10 未来の帝国幹部達
「『氷弾』!」
「うおぉ!?」
ノクスに青田買いされてから数日。
授業が終わり、生徒達は寮に戻って、ノクスは生徒会の仕事に行った時間。
私は学園の訓練場の一つにおいて、体育会系の不良を魔術でいたぶっていた。
「おまっ!? それホントに初級の魔術か!? 威力高過ぎだろ!?」
「『氷連弾』!」
「今度は連射かよ!? やべぇ! 油断したら死ぬ!」
うるさく喚きながらも、不良は避けるなり手に持った大剣で防ぐなりして、的確に私の魔術に対処していた。
今私が使っているのは、氷属性の初級魔術『氷弾』と、それを連射する魔術『氷連弾』。
本来ならソフトボールサイズの氷の塊を射出する魔術なんだけど、人を倒すのにそんな大きさはいらねぇと気づいたクールな私はこの魔術を改造した。
大きさをソフトボールからビー玉サイズに縮小し、小さくした事で余った魔力を氷の強度と弾速に割り振る。
形もただのボールから銃弾みたいな形に変え、更にそれを本物の銃弾みたいに高速回転させる事で破壊力アップ!
結果、初級魔術とは名ばかりの立派な殺人魔術が完成しました。
実際、これはもう初級魔術の氷弾とは別物だと思う。
弾の強度は鋼鉄並みだし、弾速はライフル並みだし、発動の難しさは上級魔術並みだし(私は息をするように連射できるけど)。
初級魔術と呼べるのは、もう魔力の消費量くらいじゃないかな?
そんなもんをポンッと作り出す私、マジ天才。
これも私の身体に流れる姉様と同じ血のおかげだな!
「思ったよりやるじゃねぇか、セレナ! だが、俺は負けねぇ! 先輩の意地を見せてやるぜ! うぉおおおおお!」
しかし、不良はそんな殺人魔術を炎を纏った大剣で吹き飛ばし、そのままの勢いで私に向かって突進してきた。
恵まれた体格を恵まれた魔力で強化して剣術を振るい、更に火属性の魔術まで使ってくる不良の戦闘力は脅威だ。
加えて、不良が持つ剣もまた普通の剣ではない。
杖と同じく魔術の発動を補助する効果を持った特殊な剣『魔剣』だ。
魔術師の中には、杖ではなくこの魔剣と自分の肉体を使って戦う奴も多い。
所謂、魔法剣士みたいなスタイルだね。
対して、私は接近戦なんてからっきしの純魔術師タイプ。
いくら私も身体強化を使えるとはいえ、身体能力だけで剣術の達人に勝てるほど世の中甘くはない。
なので、距離を詰められたら普通に負けます。
近づかせてはならぬ!
「『氷砲弾』!」
迎撃の為に放ったのは、氷弾の上位魔術である氷属性の中級魔術『氷砲弾』。
これ要は氷弾の弾をデカくしただけの魔術なんだけど、ここまで大くすれば質量は正義である。
今回作った氷のサイズは車と同じくらい。
そして、大きいという事は即ち重い。
さっきまでと同じ要領で防げば吹き飛ばされる事請け合いだ。
それでいて速度も連射性能も、さっきの氷弾や氷連弾と同じという悪夢。
死ぬがよい!
「舐めんな! 『爆炎剣』!」
しかし、不良はこれを爆発する剣で吹っ飛ばした。
それ一発で巨大な氷が跡形もなく消滅する。
ちょっと、その威力は反則だと思うな!
連射しても、避けられるか、同じ方法で迎撃されるだけだ。
これは効果薄いな。
だったら、これでどうだ!
「『浮遊氷剣』!」
私は六本の氷の剣を作り出す。
この剣は『人形創造』の応用であり、私の操作で自由自在に空中を舞うのだ。
それを全て不良に向けて射出する。
六刀流の力を思い知るがいい!
「ハッ! 俺を相手に剣で勝負たぁ、いい度胸だ!」
だが、不良はむしろ今までよりやり易いとばかりに、六本の剣全てを軽く捌いていく。
しかし、元より剣でこいつに勝てるとは思ってない。
剣はあくまでも手数を増やす為のもの。
本命はこっち。
「っ!? やるなぁ!」
私の攻撃が、初めて不良にダメージを与えた。
やった事は簡単だ。
剣の攻撃と同時に氷砲弾を撃ちまくり、その対処に追われてる隙を極小の弾丸で狙い撃った。
それも、今までより遥かに弾速を上げたやつで。
ふっ。
今までのが最高速度だと誰が言った?
切り札は隠しておくものなのだよ!
今の攻撃で太腿を撃ち抜いたので、不良の機動力は低下している。
その状態でこの波状攻撃は防ぎ切れまい。
チェックメイトだ!
「……仕方ねぇか。おい、セレナ! 俺にこいつを使わせた事を誇りに思えよ! 『極炎纏』!」
「ふぁ!?」
その瞬間、不良の身体が激しい炎に包まれた。
次の瞬間、不良は極炎を纏った大剣を一振りし、その一振りで私の六本の剣全てを焼き尽くす。
そうして障害を除去した不良は、さっきまでとは比べ物にならない速度で私に突進してきた。
「終わりだ!」
不良が私に向けて大剣を振りかぶる。
ヤバイ!
死ぬ!
「『氷獄吹雪』!」
「ぎゃあああああああ!?」
「あ……」
やべ。
咄嗟に、大量の魔力に任せた大魔術を使っちゃった。
見える範囲全てを一面の銀世界に変えるような地獄の吹雪が吹き荒れ、あれだけ激しく燃え上がっていた不良を雪山の遭難者の如き氷像一歩手前の氷漬け状態に変えてもうた。
「お、お前な……大魔術でゴリ押しするのはなしってルールだろうが」
「申し訳ありません。つい」
私は素直に謝った。
これでは訓練の意味がない。
「ま、まあ、熱くなった俺も悪かったし、お前が美少女な事に免じて許してやるけどよ……。
ただ、できれば二度とやらないでくれ。本気で死ぬ」
「ごめんなさい」
私はもう一回謝ってから、不良を覆っている氷を砕いて消す。
それでも失った体温まで戻る訳じゃないから、不良は「さみぃさみぃ」と言いながら魔術で火を出して暖を取り始めた。
さて、あとはこの一面の銀世界もどうにかしないと。
このままじゃ、明日登校して来た皆が驚愕しながら足を滑らせて頭を打って死んでしまう。
それ以前に、学園を凍りつかせたままっていうのは普通に怒られそうで怖い。
さっさと砕いて消してしまおう。
だが残念な事に、それを実行する前に人が来てしまった。
「これはまた凄い事になっているな」
「そうですね。そして、あの格好を見るにレグルスは負けたようです。10歳のセレナを相手に情けない」
現れたのは、生徒会の仕事をしていた筈のノクスと、その側近であるインテリ眼鏡。
ノクスとインテリ眼鏡は、呆れたような顔でそれぞれ私と不良を見ていた。
ちなみに、今の不良は自分の技で制服を燃やしてしまったので、ボロ切れを纏った乞食のような格好だ。
とても高位貴族には見えない。
インテリ眼鏡が呆れるのもわかる。
「ああん!? なんだとプルートこの野郎!」
しかし、不良はそんな事などお構い無しで、インテリ眼鏡に突っ掛かって行った。
「そこまで言うなら、お前も一回セレナと戦ってみろや! こいつ化け物だかんな!
っていうか俺は負けてねぇし! 今回の試合はセレナの反則負けだ!」
「そんな格好で言われても説得力がないですよ、レグルス。
それに言い訳とは見苦しい。あなたもノクス様の側近であるならば、せめて潔さくらいは身に付けてください。
ただでさえ、あなたは脳みそまで筋肉で出来ているような役立たず一歩手前なのですから、少しでも美点を増やす努力をして頂かないと」
「てめぇ!」
そして、レグルスと呼ばれた不良と、プルートと呼ばれたインテリ眼鏡は喧嘩を始めてしまった。
こいつらが仲悪いのは知ってたけど、まさかこの頃からここまで犬猿の仲だったとは……。
そう。
私はこいつらを知ってる。
何せ、こいつらはゲーム『夜明けの勇者達』に出てくる敵キャラなのだから。
今から約5年後のゲーム本編において、成長したこいつらは帝国側の幹部、四天王的なポジションである『六鬼将』の一員として登場する。
『極炎将』レグルス・ルビーライト。
『魔水将』プルート・サファイア。
それが、ゲームでのこいつらの異名だ。
ノクスの両腕として登場し、結構カッコいい感じのシーンもあるので、敵キャラながら中々に人気のある奴らだった。
ついでに、腐の妄想をするのが大好きな淑女の皆様にも人気があったんだけど……うん、この様子見てるとその心配はなさそう。
まあ、私も姉妹百合という禁断の恋をしてる身な訳だから、万が一そうなっても応援するけどね!
果たして、どっちが掘って、どっちが掘られるのか知らないけど、その時は是非とも仲良くしてほしい。
そんな事を考えながら二人を見詰めていると、何故か二人同時にビクリと震えた。
そして、不思議そうに辺りを見回してる。
勘の鋭い事で。
私はそんな二人から視線を外し、とりあえず銀世界を消滅させておいた。
やる事は氷柱を砕いた時と同じだ。
氷を粒子レベルとまではいかなくても、それに近いレベルまで粉々に砕く。
そうすれば、細かい氷は空気に溶けてすぐに消えるのだ。
ただ、今回は中の物を傷つけずに氷だけ砕かないといけないから、ちょっとだけ慎重にやるけど。
「見事なものだな。魔力操作技術ならば完全に私を超えているだろう」
「恐れ入ります」
ノクスに褒められた。
私の評価が上がるのは素直に嬉しい。
だって、私に価値があればある程、ノクスはしっかりと姉様を守ってくれるだろうから。
「その調子で、魔術に負けない程勉強の方も頑張ってくれ。
お前は学こそあまりないが、レグルスと違って物覚えがいいとプルートが褒めていた。
この後、お前に勉強を教えると張り切っていたぞ」
「……ありがたい限りです」
うへぇ、勉強嫌だよぉ。
姉様関連の事ならモチベーションが常に限界突破してくれるけど、それ以外は普通に嫌なんだよぉ。
でも、アタイ頑張る。
それが、いつか姉様の役に立つかもしれないと自己暗示をかけながら。
「いずれは知略と武力、両方の力で私を支えてくれる事を期待している。励めよ」
「……はい」
その期待に関しては若干心苦しい。
だって、私は近い内に姉様を連れて国外逃亡するつもりだからね。
いくらノクス達が私に期待して教育を施そうとも、それをノクス達の為に使える時間は長くない。
おまけに、ゲームの通りに進めばノクス達は全員死ぬだろう。
私はそれを助ける事もなく、見殺しにしようとしている。
私は、恩を仇で返そうとしているのだ。
でも、だからと言って今更やる事を変えるつもりはない。
ノクス達への恩よりも姉様の命が大事なんだ。
だから、この罪悪感くらいはずっと抱えていよう。
それがノクス達への贖罪になるかはわからないけど、せめてそれくらいの事はしたい。
あと、定期的に自律式アイスゴーレムの仕送りとかもしよう。
命を守ってくれる戦力が増えれば、死の運命も変わるかもしれないし。
そんな思いを胸に秘めながら、私はプルートによる勉強地獄に叩き込まれた。
その瞬間、もう恩とか仇とかどうでもいいから、誰かこの鬼教師を殺してくれという思考が頭を過ってしまったのは秘密だ。
そうやって、学園での仮初めの平和の日々は過ぎて行った。
だが、この時の私は知らなかった。
懸念はしていても、実感はしていなかった。
この仮初めの平和は、ふとした拍子に一瞬で崩れ去ってしまう酷く脆いものでしかないという事を。
そして、その平和が崩れる瞬間がすぐそこにまで迫っているという事を。
この時の私は、まだ知らなかった。