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後半

 日暮れ前、兄弟たちは、互いに負けじと鍬を持ち懸命に昔身体に染み付いたやり方で、畑を深く深く掘り進め始めました。思っていたよりも父が残してくれていた畑は広く、掘り進めるうちに、イワンは、愕然とする思いを味わっていました。


 ――僕らは何も手伝わなかった。父は一体この畑をたった一人でどのようにやりこなしていたのか、見当もつかない。


 畑の隅から隅まで、我さきにと掘り進めましたが、手紙に記されていた金銀財宝は見つかりません。


 辺りはそのうち真っ暗になり、とうとう、体力のないイワンから、畑に突っ伏すように倒れるとそのまま身体を反転させあおむけになりました。掘り起こし掘り起こしまるで耕したようにほかほかになった一部の部分はフカフカで、イワンは、まるで幼かった頃に戻ったように、そのままぐんっと身体を伸ばしました。空には、気の早い星が一つぽつんと光っていました。


 そのまま仰向けのままにじっと動かないイワンの様子を見て、からかうように兄たちがイワンの周りに集まってきました。


「イワン、もうへばるのかー?宝は俺のもんだなー。相変わらずお前は体力がない」


 イワンは、ボロボロな身体の兄のバジルが、久しぶりにこんなに明るい顔をしている様子を目にしたように思いました。兄は、--そう、兄のバジルは昔、自分にこのように快活な言葉と笑顔を向ける兄であったのです。


 バジルの様子に明るく反論したのは、兄のロイでした。


「バジルにはむりだなー。宝は俺のもんだし。負けねえからな」


 そう反論するように口調だけはふざけた様子で目だけは真剣な兄のロイの姿。そう、兄のロイもまた、昔、兄のバジルに対抗意識ばかり燃やす負けず嫌いだったのです。


 イワンは、ぼんやりとそのような兄たちの様子を目にし、心の奥が、あんなにぽっかりと空いたように思えたそこが、じわじわと満たされていくのを感じ取っていました。くすぐったいような嬉しさがこみあげてきて、イワンは、兄たちをみて、久しぶりに面白がって笑ったのです。そのイワンの様子を目にして、驚いたように目を見開いた兄のバジルとロイは、一瞬躊躇した後、文句を言いながら、イワンの手を引き起き上がらせました。


 **


 その日の夕食はいつものように貧しいものでしたが、父もまだ横たわっているままでしたが、久しぶりに兄弟たちは、そろって食卓を囲みました。まるで心細さを抑えるように、妙にその日は特別に久しぶりの平穏さを食卓の上では保たれているようでした。その日の食事が終わり、久しぶりに三人ベッドをくっつけて幼い子供たちのように雑魚寝をした三人の兄弟は、ぼんやりと明日のことを話しました。静かな空間の中で、鈴やかな虫の声を聴きながら。


「父さんの葬儀は、明日の昼に行おう。……牧師さんを呼んで……」


 イワンがそう切り出すと、二人の兄はそうだな、とぼそりと口にしたあと、


「父さん、恨んでるのかな……」と、誰かがぼそりと言いました。イワンも誰も、今日、畑を耕してみてそれがどれだけきついことなのか久しぶりに身体で実感して、病気の父親がそれを何も言わずに行っていたことに対して罪悪感を思っていたのでした。誰も何も言えませんでした。その誰かのつぶやきに。ただただ身じろぎして、目を閉じたのです。


 その日の早朝から、兄弟三人は、朝ごはんのパンもそこそこに畑に行き、作業を進めました。……大体、あらかた掘り起こしてしまって、そろそろ三人は解りかけてきていたのですが、それでも、掘って耕すことをやめることが出来ませんでした。……掘っても宝などでないことを。アレは父親の嘘だったのではないかと、そろそろわかりかけてきても。イワンはいつしか泣きながら掘り進めていました。それが嘘だと半分以上解っていても、それに縋らずにはいられない自らの弱さにただただ縋りつくようにして。


 やがて、昼前になり、イワンは涙をぬぐうと兄たち二人に声をかけ、自分は、村の教会へたった一人の牧師さんに父の葬儀をお願いしに駆け出しました。


 父の死を知った牧師さんは、ひどく哀しい顔をし、すぐに向かおうと仰って、イワンはほんの少しほっとしました。父の葬儀には、村の人々が次々とひっきりなしに訪れて、三人の兄弟たちを驚かせました。


「……父さんは、慕われていたんだな」


 そんなことも知らなかった、と、兄のバジルがささやくようにつぶやいて、俯いたまま、ロイとイワンはそうだね、と小さくそれに応じました。


 葬儀中、三人兄弟は、これから先の不安で押しつぶされそうな思いをしていました。そのような兄弟に声をかけてくれた方が居ました。父に生前よくお世話になったといっては涙を流す小柄な優し気な婦人は言いました。


「随分、はやいこと畑を耕したんだねぇ。収穫も終わったばかりだというのに。あれだけ見事に耕せば食物も良く実るだろう。しっかりするんだよ。仕事で解らないことがあったら私が解ることなら教えるよ。あなたたちの父さんに頼まれていたことだから、いつでも、気にせず聞くんだよ。心配していたが、あれなら大丈夫と私は思ったよ。しっかりするんだよ」


 兄弟たちは、顔を見合わせました。とうとう、畑からは宝は見つからなかったのです。家に帰り、兄弟たちは、今年の収穫で得た父が残してくれていたお金のことを思い出しました。慌てて、戸を開けると、そこには今年分のお金と父からの手紙が一通戸棚の奥にしまわれていました。……勿論、宝などそこになく、そこにはそれだけしかありませんでした。


 兄弟たちは、顔を突き合わせるように手紙を開くと読み始めました。


「バジル、ロイ、イワン、この手紙を見るとき、お前たちが仲たがいや喧嘩や、絶望を思っていないかとそればかりを思うよ。最初に謝ろう。先に渡した手紙で、家の畑には宝が埋まっていると嘘を書いてしまいすまなかった。……どうか怒らないでほしい。バジル、ロイ、イワン、私がお前たちに残せるものは、あの小さな畑とこの粗末な家だけなんだよ。他には何もないんだ。渡したくとも。申し訳ない。畑は兄弟三人であっても耕すのは大変なことだっただろう。もしかしたら、耕さずにこの手紙を読んでしまっているのかもしれないね。それならばそれでも良いんだ。お前たちは、この家と畑を売ってしまって少しばかりのお金にしてしまっても構わないのだから。ただ、もしやる気があるのなら、そうして、もし畑を耕しきる程頑張れたのなら、お前たちにはもうやれるはずだ。私がやっていたことと同じ仕事を。畑を耕す為のロバは有料だが、借りることも出来る。他様々な解らないことは、隣の家の婦人に聞きなさい。きっと教えてくれるはずだ。お前たちがきちんとやる気があるのなら」


 三人の兄弟たちは、いつしかひざから崩れ落ちて、涙を流してしまっていました。


 そうしてそのまま。



 **


 収穫の時期、その畑は例年以上の実りをみせ、精一杯兄弟三人で収穫する姿がそこにはあったそうです。




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