帝の眼球目掛けてナイフを突き出す。
さすがの皇帝もこれは予想外だったのか、僅かに目を見開いた。
それはそうだろう。
俺だって、ルルが咄嗟にしがみついてくるなんて予想外だったんだから。
ルルは俺以上に俺の事を上手く使ってるって事だ。
それにしたって、即席でこの速度に合わせられるとか、ルルも大概化け物だと思うけど。
そんなルルに面食らった皇帝は、繰り出そうとしていたカウンターを中断し、顔を横に倒して回避を優先した。
顔面すれすれを通ったナイフが、皇帝の髪を数本斬り裂く。
しかし、ルルの攻撃は終わらない。
空中での移動手段を持たないルルは、加速の勢いのままに吹っ飛んで皇帝の後ろへと抜ける。
ルルはその位置関係すらも利用し、空中で身体を捻り、今度は皇帝の首筋目掛けてナイフを振るった。
「『魔光刃』!」
「……ほう」
皇帝が少しだけ感嘆したような声を漏らしながら、ルルの攻撃を剣から離した左腕で受け止める。
ルルの攻撃力じゃ、あれを突破する事はできない。
でも、これはチャンスだ!
俺は可能な限りの力を振り絞り、弾かれた剣をでき得る限り素早く引き戻す。
そして、ルルへの対処で僅かに俺から意識の逸れた皇帝に向けて、全力でその剣を振り下ろした。
「『光神剣』!」
ルルのおかげで、皇帝のカウンターは止まった。
体勢も崩れ、剣はあらぬ所へ逸れ、左腕もルルの攻撃を止める為に使っている。
俺に対して、文字通り片手落ちのこの状況。
ここで押し切る!
「ふん」
だが、皇帝の余裕の表情は崩れない。
そんな攻撃は通じないと言わんばかりに。
その程度の攻撃なんて、今まで何度も叩き潰してきたんだと言わんばかりに。
皇帝は、いとも簡単にガードを間に合わせた。
「『闇盾』」
俺と皇帝の間に、分厚く硬質な黒い盾が現れた。
わかってはいたけど、凄まじい魔術発動速度だ。
セレナの氷の盾に匹敵する完成度の魔術を、こんな一瞬で発動できるなんて。
ここに来るまでの戦いで、何度も限界を超えて、超えて、超えて。
それでも、咄嗟だと剣に光を纏わせたり、衝撃波を出したり、そういう大雑把な魔術しか使えない俺とは大違いだ。
だけど、魔術で劣っても、実力で劣っても、負ける訳にはいかない!
足りないなら絞り出せ!
皇帝は言った。
俺にはまだ大きな才能が眠っていると。
さっきまでの攻防で、いや今までの戦いで、俺は何度もその力を無理矢理叩き起こしてきたんだろう。
なら、もう一度できない道理はない!
限界を超えろ。
何度でも、何度でも。
目の前の敵を倒せるまで、無限に成長し続けるんだ!
「うぉおおおおおお!!」
力を込める。
威力を上げる。
身体の底から魔力を引き摺り出し、動きを更に洗練させる。
そんな渾身の力で、俺は剣を振り抜いた。
そして、━━光の斬撃が闇の盾を砕き、皇帝の身体に一筋の傷を刻んだ。
闇の盾に大きく威力を殺されたせいで、薄皮一枚と肉を少し斬っただけで、骨にヒビすら入れられなかった攻撃。
それでも、初めて皇帝に与えたダメージ。
しかも、闇属性魔術師の魔力を大きく乱す光の魔術によって与えた傷。
効いてない筈がない。
俺の攻撃で吹き飛ばされ、皇帝が城の床に叩きつけられる。
床が大きく陥没し、粉塵が舞う。
勝機だ。
皇帝の守りを崩し、さらけ出させた大きな隙。
千載一遇の好機。
見逃す訳にはいかない。
「今だッッ!!」
バックさんが叫び、この場の全員が倒れた皇帝に向かって攻撃を仕掛けた。
ワールドトレントとミストさんが遠距離から、他の人達は光の魔導兵器による直接攻撃しか有効打がないとわかってるからこそ距離を詰める。
皇帝が態勢を立て直す前に決める!
その思いで、俺もまた光の翼をはためかせ、突撃を開始した。
「……まさかの事態だな」
その時、戦いの音に紛れて声が聞こえた。
心底驚いたというような、だけど、それに反して欠片も冷静さを失っていない皇帝の声。
それを聞いた瞬間、俺の直感が大音量で叫んだ。
皇帝は今、隙なんてさらしていない。
これは勝機なんかじゃない。
今すぐ逃げろと。
「待っ……」
「『闇龍撃』」
しかし、その懸念を口にする暇もなく、皇帝が新たな魔術を発動する。
粉塵を突き破って、まるでワールドトレントのように巨大な闇の龍が姿を現した。
完璧に制御された、歪み一つない綺麗な魔術。
それこそ……光魔術の影響なんて欠片も感じない程の。
「喰らい尽くせ」
皇帝の声に合わせて、闇の龍が動いた。
そのアギトを大きく開き、皆を飲み込んでいく。
皆も光の魔導兵器で反撃したけど、その攻撃は龍の身体にほんの少し揺らぎを発生させただけで終わり、そのまま闇の龍の中に取り込まれてしまう。
ルルや特級戦士の人達はなんとか避けたけど、最前列にいた人達は軒並みやられてしまった。
闇の龍に飲み込まれた人達の気配が感知できない。
それが命の終わりを意味しているのだと理解した瞬間、俺は反射的に闇の龍に向かって飛び掛かっていた。
「やめろぉおお!」
「━━━━━━━━━━━!!!」
俺と同時にワールドトレントも動く。
俺は闇の龍を霧散させる為に、逆にワールドトレントは元凶である皇帝を叩きに行った。
二点同時攻撃。
それに対して皇帝は……
「なっ!?」
粉塵の中から、更に数体の闇の龍が飛び出してきた。
その数、最初の一体を含めて九体。
最初の一体は皆への攻撃を続け、新たに生み出された内の四体が俺に、残りの四体がワールドトレントに襲いかかる。
光の斬撃で消し飛ばしても、すぐに新しい首が生えてきてしまう。
ワールドトレントも、何体もの闇の龍に噛みつかれて破壊されていってる。
クソッ!
「まさか、お前達を相手にこれだけの力を出す事になろうとはな」
全員が必死に抗う中、闇の龍を動かしている皇帝が考察するように呟いた。
その身体に確かに刻んだ筈の傷は、もう既になくなっている。
「アルバとプロキオンだけであれば通常戦闘で充分に殲滅可能だと思ったのだが……まさか雑兵どもがこれだけの活躍を見せ、私の身体に傷を付けるとは。しかも、その中に平民が交ざり、かつ他の雑兵以上の活躍を見せているというのは驚愕すべき光景だ。魔力を持たず、あらゆる能力で魔術師に劣り、最底辺の道具としてしか使えない質の悪い量産品と思っていたが、存外侮れないものだな。まあ、所詮は借り物の力に頼っているだけの存在。そんな物に目をかけるより、魔術師の中から逸材を探した方が早いか」
余裕を通り越して、俺達の事なんて眼中にないかのような振る舞い。
俺達が自分を脅かす事なんてないと確信してるかのような傲慢な態度。
こいつ……!
「━━━━━━━━━━━!!!」
そんな皇帝に挑みかかったのは、皇帝という人間の暴挙を最も長く続け、最も長く耐え続けてきたんだろうプロキオンさんの成れの果て、ワールドトレント。
無数の闇の龍に身体を噛み砕かれながら、それでも同じく龍を模した身体を捩り、アギトの中にブレスの輝きを秘めながら、皇帝に向かって突撃していく。
「プロキオンか。お前も優秀ではあったのだから、私に従っていればよかったものを」
そんなワールドトレントの決死の特攻を、皇帝は心底呆れたような視線で眺めていた。
「それに、随分と身体が崩れてきているではないか。私が何もせずとも、身体という器が崩壊して魔力が漏れ出している。もって数時間の命といったところだろう。これが魔獣因子とやらの副作用か。下らん」
皇帝は吐き捨て、ワールドトレントを見る目が呆れから侮蔑へと変わった。
「いくら強くとも、いくら優秀であろうとも、未来のない者に興味はない」
そう言って、皇帝は剣をワールドトレントに向ける。
その切っ先に闇の魔力が収束していき、そして……
「『漆黒閃光』」
放たれた闇の光線が、ボロボロのワールドトレントを跡形もなく消し飛ばした。
この部屋に侵入してた部分だけじゃない。
闇の光線は、帝都の外から伸ばしていたワールドトレントの本体も、身体を支える為に進行経路に張っていた根も、文字通り根こそぎ全てを消し飛ばした。
効果範囲内にいた一般人や革命軍はおろか、帝国の騎士達すらも巻き込んで、帝都に凄まじい傷跡を刻みながら。
「お、お前……!? 味方ごと!」
「もはや失って困る人材もいないからな。だが、問題はない。極論、私一人いれば他は道具でも国は回る」
ふざけてる。
これはもう、一国の頂点に立つ王様の考え方じゃない。
ただの化け物だ。
悲劇と破壊を生む事しかできない、ただの化け物だ。
倒さなくちゃいけない。
その思いが更に強くなる。
「うぉおおおおお! 『光騎連撃剣』!」
腕を軋ませながら無理矢理限界以上の速度で何度も振るい、無数の光の斬撃を繰り出す。
それが闇の龍を細切れにし、消滅させていく。
もちろん、こんなの一時的な事だろう。
あの闇の龍が皇帝の魔術の産物である以上、またすぐに作り直されて終わりだ。
それでも、一瞬だけでも、俺に向かってきていた全ての闇の龍を消す事に成功した。
同時に、他の皆も全員分の力を合わせ、向こうを襲っていた闇の龍を消し飛ばす。
そして、図ったかのように全員同じタイミングで皇帝に飛びかかった。
全員が全力で、いや全力以上の力を振り絞って。
そんな俺達を嘲笑うかのように、皇帝はこれ見よがしに剣に膨大な闇の魔力を纏わせた。
「『闇神剣』」
一閃。
それで全てが吹き飛ばされた。
全力で放った俺達の攻撃をあっさりとかき消し、城の一角を消し飛ばし、俺達に大ダメージを与える。
「ハァ……ハァ……」
「かはっ……ゴホッ……」
「ぐっ……ぉお……」
「ち、ちくしょう……!」
「うぅ……」
もう、無事な人は一人としていない。
なんとか立ってるのは俺だけだ。
元エメラルド公爵騎士団の人達は全滅し、ルル達はギリギリ生きてはいるけど、立ち上がる力は残ってないだろう。
皇帝は、圧倒的だった。
こんなにも簡単に、俺達を絶体絶命の窮地に追い込める程に。
そして、勝利を確信したような顔をした皇帝が、コツコツと足音を立てながら、ゆっくりと俺達の前に歩いてくる。
すぐにトドメを刺そうとせず、絶対強者にのみ許される余裕と慢心、傲慢さに満ちた足取りで。
「言ったであろう。私と敵対した者は必ず死ぬと。これは最初からわかりきっていた結果だ。確定していた未来だ」
皇帝は、俺達を見下ろしながらそう語る。
不意に、皇帝はその左手の人差し指で、自分の肩から脇腹にかけてをなぞった。
そこの服は裂けている。
俺達が唯一皇帝に付けた、そして、今はもう既に消えてしまっている傷の場所だ。
「この私の身体に傷を付けたのは誉めてやる。しかし、リヒト相手に散々対策を講じた私相手では、この程度のダメージで魔力を乱す事など叶わん。それこそ、内臓を直接光の魔力でかき乱すくらいの事はしなければな。お前達にそれができるだけの力はない。最初から詰んでいたのだよ」
そこまで言って、皇帝は哀れむような目で俺を見た後……もう一度俺に手を差し伸べてきた。
「これが最後のチャンスだ。私の配下となれアルバ。さもなくば、このまま、そこの雑兵どもと共に葬り去る。今度こそ正しい選択をしろ」
直感で、なんとなく悟る。
これは本当の本当に、皇帝なりの最後の慈悲だ。
この手を振り払えば、今度こそ俺は殺されるだろう。
多分、ここは従っておくのが賢い選択なんだと思う。
かつて、涙を飲んで皇帝に下ったプロキオンさんのように。
生きていればチャンスはある。
プロキオンさんのように帝国内で地位を築けば、もう一度皇帝に挑む機会がやってくるかもしれない。
だから、この手を取るのが正しい選択なんだろう。
だけど……
「『光翼』……!」
俺は光の翼を展開した。
最初と同じく、たった二枚の頼りない翼を。
残り少ない魔力じゃ、これが精一杯。
それでも、残った力を振り絞って、俺は戦いの意志を示した。
「……本当に、愚かで救いようがないな、お前達は」
そんな俺を見て、皇帝は吐き捨てた。
今回ばかりは俺も少しそう思う。
皇帝じゃなくても、今の俺を見て愚かなバカだと思う人は結構いるだろう。
だけど、俺はもう耐えられないんだ。
この国にありふれた悲劇を見続ける事に耐えられない。
今まで見てきた沢山の人達の、悲痛な声も、絶望の叫びも、もう聞きたくない。
痛みを堪える姿も、諦めに満ちた顔も、もう見たくない。
一分一秒でも早く終わってほしい。
一分一秒でも早く救われてほしい。
そうじゃないと、俺の方が壊れてしまいそうだから。
だから、どんなにバカで愚かだろうと、俺は戦う。
ここから大逆転して勝つなんて、そんな勝率極小の賭けに挑む。
笑いたければ笑え。
嘲りたければ嘲れ。
それでも、俺は絶対に勝つ。
勝って全てを終わらせる。
勝って全てを始める。
手足が千切れても、魔力がなくなっても、皇帝の喉元に噛みついてでもここで勝つ。
最後まで絶対に諦めない。
「一人で……カッコつけてんじゃないわよ」
声が聞こえた。
振り返れば、ルルがいつもの強い笑顔を浮かべて立っている。
立ち上がっている。
ボロボロの身体を気力で動かして。
見れば、バックさん達も必死で立ち上がっていた。
「あたし達はあんたの先輩よ。そして、かけがえのない仲間よ。だから、頼りないかもしれないけど、思う存分に頼りなさい。━━勝つなら、皆で勝つわよ!」
「……ああ!」
ルルの言葉に、心の底から勇気づけられる。
そうだ、俺は一人じゃない。
頼りになる仲間達がいる。
だから……たった一人で、自分の独り善がりで戦う事しかできない奴になんか絶対に負けない。
貰った勇気が気力を奮い立たせ、弱気を吹き飛ばして、勝利へのイメージが明確になる。
イメージが明確になれば、魔術の威力も精度も上がる。
勝負はここからだ。
「馬鹿馬鹿しい」
そんな俺達を見て、皇帝は心底侮蔑するように吐き捨てた。
「もういい。お前は最後のチャンスすらも不意にした。これ以上、お前に付き合うつもりはない。終わりにするとしよう」
皇帝の剣に闇の魔力が収束していく。
さっき、俺達を吹き飛ばしたのと同じ一撃。
いや、それよりも強い。
俺達はそんな破壊の一撃に対抗するべく、力を振り絞った。
「死ね。『闇神剣』」
超巨大な闇の斬撃が俺達に迫る。
大きすぎて回避はできない。
強すぎて防御もできない。
なら、同じ攻撃で押し返すしかない!
「『光神剣』!」
渾身の一撃を闇の斬撃にぶつける。
けど、威力が全然足りない。
相性で勝っても、まるで勝てる気がしない。
一人だったなら。
「『魔光刃』!」
「『筋鋼白撃拳』!」
「『白風の太刀』!」
「『光星ノ矢』!」
皆の攻撃が俺を助けてくれる。
俺の魔力を使った魔導兵器の攻撃は、俺自身の攻撃とよく馴染み、全ての攻撃が一つになっていく。
小さな力が合わさって、一つの大きな力となっていく。
「無駄だ!」
それを嘲笑うように、皇帝が魔術の出力を上げた。
漆黒の闇が、俺達を押し潰そうと迫り来る。
「「「アアアアアア!!」」」
俺達は全力でそれに抗う。
力を合わせて、全員で踏ん張って、抗って、抗って、抗って、抗って。
そうしている内に、━━フッと、闇が消えた。
俺達が相殺できた訳じゃない。
なのに、まるで幻のように、突然闇はかき消えた。
「がっ……!?」
そして、呻くような声が聞こえてきた。
痛みを堪えるような、くぐもった悲鳴。
それを上げたのは、俺達の内の誰でもない。
なら、誰だ?
決まってる。
俺達じゃないのなら、一人しかいない。
「え……?」
闇が消えて見えた光景。
俺は一瞬、その光景が信じられなかった。
━━皇帝が膝をついている。
その脇腹からは血が吹き出し、顔は青く染まり、額には油汗まで浮かんでいた。
絶対強者が突然見せた弱々しい姿。
まるで現実感がない。
そして、踞る皇帝と共に視界に入ってきた存在がいた。
肩くらいまでの綺麗な白髪。
宝石のような紫色の瞳。
ボロボロの鎧に身を包み、元から白かった肌を更に青白くした、まるで亡霊のような少女が、気配もなく皇帝の後ろに立っていた。
「セレナ……?」
その少女は。
俺が殺してしまった筈の少女、セレナ・アメジストは。
踞る皇帝を、まるで氷のように冷たい視線で見下ろしていた。