第二十二話 白狼・3
第二十二話 白狼・3
「相変わらずやるな、ヨハン」
ユウは思わず感嘆の声を上げる。本人に言うと調子に乗るから、という理由で口止めされているがヨハンは理力甲冑の操縦が上手い。ユウやシンのような別の世界から来た人間というわけでもない、理力の強さも一般人と比べてちょっと大きいくらいの、まあごく普通の一般人だ。しかし、才能とでもいうのか、理力甲冑の操縦は最初こそ苦戦したものの、すぐに熟練の操縦士並みに操れるようになったという。
特に、二刀流の剣捌きはなかなかのもので、左右の腕を器用に操って通常の型にはまらない変幻自在の攻撃を次々と繰り出す。一度攻勢に回ったらその連撃をしのぐ事は難しく、ユウも何度かステッドランド同士での模擬戦を行ったが、なかなか勝率が上がらないほどだ。
ヨハンが投げつけた剣を引き抜きながら、高く飛んできたスノーウルフの腹部を切り裂いた直後。どこからか大きな遠吠えが響いた。
スノーウルフ達は一斉に同じ方向を向く。その視線の先には他の個体よりも一回り大きなスノーウルフが静かに立っていた。ひと際白く輝く体毛。過去の傷だろうか、左の耳が欠けている。そして尻尾の先が鮮やかな青に色づいている。
「この群れのリーダー……?!」
ユウはとっさに身構える。ただこちらを見ているだけなのだが、群れのトップという威圧感からか、それとも本能的なオオカミへの恐怖感からか、ユウは次の行動に移せなくなった。
青尾が短く二度吠えると、それまで動きを止めていたスノーウルフ達が一斉に走り出す。それぞれアルヴァリスとステッドランドから一定の距離を保ちながらこちらの様子を伺っているようだ。ユウもヨハンも突然変化した敵の行動に思考が追い付かず、二機とも防御姿勢を取るしか出来なかった。
再び青尾が短く吠えた瞬間、アルヴァリスの周囲を走っていたスノーウルフ達のうち、前後の二頭が同時に襲い掛かってきた。ユウは反射的にアルヴァリスを仰け反らせて回避する。しかし、そのタイミングを見計らったかのように他の二頭が襲い掛かってきた。
「くっ! 奴が指揮を始めたってわけか!」
左側からの攻撃はライフルで迎撃したが、右側からの攻撃は避けられなかった。スノーウルフは鋭い爪で肩の装甲に深い傷跡を付けた後、再びアルヴァリスから一定の距離を取ってこちらの様子を伺っている。ヨハンの方も同じ状態になっているようで、苦戦しながらスノーウルフの波状攻撃をいなしている。銃器を装備していない分だけ、あっちの方が辛そうだ。
しばらくの間、ユウとヨハンはスノーウルフの統率された攻撃をひたすら耐えるしかなかった。反撃しようとするとその方向の包囲が咄嗟に分かれ、その隙をついて背後から襲ってくる。それを回避しようとすると、さらにその隙をついて追撃がくる。しまいには防御することで手一杯で反撃の手が打てない。このままではこちらがジリ貧になってしまうが、スノーウルフ達は交互に休憩をとっているようであまり疲れた様子を見せない。
「ヨハン! 大丈夫か!?」
「こっちはなんとか! でもこのままじゃヤバいっスよ! 攻撃の隙が無い!」
ヨハンはすれ違いざまに反撃しようと試みるが、上手く躱されてしまった。どうしても前後左右から同時に攻撃されるため、目の前の敵に集中できない。
そうしている間にアルヴァリスも攻撃を受け続けてしまい、装甲のあちこちが傷だらけになってしまった。本当にこのままじゃマズいな。
「ユウ! ヨハン! 私が隙を作るから敵の頭を一気に叩いて!」
突然、無線からクレアの声が聞こえた。やっとレフィオーネは出られるのか?
甲高い風切り音が鳴り響きだしたかと思うと、ホワイトスワンのハッチから薄い水色の機体が周囲の雪を巻き上げながら飛び出した。スノーウルフ達は新たな敵に、というよりも激しいスラスター音と巻き上げられた強い風に驚いてしまい、一瞬だけ統率の取れた動きが鈍った。
「ヨハン!」
アルヴァリスは雪が踏み固められた大地を力の限り蹴り、少し離れた場所に佇んでいた青い尻尾のリーダー目掛けて低く跳躍する。青尾はさっと走り出そうとしたが、アルヴァリスがライフルで牽制して逃がさないようにする。
「でえぇりゃぁぁ!!」
ステッドランドがスノーウルフの包囲を無理やり突破し、高く跳躍する。両手に握った二刀を振りかざし、落下の速度を乗せた一撃を青尾にお見舞いした。しかし、すんでの所で青尾は体をねじって回避する。そこへすかさずアルヴァリスが鋭く剣で突き、さらにライフルで追撃する。銃弾がいくつか青尾の体をかすめたのか、所々に赤い血が飛び散った。
「ユウ! 援護するから決めて!」
レフィオーネは上空でホバリングしながら長銃を構えている。乾いた銃声が二発立て続けに響いて、青尾のすぐ足元の雪が大きく跳ねた。
回避しようと走り回っていた青尾は突然の銃撃に怯み、動きを止めてしまう。そこへアルヴァリスが水平に跳躍して殆ど体当たりのようにして剣を突き立てる。
手ごたえはあった。ぶつかった衝撃でアルヴァリスと青尾はその場で転がってしまう。ユウはなんとか体勢を戻したが、右手に剣が無くなっているのに気づく。見ると、青尾の胴体、右の脇腹にアルヴァリスの剣が突き立っていた。
横たわっていた青尾は体を震わせながらヨロヨロと立ち上がるが、剣が刺さったままの傷口から血がボタボタと流れ落ちる。この傷でまだ立っていられるのか。驚異的な生命力だ。
ユウは左手のライフルを構えるが、青尾はじっとこちらを睨んでいる。牙を剥いている口からも血が流れ落ちる。どうしたのだろう、この傷では逃げることも出来ないのか。
突如、青尾はこれまでよりも大きな遠吠えを上げた。本当はそんな体力はもうとっくに残っていない筈だ。しかし、どこにそんな力があったのかという位に力強い声を上げる。すると、ほかのスノーウルフ達がリーダーに呼応するように遠吠えを始めた。
「クレア、ヨハン、こいつら一体どうしたんだ?!」
「……分からないわ。でも油断しないで」
ユウ達はスノーウルフの遠吠えに囲まれる。いつまで続くのかとユウが思ったとき、何かが動く音が遠吠えに混じって聞こえたような気がした。青尾がいたところを見ると、そこには大きな血だまりと剣が残されており、向こうにむかって血が点々と続いていた。
「逃げたのか……」
青尾に突き刺さっていたはずの剣を拾うと、あれほど周囲に響いていた遠吠えがピタリと止み、スノーウルフ達は一斉に血が続く方向へと走り出した。ユウは咄嗟に剣を構えるが、どうやら向こうにはもう戦意がないらしい。アルヴァリスには目もくれずに走り去っていく。
「なんとか撃退できた……のかな?」
「お疲れ様、ユウ、ヨハン。他の魔物に襲われないうちに急いでスワンに戻りましょう」
ユウはスノーウルフ達が走りさった方向をしばらく見続けたあと、雪を押しのけながら走り出したホワイトスワンに急いで飛び乗った。




