第二十六話 極光・3
第二十六話 極光・3
激戦の跡地。そこには二体のエンシェントオーガの亡骸とアルヴァリス、レフィオーネの機体が横たわっていた。その回りでは多くの軍人が損傷した機体を回収する準備を始めている。あちこちに散らばった装甲片や部品を拾うのに大変そうだ。
巨人の亡骸のすぐそばで先生が大声で何かを叫んでいた。しかし他の軍人とは異なる軍服を着た男性は信じられないといった風にもう一度質問する。
「先生殿、もう一度聞きます。このオーガ種、エンシェントオーガをどうやって倒したのですか?」
「だ~か~ら~! 何度も言ってるデス! ウチのユウが! 私の作った! いいデスか、ここ重要デスよ?! 私のアルヴァリスで! ぶっ倒したんデス!」
この男性は連合でもそれなりに地位のある人物らしい。今はエンシェントオーガ討伐部隊をまとめる立場にあるとのことだが、肝心のオーガはとっくにユウが倒していた。そのため、事の詳細を調べているところだ。
しかし先生の説明がどうにも信じられないようで、こうして押し問答を繰り返しているのである。
(まあ、そういう私もにわかには信じられないデスけどね)
それもそうだ。いくらアルヴァリスが同世代の理力甲冑よりも遥かに上回る性能を持っていても、あくまでもそれは理力甲冑の範囲内だ。想定する敵もこんなエンシェントオーガのような化け物ではない。
しかし、現実にはアルヴァリスが、ユウがこの恐るべき魔物を倒してしまったことは事実である。詳しいことは後でユウとクレアに聞かなければならないが、無線などからおおよその状況は把握している。
それにしても……と、先生はオーガの亡骸を見る。この大きさ、この体格。やはりまともに殴りあって勝てるはずが無い。ゴリラと人間の子供がケンカするようなものだ。圧倒的な質量差と筋力の前にはいかに理力甲冑といえども無力な存在といえる。
しかし、事実は事実。ユウはその無理を蹴っ飛ばしてしまった。技術者としてはそれを受け入れるしかない。
「ふう、先生殿。あなたも分かっているのでしょう? これはオーガ同士の相討ちだと。それはこの二体の死因からも推定できる」
「なっ?!」
先生は驚きながらも、そういう事にするつもりか、と勘ぐってしまう。確かに二体のオーガは普通の死に方ではない。一体は彼らの巨大なこん棒で頭を潰され、もう片方は首を切断されている。とてもじゃないが、理力甲冑に出来る芸当ではないことは確かだ。
「いや、死因だけを見ればそうかもしれないデスけど、まさかこいつらが頭を潰されながら相手の首を落としたっていうんデスか!?」
「それは知りませんよ。しかし、彼らも伝説に名を連ねる魔物だ。我々の想定を越える生命力を持っていても不思議ではないでしょう? 現に、60時間にも渡ってあなた達と戦闘を続けたというじゃありませんか」
先生は反論出来なかった。いや、しようとしなかった。
(多分、ここで無理に反論してもユウの為にはならないかもしれないデスね……)
ユウは別の世界からこの世界に召喚された人間だ。その目的は理力甲冑に乗って戦うこと。そのことは連合にとって分かっているはずだ。しかし、組織というものはいつの時代、どんな場所でも一枚岩ではない。軍の一部ではユウやシン、それともう一人の召喚された人間を疎んじている勢力がいるのだろう。
それも無理からぬ事はない。突然、得体の知れない人間がやって来て、それが他の操縦士よりも戦果を上げるというのだ。これまで必死に戦ってきた者や訓練してきた者にとっては面白いはずもない。
「あーあー! 分かりましたよ! そうデス! そうデスよ! お前の言う通り、きっとこのオーガ同士がケンカでもしたんでしょうね!」
「ようやくお分かりになられましたか。それでは後処理に入りましょう……しかし、この巨体……どうしましょうかね」
たしかのこんな大きな物体を運ぶ術は大陸中を探してもそうそう無い。辺りの木材を利用して巨大な荷車でも作り上げるか?
「いや、もうどうせならここで解体すればいいんじゃないデスか?」
以前も、巨大なオニムカデを退治したあと、それを運搬する方法は無かった。なので解体や武具に加工する為にその場へ簡易的な工房を建設したという。
「しかし……」
「しかしもお菓子もねーデス! こんな貴重な魔物、死骸とはいえ色んな研究に使えるデスよ。腐らないうちにさっさと工房作った方がいいデス!」
これには先生の言う事に理があるので渋々といった様子だが了承したようだ。
「連合にも魔物に詳しい学者かなんかいるはずデス、さっさとそいつら呼んでやったらどうデス? きっと泣いて喜びますよ」
そう言い残して先生は近くの軍人にホワイトスワンへ戻るための馬を催促した。
全身が痛い。まるで筋肉痛になったみたいだ。
目が覚めたユウはそんな事を思い、次に自分が見知らぬテントの中でベッドの上にいることに気付いた。辺りを見渡すと何人かの軍人らしき人物が作業をしているようだ。テントの外はすっかり明るい。もう昼を過ぎているかもしれない。
体は痛むが、全く動けないほどではない。少しずつ体を起こすと、すぐ横のベッドにクレアが眠っており、その向こうにはヨハンが椅子に座りながら寝ているのが分かった。
「みんな無事だったのか……」
静かに寝息を立てているクレアを見て、ユウの疲れ切った身体と心は安堵に包まれる。頭や腕に包帯が巻かれているが、そう大きな怪我は負っていないようだ。
「おっ、目が覚めたデスか。ユウ」
テントの入り口に先生が立っていた。ずっと寝ていないのか、目の下には立派なクマが出来ており、髪もボサボサだ。
「あ、おはようございます、先生」
「もうとっくにお昼回っているデス。それより、体の方は大丈夫デスか? 医者は頭を打っているようだからしばらくは様子を見るって言ってましたけど」
手を頭にやると、自分にも包帯が巻かれていた。しかし、特に問題はなさそうだ。
「そうですね、気分も悪くないし、特に大丈夫そうです。あっ、それよりクレアは?!」
「クレアも大丈夫デス。全身を強く打っているけど、どこも骨折はしていないし、二~三日休めば普通に過ごせるそうデス。ユウもしばらくはゆっくり休んでいるといいデスよ。あとは遅れてやってきた騎兵隊達に任せるデス」
どこかトゲを感じる言い方だが、何かあったのだろうか。とりあえずお腹が空いた。何か食べるものを貰ってこよう。
ベッドから降り、少しふらつくが何とか立ち上がる。
「ユウ、無理しちゃ駄目デスよ!」
「これくらい平気ですって。ちょっと食べ物貰ってきます」
そう言ってユウは歩き出そうとすると、横のベッドからもぞもぞと音がした。
「ん……ユウ?」
目を覚ましたクレアが起き上がりこちらを見ている。
「クレア!」
ユウは急いでクレアの方に向きを変えようとしたが、足がもつれてしまった。そのまま、クレアの方に倒れてしまう。
「いてて……」
「ちょっと、大丈夫? ユウ?」
ユウはクレアに抱きかかえられるように受け止められてしまった。
「良かった、クレアが無事で」
「ユウのおかげよ。助かったわ」
ユウは思わず涙ぐみそうになるが、なんとか悟らせないように下を向く。
「ちょっと! 病み上がりなのにイチャついてる場合デスか! 二人とも離れるデス!」
突然先生がユウとクレアの間に割って入る。
「痛い、痛いですよ先生!」
「いいからユウはとっとと何か食べてくるデス! クレアもいいから寝てろデス!」
三人が騒がしくしている所にテントへボルツがやってきた。何か書類を持って先生を探していたようだ。
「先生、ここにいたんですか。って、なにやってるんです?」
「ボルツ君、いいところに来たデス! この二人を引きはがすのを手伝ってください!」
ボルツは呆れたようにため息をつく。
「ま、皆さん大きな怪我もなく、こうして暴れられる程度には元気ですね。よかったよかった。じゃあ、先生、あとでこっちに来てくださいね」
そう言い残してボルツはテントを出ていく。
「ちょっと! ボルツ君! どこ行くデスか!」
「ボルツさん、助けて!」
ユウと先生は去り行くボルツに助けを請うが、願いは聞き届けられなかった。それにしても、この騒ぎでもヨハンはまだ寝ている。
クレアはボルツが言ったように、みんな無事だったことを改めて実感する。本当に良かった。
「アンタ達! いい加減、人の上で騒がないでちょうだい!」
クレアは大きな声で二人を叱ったが、その顔は安堵に満ちていた。
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