第二十四話 羅刹・1
第二十四話 羅刹・1
「本当にエンシェントオーガが……?!」
クレアは思わず息を呑む。自分でも半信半疑だったが、あれはどう見ても普通のオーガではない。理力甲冑よりも大きな体躯、魔物の毛皮や鱗から作ったと思われる服と鎧。腕輪やピアスなどの装飾品。これらは高い知能を持つエンシェントオーガの特徴の一つだ。彼らには人間にとって理解しがたい彼らなりの文化があると言われている。
「夜営のつもりかしら……」
二体のエンシェントオーガは焚き火の近くで何かの肉を焼いているようだ。あの大きさだと、何かしらの魔物だろう。
(もしかして、森から獣がいなくなったのも、スノーウルフが山から降りてきたのも、コイツらのせい……?)
遠くから見ているだけでも嫌な汗が出てくる。これは……威圧感?
クレアは知らず知らず体が震えていた。生物として根元的な感情、捕食者に対しての畏怖が全身を支配するかのようだ。こんな怪物が近くにいたら、たとえどんな魔物であっても逃げ出してしまうのは無理も無いと思える。
彼らの目的は分からないが、なんとかして撃退しなくては。しかし、一体どうやって?
「みんな、聞こえる? 奴を見つけたわ。エンシェントオーガよ」
クレアは無線に向かって呼び掛ける。ザリザリとノイズ混じりの声が聞こえてきた。これはユウの声だ。
「聞こえるよクレア。そっちは大丈夫?」
「ええ、まだ気づかれてないわ。いい、よく聞いてユウ。私はこれから狙撃を試みるわ。空からだから反撃されないと思う。ユウとヨハンは静かに東南東の方角に来て。奴らの焚き火が目印よ」
「ちょっと待ってクレア! 僕らが到着するまで攻撃しないで!」
「駄目よ、今エンシェントオーガは油断している。あんな怪物を退治するなんて奇襲しかないわ。それにいざとなったらレフィオーネで空高く飛んで逃げるわよ」
「……クレア、クレア。とりあえず聞いて。エンシェントオーガがどれ位の魔物かは僕には分からない。本当の所はクレアも分からないんでしょ? まずは作戦を立てようよ。それにさっき焚火って言ってたけど、奴らは何をしてるのさ?」
ユウは努めて普段通りに、まるで今日の晩御飯は何にするか尋ねるかのようにクレアへと話しかけた。いつもと違い、クレアは焦っているように感じたためユウは彼女の気を攻撃から逸らそうとする。するとクレアは仕方なくといった風で質問に答えた。
「…………奴ら、多分だけど夜営していると思う。二体いるんだけど、焚火を囲んで何かの肉を食べてる途中だわ」
「夜営か……。そういえば、エンシェントオーガは服とか武器を持っているんだよね? 装備は何が見える?」
クレアはエンシェントオーガが身に着けている物や焚火の近くに転がっている道具のようなものをしばらく観察してみる。
「ええと、そうね。武器はどっちもこん棒みたいな物を持ってるわ。それに人間でいえば軽装な鎧を着こんでる。あいつ等、寒くないのかしら? あと……いくつか道具と袋みたいなのも見えるんだけど、ちょっと暗くて見えないわ」
エンシェントオーガについて人類が知っている事は多くなはい。独特の文化と高い知能を持つとは知っていても、実際にどういう生活を送っているのかは殆ど分かっていない。伝承や幾つかの目撃例からそう推測されているだけなのだ。
それはエンシェントオーガの主な生息域が人類未踏の地であることと、彼らが人類を異常に敵視している事が原因している。数少ない遭遇例から分かったことで、彼らエンシェントオーガは人間を視認すると、理由は分からないが執拗に攻撃するようになるのである。老若男女を問わず、戦うもの逃げるもの、目にした人間が全て動かなくなるまで殺戮は続く。
「ねえ、思ったんだけど。エンシェントオーガがいくら伝説の魔物っていってもさ、食事や睡眠は必要なんじゃない?」
ユウは何を当たり前のことを言っているんだろうとクレアは思う。魔物と言えど、他の生き物と同じように食べて寝て排泄をする。そうしなければ生きていくことは出来ない。
「そりゃそうでしょ。現に、今だってご飯食べてるわよ」
操縦席の画面からは炙った肉を美味そうに食べている厳めしい顔が見える。
「だからさ、そこを攻めるんだよ。四六時中、ご飯も食べれず、寝る事も出来ない。いくら強い魔物でも空腹と睡眠には勝てないはずだ。そこにはきっと隙が生まれるし、十分な力が出せなくなる」
「…………」
クレアはなるほど、そういう事かと納得する。確かに、彼らは腹も空くし眠くもなる。休む暇もないほどに攻め続ければ実力も発揮出来なくなるだろう。ただ問題なのは、それをどれ位続ければ彼らが弱るのかは検討がつかないが、今ここで無策に戦うよりかはマシかもしれない。
「分かったわ、ユウ。ひとまず攻撃はせずに、もうしばらく奴らの様子を観察しているわ。その間にそっちは作戦をもっと詰めておいて。それから急いで軍の本部にも連絡して」
「了解、念のために無線はつけっぱなしにしといてよ?」
会話が終了すると、クレアは操縦桿を強く握りしめていた事に気が付く。強張った指をゆっくり広げると、白く血の気の引いた指に赤みが戻っていく。自分がひどく緊張していたことが今になって実感する。
そうか、私は怖かったんだ。
クレアはようやく、自分が強大な敵を前にしてさっきまで冷静な判断が出来ていなかったと思い知らされる。隊長としての責任感、村を守りたいという想い、そして敵への恐怖心。それらが普段は冷静なクレアの目を曇らせた。自分たちが守らなければ村が襲われる。自分が負ければ多くの村人が殺される。そんな考えがずっと頭から離れなかった。
しかしユウと話しているうちにいつの間にかそんな考えは自然と無くなっていった。多分、雑談でもするかのような調子でユウが話してきたからかもしれない。もしかしてユウはそのことに気が付いてわざと……?
(今度は私が助けられたって事ね)
クレアはその事に悪い気はせず、むしろ妙な安心感を抱いていた。
「さて、今は奴らの生態を観察してやろうじゃないの」
先ほどとはうって変わり、余裕のある表情で悪鬼の監視に就いたクレアであった。




