第二十三話 悪鬼・3
第二十三話 悪鬼・3
「エンシェントオーガ?」
ユウは首をひねる。クレアが血相を変えて戻ってくるので何事かと思い問いただしたところ、急いでほかのみんなも呼んで事態の説明をし始めた。それによると、どうも非常に凶悪な魔物が村の近くにいるかもしれないとの事だった。
「えー? 本当にエンシェントオーガなんているんですか? その村の人の見間違いなんじゃ?」
ヨハンはどうもクレアの話を信じていないようだが、ユウにはさっぱり分からない。
「まあ確かに伝説ではデルトラ山脈に住んでるとの事デスけど。それにしたって、この百年は目撃情報なんて無いような魔物がこの近くにねぇ」
「先生、たとえ普通のオーガと言えども、村人にとっては十分脅威です。ここが襲われないうちにこちらから先制攻撃を仕掛けてもいいのでは?」
他のみんなはオーガについて分かっているようだが、ユウにはピンときていない。
「クレア、エンシェントオーガってどんな魔物なの?」
「オーガっていうのは人型をした魔物よ。人間の何倍かの大きさのが一般的な種類で性格は非常に凶暴。で、問題のエンシェントオーガっていうのは半ば伝説の話だけに出てくるんだけど、デルトラ山脈の頂上付近にはもっと体格の大きいオーガが住んでいるらしいのよ。そいつらは人間並み、いやそれ以上の知能を持ち、巨大な体はドラゴン種とも渡り合えるほど強靭と言われている程よ」
「あー、なんとなくヤバそうなのは分かった。でも、そうなると本当にそのエンシェント……オーガ? なのかどうか確かめようよ」
「そうね、見間違いってことも十分あるし。まずは私がレフィオーネで上空から捜索してみるわ。本当にエンシェントオーガなら、森に隠れてても分かるわ」
まずはレフィオーネに空から先行してもらい、目撃されたという魔物の正体を確かめることになった。その後、改めて作戦を練るが、もし本当にエンシェントオーガであれば、あまりに分が悪い。
今から数百年前、エンシェントオーガがとある街を襲ったという。その時の街はもう無い。たった一体のエンシェントオーガによって文字通り更地にされてしまったのだ。いくら当時の戦力に理力甲冑がないとはいえ、大きな街が一夜にして地図から無くなったという事実は、この魔物の強大さを物語るには十分すぎる。
もし、村の若者が見た魔物が本当にエンシェントオーガだとすれば、理力甲冑三機ではとてもじゃないが太刀打ち出来ないだろう。そうなれば、なんとか時間稼ぎをして軍の派遣を待つしかない。
「じゃ、行ってくるわ。とりあえずスワンとみんなはここに待機しておいて」
クレアがレフィオーネで暗くなりかけの夕空に舞う。ユウはそれを見送ると、アルヴァリスの操縦席で待機しようと格納庫を走る。
「ん? ユウ、この木箱はなんデスか?」
先生が格納庫の隅にくくりつけられているいくつかの大きな木箱の近くにいる。先生は知らなかったのだが、クレメンテの街を出る間際にギリギリで搬入されていたが、それからはずっと忘れられていたのだ。
「ああ、確かクレメンテで届けられてたんですよ。中身はまだ確認してなかったな、そういや」
「んー、この大きさ……もしかしてアレが届いていたんデスかね?!」
先生は木箱の周りを走り回り、ようやく伝票を見つけた。
「あー! やっぱりデス! ユウ! 早くこの木箱を開けるデス!」
ユウは先生の言う通り木箱を開けることにする。こういう時の先生に逆らうと後が面倒だからだ。しかし、木箱はかなりの大きさで、一本一本の釘を抜いていては時間がかかりそうだ。
ユウはアルヴァリスを起動させ、人の何倍も大きいその手を木箱の蓋に掛ける。メキメキと音を立てて木の蓋が持ち上がっていく。その中には二振りの短剣が固定されていた。
「お、理力甲冑の新しい装備ですか。いつの間にこんなの買っていたんです?」
「いやいや、これは作ってもらったんデスよ。そっちの木箱も開けてみるデス」
先生がに促されてもうひとつの木箱を開けてみると、そこには中型の盾があった。
「以前、オニムカデを退治したことがあったでしょう? これらの装備はその時のオニムカデから作られたものなんデス!」
先生によると、二振りの短剣はオニムカデの牙を加工したもので、下手な剣よりも硬度と切れ味が良いらしい。しかしこの短剣の真価はその鋭さではなく、オニムカデの毒腺を利用した独自の機構だ。魔物は言うに及ばず、対理力甲冑戦においても有効なものらしい。……オニムカデの牙そのままの色である赤い刀身は妖しく光を反射している。
もうひとつの白い盾はオニムカデの堅牢な甲殻を利用したものだ。本来は黒い甲殻だが、表面を研磨するとこのような色になったらしい。この甲殻は強度の割に軽く、それを何層も重ねて張り合わせてある。こうすることで本来の強度に加えて、しなやかで耐衝撃性に優れるようになるという。
「あのとき倒したオニムカデを見てボルツ君と設計したんデスよ! 性能は戦ったユウが一番分かってる筈デス! さあ! この天才を誉めてもいいんデスよ?!」
「おおー、凄い。この盾は普通のよりかなり軽いですね!」
ユウはアルヴァリスに盾を持たせる。普段よりも装備した左腕の動きが軽く、見た目の大きさより取り回しが良さそうだ。
「でしょう? あ、そっちの短剣は対になっているし、ヨハンにでも使わせたほうが良いと思うデス」
なるほど、ヨハンの器用な二刀流ならば、あの短剣も上手く使いこなすだろう。
空はもうすっかり夜の帳が降りていた。しかし、空には雲が無く、月と星の明かりが周囲を照らす。これくらいの明るさなら十分に見渡せる。
クレアはレフィオーネでデルトラ山脈に向かってゆっくりと飛行していた。目撃されたのは山の麓だったはず、そこを中心に魔物を捜索してみるが、まだ何も見つからない。
「見間違いだったのかしら……? それならそれでいいんだけど」
もう一度目を凝らして下方を見る。やはり動くものはいない。
ここまで見つからないとすれば、やはりただのオーガだったのだろう。一度ホワイトスワンに戻って今日は村の防衛に努めるべきかもしれない。そして翌朝、改めて魔物を探索しよう。
そう思った時、何かの灯りが見えたような気がした。赤い火が森の一ヶ所を照らしている。チロチロと揺らめいているそれはどうやら焚き火のようだ。今しがた火をおこしたのかもしれない。
こんなところに旅人でもいるのだろうか。クレアは焚き火の所まで行き、保護しようと考えた。エンシェントオーガがこの辺にいないとしても、やはり危険だろう。
徐々にレフィオーネは目的の焚き火まで近づく。しかし、何かがおかしい気がする。
「なに? キャンプファイヤーでもやってるの?」
上空から見る火はかなりの大きさだった。キャンプファイヤーというよりも、まるで家一軒が火事になっているようだ。そしてその傍らに座っている人影――――
クレアは心臓がドクンと跳ねた気がした。この距離からでも判る異形の体つき。理力甲冑と同じ、いやそれよりも大きな体躯。それに何より、牙を剥いた鬼の形相。明らかに通常のオーガではない。とすると……?
「本当にエンシェントオーガが……!?」




