第二十四話 羅刹・2
第二十四話 羅刹・2
「という訳で、エンシェントオーガにはゲリラ戦を仕掛けて弱体化を狙おうと思うんです」
ユウはクレアとの会話の後、急いで軍本部に無線で連絡を取り、部隊の派遣を要請した。無線で応対した者は最初、半信半疑で聞いていたようだがクレアとホワイトスワンの名前を出すと急に態度が変わってしまった。クレアは特別、軍で地位があるわけではない。ひょっとすると、ユウが初めてこの世界に来た時にいたアルトスの街のバルドーさんの影響力か? よくは知らないが議会の代表をしているし、いろんな所に顔が利く人物らしいとの事だが。
とりあえず軍のほうはこれから部隊の編成や行程の作成に掛かるので、目途が立ち次第連絡するとの事だった。緊急事態なので急いでくれと念を押したのち、ユウはホワイトスワンのメンバーを集めて作戦会議を開いた。いつも通り、作戦室兼食堂での開催だ。
「まあ、ゲリラ戦は格上の相手に挑むには有効な手段の一つデスけどね。ただ、問題があるデス」
ユウは先ほどクレアと話した内容をかいつまんで話し、作戦について練っている所だった。しかし先生は問題点を指摘する。
「ユウの言う通り、魔物も生物デスからね。食事も睡眠もまともに取れない状況が続くと、こちらの勝機は格段に上がると思います。しかしデスね、そんな事してたら人数の少ないこっちも疲弊しちゃうデスよ。それにゲリラ戦だけでは勝てないデス。トドメをさす決定打が必要になります」
それは確かに先生の言う通りだった。しかし、ユウもその点については考えていた。
「その点については何とかなると思います。まあ、地図を見てくださいよ」
ユウはそう言ってボルツが広げてくれた地図の一点を指さす。
「ここが僕らの今いる村です。で、軍の拠点がある街がここ。さっき無線で連絡したときに聞いたんですけど、この距離だと普段の場合部隊が到着するのにだいたい二日、雪の影響を考えてもプラス半日。約60時間ほど粘れば部隊と合流できます。その頃は僕たちもだいぶ疲れているでしょうが、エンシェントオーガもかなり疲れ果てているはずです。後はやってきた大部隊に任せましょう」
ユウの考えは大分、いや、かなりの希望的観測が含まれているが、実際の所は他にいい方法も無い。
「僕とクレア、ヨハンの三人で交代制にしましょう。まずは一人4時間、囮として長距離からの射撃と回避を繰り返すようにします。幸い、敵は銃や弓のような遠距離武器は持っていないようなので、敵との距離を保つことに気を付ければそう危なくない筈です。もう一人はバックアップとしてホワイトスワンで待機、残った一人は休息という風にすればいけると思います」
「敵との距離を保つかぁ。この辺は所々に森があるから、そこに隠れながらひたすら攻撃して逃げるって事っスね」
「丁度この辺りの樹木は理力甲冑が隠れる程度には高いものが多いみたいですからね、上手く利用できるでしょう」
先生は皆の話を聞きながら思案する。エンシェントオーガの習性なのかは分からないが、彼らは人間を見ると必ずと言っていいほど攻撃的になると言われている。理力甲冑が見える範囲にいれば攻撃をしようと追ってくる可能性は高いだろう。この村の付近で逃げ回ることになるが、村の人たちは明朝に避難を開始するらしいので最悪の事態は免れるかもしれない。
「はぁ……あっちこっちに大きな穴がある作戦デスが、やるしかないようデスね」
先生にも良い案が浮かばない以上、他に手はない。すっくと立ち上がり、首をゴキゴキと鳴らす。
「私たちもバックアップするデス。ボルツ君はいつでも整備と補修が出来るように準備してください。私は余った資材で何か罠とか作ってみるデス」
「でっかい落とし穴でも掘るんですか?」
ヨハンが罠と聞いて質問する。落とし穴か、単純だが効果はありそうだ。
「理力甲冑よりデカいオーガを落とす穴なんて、簡単に掘れるわけないデス。それよりももっと効果的かつ、嫌らしい罠とかを考えるデス」
うーん、先生の顔つきが悪くなってきた。きっとまた、ろくでもないものを作ってしまうんだろうが、今の状況ではありがたい。
作戦も決まり、各々は準備を始める。ユウはその内容を改めてクレアに伝えると、急いで携帯食や軽食の作り置きに取りかかる。戦闘に掛かる順番は、現在出撃しているクレアが一番で、次にユウ、そしてヨハンとなった。なのでヨハンはこれから睡眠をとり、四時間後に起きてくる。それまではユウと先生、もしくはボルツがクレアのバックアップをすることになった。
まずはエンシェントオーガを見張っていたクレアが仕掛ける。ちょうど彼らは食事も終え、少し焚火に当たったところで就寝の準備をしている様子だった。そこへクレア愛用の長銃が遠距離からの狙撃を開始する。
「まずは……アンタから!」
焚火のこちら側にいたエンシェントオーガの頭部に狙いを定め、引き金を静かに引く。スコープの向こうでは急に頭を仰け反らせて倒れる巨大な人影が見える。見事に命中したが……。
「ウソ、全然効いてないの……?」
倒れたエンシェントオーガは頭をぶんぶんと振りながら起き上がる。確かに銃弾は頭部に命中した筈だ。
「ま、伝説の魔物がこれくらいで倒せるなら楽だったんだけどね……」
クレアは誰に聞かせるでもなく呟いて、次弾を装填させる。エンシェントオーガは突然の攻撃に怒りを露わにして辺りを捜索している。立ち上がっている姿を見ると、改めてその巨躯が実感できる。周囲の木々よりもはるかに大きく、理力甲冑の1.5~2倍の大きさになるだろうか。
しかし、いくら巨体を振り回して周囲を探そうともクレアを見つけることは出来ないだろう。レフィオーネの今いる位置からでは、たとえ夜の静寂でもほとんど銃声は届かないはずだ。エンシェントオーガからすれば音も無い不意打ちを食らったことになる。
クレアはもう一体のエンシェントオーガに狙いを定め続ける。しばらくして、不意打ちの混乱から立ち直った様子の所へもう一度引き金を引く。今度は太ももだ。
再びの不意打ちにエンシェントオーガ達は怒り狂っている。激しく動き回っているのでちゃんと確認は出来ないが、あまり出血はしていないようだ。いくら狙撃用の弾頭とはいえ、やはり理力甲冑をはるかに超える身長と体重のエンシェントオーガには効果が薄いようだ。先生がこの前、設計図を見せてくれたもっと大きく重い弾を撃てる化物みたいな銃が欲しいが、ないものねだりというやつだ。
しばらく様子を見ていると、二体は向かい合って何かをしているようだ。口が大きく動いていることから会話をしているのかもしれない。さすがに内容までは分からないが、やはり高度な知能を備えているというのはただの伝説でも誇張でもないらしい。
「おしゃべりしてると、痛い目をみるわよ」
三発目を撃つ。今度も同じ太ももを狙う。連続して足を撃つことで負傷させ、今後予想される追撃戦を有利にしておくための布石だ。
再び太ももを撃たれたエンシェントオーガはバランスを崩してその場に倒れてしまう。しかし、すぐに立ち上がり、クレアを、レフィオーネのいる方向を見た。
「?! バレた?!」
二体のエンシェントオーガはこん棒を片手にクレアが狙撃している地点へと真っすぐ走り始めた。この走り方はおおよその位置を特定している。
「まさか、わざと撃たれて射撃の方向を読んだっていうの?」
クレアは急いでレフィオーネを立たせて、ホワイトスワンや村の方向とは反対の方へと走らせる。いくら遠くても、飛行して逃げればすぐに居場所がバレてしまう。それに奴らの走る速度はあまり速くはなさそうなので十分に隠れる時間はある。作戦はまだ始まったばかりなのだ。
クレアは先ほどの狙撃地点から少し離れた森の中に機体を隠しながら辺りの様子を伺う。積もった雪にレフィオーネの足跡が残ったが、スラスターを小さく吹かすことでその痕跡を文字通り吹き飛ばしながら走ってきたのだ。そろそろ奴らの姿が見えてもいい頃だが……いた。二体は正確にレフィオーネが陣取っていた場所にたどり着いたのだ。
「これは一筋縄ではいかない相手みたいね、やっぱり」
クレアはじっと息をひそめて観察する。この作戦の主目的はエンシェントオーガに休息の暇を与えず体力を削ることだ。無闇な攻撃は必要ない。相手が気を抜いた瞬間に狙撃を行い、すぐ逃げる。この繰り返しだ。




