第二十四話 羅刹・4
第二十四話 羅刹・4
「じゃあヨハン、私はクレアを起こしてくるデス。そっちももう交代の時間だから早く準備するデスよ」
ホワイトスワンでは次の交代に備えて各自が動いていた。
「ウッス。次はこの罠を持っていったらいいんスよね」
「そうデス。それは奴らのキャンプ地にでも仕掛けたらいいデスよきっと」
先生はニヤリと悪い顔になる。それを見てヨハンはどんなえげつない罠なんだと内心で恐怖する。
その時。
どこからか短い爆発音のようなものが轟いた。かなりの音だったが、何が起きたのだろうか。
「お、ユウの奴、もうアレを使ったんデスね? 案外、エンシェントオーガっていうのもチョロいもんデス。徹夜なんて三日目からが本番デスよ」
「先生、今の音は?」
「ああ、今のはユウに渡した道具デスよ。さしずめ、音爆弾って所でしょうかね。仕組みは簡単、適当な容器に水を電気分解して作った水素と酸素を適当に詰めて、あとは火を付けるだけであら不思議。めちゃくちゃウルサイ爆発音が辺りに響き渡る爆弾の出来上がりデス」
ヨハンは開いた口が塞がらない。
「いや、あんな大きな爆発、ユウさんは大丈夫なんですか?」
「心配無用デスよ。水素と酸素を混ぜた爆鳴気は大きな音の割に威力はあんまり無いデスから。まあ一斗缶の破片が飛び散るかもしれないデスけど、理力甲冑の中にいれば安心安全デス!」
「へぇー。いや、でもここまで聞こえてくるような爆発音の近くじゃあ、理力甲冑の中でもかなりの音がするんじゃ?」
「…………」
「…………あの、先生?」
「さっ、早く出撃するデス。ユウが待ってますよ」
「ちょっと!」
ヨハンは急いでステッドランドに乗り込み、おおよその音がした方向に向かって走りながら無線でユウを呼び出す。
「ユウさん! 聞こえますか! 返事をして下さい!」
「……ああ、もしかしてヨハンか? 何を言ってるんだ?」
「ユウさん! 大丈夫ですか?!」
「なに? もっと大きな声で言ってくれ!」
ユウは先生特製の音爆弾で聴覚がほとんど麻痺している。聞こえるのはキーンという耳鳴りばかりで、分厚い壁の向こうからヨハンの声がかすかに聞こえてくるようだ。
「とりあえず、今から言う方向へ来てくれ! 奴ら、マジギレしたみたいだ!!」
アルヴァリスは全力で走っている。そのすぐ後ろを憤怒の形相で追いかける二体のオーガの姿が。睡眠の邪魔をされたからか、一晩中おちょくられたからか、それとも目の前の人間を鏖殺したいがためか。一心不乱にアルヴァリスを追い、手にしたこん棒をあらん限りの力で振り回す。
ユウは先生特製の音爆弾にやられ、一瞬だけ気が遠くなりかけた。その隙に怒り狂ったエンシェントオーガに捕捉されてしまった。彼らの走る速度はあまり速くないのだが、今はあちこちに大木が転がっており逃げる邪魔をしている。アルヴァリスは右へ左へ、時には短く跳躍して大木を避けなければならないが、エンシェントオーガ達はそんなものお構いなしに蹴散らして来る。
「くそ、こんなに木が邪魔するなんて!」
(もしかして、これも予測して木をなぎ倒していた……?)
エンシェントオーガの真意は分からないが、長期戦を最初から想定していたとしたら。遠距離への攻撃手段と逃走を妨害する障害物、そしてすっかり見通しの良くなってしまったこの森。これでは逃げ隠れすることが出来ない。
アルヴァリスの目の前にひと際大きな倒木が行く手を阻んだ。ユウは機体のつま先に力を込め、大地を強く蹴る。大木の上に着地しようとしたその瞬間、オーガは近くにあった木を投げつけてきたのだ。大木が大きく揺さぶられ、アルヴァリスは思わず姿勢を崩してしまう。その一瞬の好機を彼らが見逃すわけがない。
「くっ!」
理力甲冑の胴より太く巨大なこん棒が水平に薙ぎ払われる。鈍重な見た目の割にかなりの速度で、こん棒の重量と遠心力が合わさり致命の一撃になった。空気の壁を破りながら襲い来る攻撃に、バランスを保てないアルヴァリスは回避する術が無い。
まるで大太鼓を力強く叩いたような音だった。こん棒を振るったエンシェントオーガは妙な手ごたえに違和感を覚える。それに何故かこん棒は途中で動きを止めてしまっていたのである。忌々しい人間が操るあの小さな機械人形など、この一撃でバラバラに吹き飛んだはずだ。そんなことを思ったに違いない。
すると、動きを止めたこん棒が押し返されるではないか。オーガ種の頂点に立つ自慢の腕力も突然のことに反応出来ない。そしてこん棒の陰から、たった今叩き潰したはずのアルヴァリスが真っ白な盾を構えて立っていた。
何が起きたのか分からない様子のオーガ達は短く何度も唸り声を上げる。
「…………死ぬかと思った」
ユウは暴風のような一撃を躱せないと悟り、せめてもと咄嗟に左腕の盾を正面に構えたのである。そしてオニムカデの頑丈な甲殻を金属板と何枚も交互に張り合わせた積層構造にはわずかな隙間が設けられており、それは打撃や剣撃の衝撃を緩和させる役割を果たす事を期待されていた。しかしてその効果は十分に発揮されたという訳だ。
盾と左腕をつなぐ接合部はおろか、肩から腕にかけても異常は見られない。おそらく普通の盾ならば衝撃は一瞬にして機体の全身に伝わり、一撃で粉砕されていただろう。そんな死の一撃を完全にこの盾は受け切ったのだった。
「後で先生にお礼を言っとかなきゃ!」
ユウは額に浮いた大粒の汗を拭いながら、命懸けの鬼ごっこを再開する。




