犬型魔獣
「ご主人が食事に毒を混ぜるんです」
初っぱなから中々ディープな内容を話す犬型魔獣は耳と尻尾を力無く下げて俯いている。
「きっと僕が役に立たないから、もう要らなくなったのかなぁ」
今にも泣き出しそうな悲しげな声が胸に刺さる。
これは慎重に話を聞く必要がある。
私は相談者の犬型魔獣に詳細を聞いた。
「毒が入っている頻度ですか? 毎回じゃないですけど、たびたび入ってます。それにたまにおやつにも……。何だか茶色くて美味しそうな匂いのする……。えっ、具体的に何かって? たしか『アマクテトケル』って言ってました。食事に混ぜられているのは『ナミダガデルネギ』です」
ここまで聞いた私は心の中で溜め息を吐いた。
今の気持ちを一言で表すなら「ま・た・か!!」だ。
人間と魔獣の体の仕組みや生態を知らずにトラブルになることはよくある。
むしろ、ここ魔獣労働基準局へやって来る相談者の九割がこのパターンだ。
通常、人間と魔獣が話すことは出来ないが、使い魔契約をした時点で主人とはテレパシーで意思疎通が可能なのだから、きちんと会話をして欲しい。
えっ? 私はどうして魔獣と会話が出来るのかって?
それは勿論、この自動翻訳機のおかげだ。
これさえあれば、どんな魔獣とも会話が出来る優れ物。
――って、そんなことはどうでもいい。
今は相談者の対応が先だ。
しかし、これならこの相談者の主人に『アマクテトケル』と『ナミダガデルネギ』は犬型魔獣にとっては毒になると注意するだけで済むだろう。
私はその場で相談者の主人へ連絡を取り、文字通り飛んできた主人へ一通り注意すると、相談者の主人は「ごめんよ。美味しいからお前にもと思ったけど、それがまさか毒だったなんて……」と犬型魔獣へ心から謝罪した。
相談者もそれを受け入れ和解が成立したため、この件はこれにて一件落着だ。
『犬型魔獣と暮らすために必要なこと』という小冊子を片手に仲良く去って行く一人と一匹を見送りながら、私は次の相談者を受け入れる準備を始めた。