物語の目的について
どんな物語でも目的は必須です。
序盤で読者に主人公達の目的を示さないと、物語が進展してないしこの先の進展も見込めないと思われてブラバされます。
そしてこの先の展開の方向性も示せません。
と、思っていたのですが必ずしもそれが全てだとは言い切れないと思うようになりました。
例えばクッキークリッカーという結構古いブラウザゲームがあります。
起動すると画面の左に巨大なクッキーの絵があり、クリックするたびにクッキーが生産されて貯蔵クッキーの数が加算表示されます。
右側には徐々に解禁されていく生産施設があり、貯蔵しているクッキーを消費する事で購入できます。
例えば最初はクッキー製造するお婆ちゃんで、購入すれば自分でクリックしなくても一定速度でクッキーを作り続けてくれます。
お婆ちゃんの数を購入して増やしていくと、その内畑、工場、銀行から異次元ポータルと様々な上位生産設備が解禁されていきます。
このゲームの場合、ゴールなんて有りません。
ただひたすらクッキーを増やすだけです。
でもなぜかやめられずに続けてしまうのです。
何百億円もかけて何千人、何万人が作った大規模ゲームよりも、プレイしてる時間も寿命も長かったりします。
一体何が面白いんだろうと考えてみました。
このゲームの場合、数多くの実績やパワーアップが有りますが全て共通して、貯蔵クッキーを消耗して購入し、クッキー生産量を増加させるだけです。
新しい要素なんて、数値の大小と、アップグレードの名前と説明、小さな画像の違いだけです。
でもここで重要なのは、それがプレイヤーにとって未知の物であると言う事ですね。
常に未知の物が目の前に次々とぶら下げられ続けると、それをゲットして明らかにし続けたくなる。
そうしないと気になって、気になって仕方が無い。
でもじゃぁ、その未知の物が何故プレイヤーの興味を引くのかというと、どれも共通してクッキー生産量を増加させるから。
ここまでプレイし続けてきたプレイヤーにとって、クッキー生産量増加は絶対確実に興味を引く要素なんですね。
この辺りはソシャゲのガチャとかも似通っているのかも知れません。
プレイヤーの興味を引く、今まで提供し続けてきた物と同じ属性の、少しだけ違う未知の物を提供し続ければ、プレイヤーは興味を引かれ続ける、そうならざるを得ないと言う事です。
アニメも同じで、例えばドラゴンボールなんて長く続いてますが、バトルが強い、バトルが強くなる技やアイテム、新しいバトルが強いキャラクターを絵柄や個性や声優を変えて出し続けているだけです。
でも、バトルで興味を引かれて見続けてきた人は、それに釣られ続けてしまう訳です。
人間社会で言えば金ですね。
いろんな形が有りますが、人の活動は全て金が根本にあります。
人体で言えば脳内物質です。
(アンドロイドの救世主に登場する神を模したAIのエバじゃないですが)
これが出される、出されないの制御だけで人間の人生の行動方針と目的が定まります。
じゃぁ小説の場合は何だろうと考えます。
読者は時間を潰して何を欲しているのだろう?
仮想体験から得る脳内物質ですかね。
想像力が鍛えられている人でなければ、その恩恵は得られないので人気が無い。
脳内物質を出すって事は、情動を揺さぶり、重要なのは脳内物質の出方にもいろいろある訳で、
アドレナリンの滾るバトル、恐ろしいホラー、涙の止まらない人情もの、未知と冒険のファンタジー。
色々有りますが、一貫して同じ種類のものを読者に与え続けないといけないって事ですね。
何故なら今まで付いて来てくれた読者は、そのパターンの脳内物質を好むのだから違う種類のを提示したら去ってしまう可能性が出てくると。
そしてその脳内物質の出る状況という物をさらに考えると、雰囲気とか、将来に対して幸せ、不安、悲しみの大きな情動を予感している状態、過去に積み重ねた長い道のりを振り返る感慨深さ、様々りますね。
なんか纏まり切らないですが、それが分かれば創作の真理に辿り着いているわけで、思考の記録として記載します。
あと、筆が止まってますが忙しさの波があるのと、筆の乗る乗らないがあるので……書きますすいません。
やっぱプロットは出来るだけ書くべきですよ小説書いてる人は。
出来れば登場人物ベースのやつで。
それが有ればモチベーションに繋がります。
アドリブオンリーだとちょっと苦しさを感じてしまうので。




