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78 遺言

「う、うぅ……」


 痛みで意識が覚醒する。

 目を開いた先には、一面の闇があった。

 月の光がこの地下までは届いてないんだと思う。

 続いて傷口を確認すると、結構な量の血が現在進行形で流れ続けていた。

 あの傷で血が流れ尽くしてないって事は、意識を失ってたのはほんの数秒だったんだと思う。

 とりあえず、急いで回復魔術を使って最低限の治療を施し、傷を凍らせて止血した。

 ……けど、それで治る傷じゃないな。

 それでも、これで即死は免れる筈だ。


「ノクス様……」


 そして、私はふらふらと立ち上がってノクスを探した。

 一緒に落ちてきたんだから近くにいる筈だ。

 そう思って探索魔術を使えば、すぐにノクスの気配を捉える事ができた。

 急いでノクスの元へと駆けつける。


 でも、そこで待っていたのは、残酷な光景だった。


「あぁ……」


 ノクスは、袈裟懸けに大きな斬り傷を受けた状態で、血の海の中に倒れていた。

 身体が殆ど真っ二つになってる。

 背中の皮一枚で辛うじて繋がってるような状態。

 どう見ても致命傷だ。

 回復魔術をかけてみたけど、傷は殆ど回復しなかった。

 回復力の源となる生命力が尽きかけてるんだ。

 ノクスが凄まじい魔力と生命力を持つ強力な魔術師だからこそまだ辛うじて生きてるけど、それも僅かに死を先延ばしにするだけ。

 もう、死は避けられない。


「うぅ……!」


 私は、瀕死のノクスを胸に抱いた。

 血が流れ尽くして、酷く冷たい身体。

 死体半歩手前の身体。

 まるで姉様の亡骸を抱いた時みたいだ。

 涙が出てくる。


「セ、セレナ……」

「ッ!? ノクス様!」


 まだ意識がある!

 ノクスは、弱々しい声で話しかけてきた。


「セレナ、無事か?」

「……はい」


 嘘を吐いた。

 私には、そう言う事しかできなかった。


 今、私の心臓は鼓動を停止している。


 いや、この言い方は正確じゃないか。

 正確には、心臓自体がなくなってる。

 アルバの一撃を受けて跡形もなく消し飛んだからだ。

 無くなったものを回復魔術で治す事はできない。

 そして、いくら生命力の強い魔術師でも、心臓がなくちゃ生きていられない。

 私の魔力量なら一日くらいは生きられるかもしれない。

 だけど、それだけだ。

 私の命は、既に終わりが見えている。


「そうか……」


 ノクスは私の嘘を見抜いたように、悲しげに目を細めた。

 そして、少しだけ沈黙した後、どこか遠くを見ながらノクスは口を開いた。


「……私は、負けたのだな」


 重々しい言葉。

 それは、皇子としてのノクスを完全否定するような言葉。

 そんな言葉に、私は何の言葉も返せなかった。


「全てをかけて戦った。皇子としての誇り、磨き上げた剣技、魔術。お前という強力な部下の力も借りた。だが、それでも届かなかった。奴の方が私よりも優れていた。……完全敗北だ。帝国第一皇子、ノクス・フォン・ブラックダイヤはここに散った」


 ノクスはそんな事を語る。

 悲しそうで、悔しそうで、だけどほんの少しだけ解放されたかのような険の取れた声で。


「私はもう死ぬ。敗北し、惨めに戦死する私を陛下は見限るだろう。そうなれば、私はもはや皇子ではない。皇子ではなくなる。だが、だからこそ……」


 ノクスの目が私を見据える。

 いつもの帝王のオーラに、覇気に溢れた瞳ではなく、弱々しい普通の青年のような目で私を見る。


「セレナ、お前に言わなければならない事がある。帝国第一皇子としてではなく、ただのノクスとしての言葉だ。聞いて、くれるか?」

「はい。もちろんです」


 これから語られるのは、ノクスの遺言だ。

 皇子としてではなく、私の恩人であるノクスとしての遺言。

 聞かないなんて恩知らずな事はしたくないし、できない。


「あり、がとう。セレナ、私がお前に言わなければならない言葉は『謝罪』だ。……すまなかった。私は、知っていたのだ。陛下がお前にした事を。ルナマリアの呪いの事を。知っていて、何もできなかった」

「…………え?」


 血を吐くような後悔に満ちた言葉。

 それを聞いて、一瞬頭が真っ白になる。

 呆然としたまま、私は、


「な、んで?」


 そう呟いていた。


「いつから……?」

「陛下が、お前に何かをしたかもしれないとは、最初から思っていた。その具体的な内容を、あの呪いの事を知ったのは、お前の屋敷でルナマリアと再会した時だ。ルナマリアが私達の居た部屋に突撃してきて、その魔力反応を探索魔術で探った時、あの子の身体を蝕む覚えのある魔力に気づいた」


 あの時か……。

 革命軍のファーストアタックの直後、ノクス達をアメジスト家の別邸に招いて裏切り者の話をしてた時。

 そういえば、あの時にルナを見たノクスの態度は少しおかしかった。


「気づいても、どうにもならなかった。陛下に直訴はしてみたが、聞く耳すら持ってもらえなくてな……。帝国第一皇子として、陛下の決定には逆らえない。私個人としても、お前に呪いを解こうとして、無謀な事をしてほしくなかった。あの呪いの解除方法は、事実上実行不可能な危険で無謀なものしかなかったからな」


 ノクスは語る。

 今まで心の内に溜め込んでいた後悔を、残りの命と共に吐き出すように。


「この話を、お前にする訳にはいかなかった。どれだけ無謀な方法でも、呪いを解除できる可能性があるならば、お前は陛下に牙を剥きかねない。皇子として、それを許す訳にはいかない。本音を言えば、それでお前を失うのが怖かった。……すまなかった。私はお前と契約したのに、エミリア殿とルナマリアを守ると誓ったというのに、まるでそれを果たす事ができなかった。それどころか、お前を助ける事すらできなかった……。すまない。本当にすまない……」


 ノクスが、泣いていた。

 常に凛として、帝王のオーラを纏い、部下の前でも滅多な事では僅かな弱みすら見せなかった、あのノクスが泣いていた。

 まるで子供のように泣きじゃくっていた。

 ……そんな姿を見て、恨める訳がない。

 この涙の訳が、私を気づかってくれたノクスの優しさだって事がわかってるから。


 私は、ノクスを抱き締める力を強めた。


「ノクス様、あなたはできる限りの事をしてくれました。私が今日までルナを守ってこれたのは、ノクス様のおかげです。……私は、あなたに心から感謝しています。ありがとうございました、ノクス様」


 私は、できる限りの優しい声でそう言った。

 偽る事なく本心を語った。

 心からの感謝を口にした。


 私のノクスへの感謝は本物だ。

 ノクスは精一杯頑張ってくれた。

 精一杯、私達を守ってくれた。

 ずっと側で見てきたから知ってる。

 私に隠してた事だって、結局は私の為を思っての行動だ。


 実際、ノクスから呪い解除の無謀な方法とやらを聞かされていれば、私は自分を押さえられなかったかもしれない。

 何せ、私の心はとっくの昔に限界だったんだから。

 そこにか細い蜘蛛の糸のような希望を抱かせれば、千切れるとわかっていても、それにすがりついた可能性は充分にある。

 ノクス達が味方してくれれば大丈夫だとか理屈を捏ねて、勝算の薄い賭けに挑み、ノクスやルナを巻き添えにして皇帝に殺される。

 そんな、あり得たかもしれないIFが鮮明に思い浮かぶ。

 希望とは必ずしも救いじゃない。

 希望こそが最大の絶望になり得るのだ。

 まるでパンドラの箱の逸話のように。


 だからこそ、希望をあえて私に伝えなかったノクスを責める気にはならない。

 むしろ、それも含めて感謝してる。

 そもそも、命を賭して私を守ってくれた人を責められる訳がない。


 私が本気で感謝しているという事はノクスにも伝わったみたいで、ノクスはそっと目を閉じ、


「ありがとう……セレナ」


 小さな声で、ポツリとそう呟いた。

 穏やかな声。

 少しだけ救われたような声。

 この心優しい恩人の心が、ほんの少しでも救われていてほしい。

 私は心の底からそう願った。


「ぐっ……ゴホッ!」

「ノクス様ッ!」


 ノクスが急に血を吐き出した。

 そして、急速に目から光が消えていく。

 ノクスの命の灯火が、今まさに消えようとしている。


 でも、そんな状態で、ノクスは私を見据えた。

 焦点の合わなくなりつつある眼で、しっかりと私を見ながら語った。


「もう、時間がないな。私にも、お前にも……。セレナ、これからお前に遺言を残す。それが私のできる最後の手助けだ。心して聞け」

「……はい!」


 私は涙を流しながら、それでもしっかりとした声で返事をした。

 それを聞いて、ノクスは微笑みながら最後の言葉を話し始める。


 そして、その遺言を語り終えた時。

 帝国第一皇子、ノクス・フォン・ブラックダイヤは……いや、私の恩人であるただのノクスは。

 私の腕の中で、静かに息を引き取った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 身を投げ出してかばってくれたので、繋がるかと思った命ですが、生死を決する死闘を前にはそれすらも無力でしたか。無念。 でも、確たる希望が無いからこそ、初めて続けることのできた生が有るってこと…
[一言] ルナが主人公の首をもって「やっと2人っきりですね」っていうエピローグが思い浮かんだw
[一言] 作者さん…姉が死んでるから主人公死亡エンドと終盤のいい人の死亡は何となくわかってたけど…せめてルナには救いを… なんか主人公が「まだ心残りはあるけどようやくお姉様の元へいけます…」とか言っ…
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