第二十一話 滞空・3
第二十一話 滞空・3
「えっと、このツマミだな」
ユウはレフィオーネの操縦席に乗りこみ、準飛行状態にダイアルを切り替える。後ろの方からユウにとって聞き慣れた理力エンジンの音が聞こえてきた。機体が小さく振動しており、スラスターから圧縮空気が常時、噴き出しているのが感じられる。
「スラスターの動かし方は……確かこんな感じかな?」
ユウはクレアに教えてもらった通りにイメージすると、駆動音が聞こえてスラスターが思った通りに動く。
何度かスラスターを動かしたり圧縮空気を空ぶかしさせておおよその感覚を掴む。よし、いってみるか。
レフィオーネは軽く助走をつけた後、大地を踏みしめて跳躍する。機体の動きに合わせて腰のスラスターが可動し、圧縮空気を一気に吐き出す。ユウは普段のアルヴァリスで行う跳躍とは異なる浮遊感を感じながら、視界がゆっくり上下していく。着地の瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収しようとするが、柔らかい砂かクッションに着地したかのようにフワリとした感触だった。
「……結構面白いな」
だんだんスラスター制御に慣れてきたユウは色々な機動を試してみる。走り幅跳びのように大きく跳躍してみたり、跳躍の途中で進行方向を変えてみたり。最終的にスラスターを存分に活用して後ろに宙返りまでやってのけた。まるで新体操の選手のように華麗なバック宙を決めたレフィオーネはスカートをヒラリと膨らませて着地する。
すると、視界の端でクレアが手を振っているのが見えた。どうしたんだろう。
「…………!」
どうやら、クレアが何か叫んでいるようだ。激しく動くため、クレアとヨハンのいる場所から少し離れた場所にいるので良く聞こえない。
ユウは二人の下まで戻り、レフィオーネから降りる。
「ユウ! 誰がバック宙までやれって言ったの! もし着地を失敗してレフィオーネを壊したりしたら殴るわよ!」
そう言いながら怒り心頭のクレアはユウの足にローキックをお見舞いする。鈍い痛みを感じながら、そういえばクレアは口や手が出るよりも先に足が出るタイプだったとユウは思い出す。というか、失敗しなかったから結果オーライなのでは?
「痛っ! ごめん、ごめんてクレア!」
「姐さん! 落ち着いて!」
ヨハンが後ろから羽交い絞めにするが、二人の身長差もあってあまり効果がない。ユウは必死に謝り倒し、数十分掛けてなんとかクレアの怒りを鎮めることに成功した。
確かに激しくやり過ぎたかもしれない。先の戦闘で機体を壊したばかりのクレアが新しい機体の事を心配するのは当然だ。ユウは少し反省する。
「さて、次はヨハンね。……わかってると思うけど、無茶な動きをしたら……」
「ウッス! 無理な機動はしません!!」
鋭く睨みつけるクレアの迫力にヨハンは冷や汗をかいている。ユウはその隣で正座をさせられている。
「いい? ヨハン。いくらアンタが理力甲冑の操縦が上手いといっても、限界があるからね? 少しずつ機体の動きに慣れていくのよ。ましてやバック宙なんかしたら……」
「分かってます! 分かってますから!」
ヨハンは逃げるようにレフィオーネへと乗り込む。その様子を見てクレアはため息を一つつく。
「あの、クレアさん。本当にすみませんでした」
「……フン!」
正座をしているユウは足の痺れと戦いながら、クレアのご機嫌をとる方法を考えるのに必死だ。これは好物のオムレツ程度では許してくれないかもしれない。そんな事を思いつつ、ヨハンが操るレフィオーネの方をぼんやり眺める。
「ユウもそうだけど、ヨハンもやっぱり上手いわね」
ぽつりとクレアが呟く。確かに、何度かの軽い跳躍でもうスラスターの動きを覚えてしまったようだ。やはりヨハンは理論よりも実践して覚えるタイプのようだ。それにしてもこの短時間で十分レフィオーネを乗りこなしてしまうとは、ユウのような召喚された人間でもないのに大した奴だ。いわゆる天才肌というやつか。
クレアが頃合いを見計らって大きな声で叫ぶ。
「ヨハンー! もう少し大きく動いていいわよ!」
レフィオーネの右手がグッとサムズアップをする。了解の合図だろう。するとヨハンは助走をつけて跳躍する。ユウがさっきやったように長く滞空するつもりなのだろうか。レフィオーネが放物線の頂点から徐々に降りていき、着地するその瞬間。機体の腰部スラスターが大きく展開し、圧縮空気が激しく噴出する。機体のつま先は地面に接触することなく、宙に浮いたまま滑るようにして移動する。手足とスラスターを器用に操り、右へ左へとまるでアイススケートを滑っているかのようだ。
「へぇ。上手いもんだな」
ユウは素直に関心する。ギリギリ地面に触れない程度に推力を維持しつつ、機体の全身でバランスを取りながら自在に動く。こんな芸当、自分には出来ないなと思う。
「確かに凄いけど……ちょっと、大丈夫かしら。少し調子に乗っていない?」
クレアも感心はしているが、やはり機体の方が心配のようだ。見ると、レフィオーネは時々バランスを崩しそうになっている。
「大丈夫だよ。ヨハンなら失敗しない……」
クレアを安心させようと声をかけた瞬間。圧縮空気の音が激しくなったと思うと何かが衝突したような音が辺りに響いた。
ユウは恐る恐るそちらの方を向くと、さっきまで華麗に滑っていたはずのレフィオーネが地面に前のめりになっているではないか。少し地面を削ってしまっているが、機体とヨハンは無事だろうか。と、真横にいる人物の事を思い出し、ユウは血の気の引く音が聞こえた気がする。すぐ横に立っている人物、クレアは……プルプルと震えている。ヤバい。めっちゃ怒っているぞ、これは。
ユウは急いでこの場から逃げ出そうとするが、長時間の正座で足がまともに動かせない。無理やり立とうと頑張るが、バランスを崩してその場に倒れてしまった。
「あの、クレアさん。落ちついて、ね? 落ち着いて話をしましょう?」
クレアは全身を怒りで小刻みに震わせながらも、その笑顔をユウに向ける。あ、本気で怒っていらっしゃる。
「何やってんのよ、あのバカー!!」
「痛い!!」
クレアは憤怒の蹴りを今ここにいないヨハンの代わりに、地面に突っ伏していたユウに浴びせるのだった。
幸い、レフィオーネに大きな損傷はなく、装甲の表面がいくらか削れただけだった。しかし、クレアは一日中機嫌が悪くなってしまい、先生はせっかく綺麗に塗装した装甲を台無しにされたとプリプリ怒ってしまい、ボルツからはこういう使い方は想定していないと小言を食らってしまった。
「うう、なんで僕まで怒られるんだよ……」
「……すみませんすみません……」
その日、ユウとヨハンは罰として格納庫で一日中正座で反省させられてしまったのであった。




