第二十一話 滞空・2
第二十一話 滞空・2
「なに? 連絡が途絶えた?!」
男が懐疑的な声でもう一度聞く。
「本当に連絡が無くなったんだな?」
とある作戦室。数人の軍人が忙しなく歩き回っているなか、中央に陣取った大きな机の横で無線を担当する技官が改めて報告する。
「はっ、作戦途中の定時報告が来ておりません」
男は椅子にどかっと座り込む。そんなバカな、という顔を必死にごまかすが、彼の部下がチラチラとこちらを伺っている。彼は新型輸送機の開発を指揮しているオーバルディア帝国の軍高官だ。今は輸送機の最終訓練を兼ねた作戦に指揮していた。そう、新型の輸送機とは先の戦闘でクレアとレフィオーネが撃墜した機体のことだ。
「連合に撃墜されたと思うか?」
「どうでしょう……。すぐ近くに味方の部隊がおりませんので、詳細は不明です。しかし、襲撃されたという連絡すら無かったので、連合に落とされたとは考えにくいのですが……」
「それならば機体の不調だとでも?」
「可能性で言えば……。突発的な機体の故障で通信をする間もなく墜落したと考えるのが妥当ではないでしょうか」
男はそれこそバカな、と心の中で呟く。この新型輸送機は帝国の最新鋭の技術を以て作られた、宙を滑るように移動出来る機体だ。地形に依らず一定の高速で移動出来るこの輸送機は、馬車や理力甲冑と比較して大きな輸送力を持つ。
多少は生産コストがかさむが、それでも早く実用化と全軍に配備しなければならないため、責任は重大だった。なので、一連の開発から実機の試験は細心の注意を払ってきたし、これまで大きな事故も無かった。それが、最後の試験で突然の故障? それも二機ともがそろって重大な事故だと?
ドンッ!
彼はあまりの怒りに、目の前の机に自分のこぶしを思わず振り下ろしてしまった。その衝撃で作戦のために地図の上に置かれていた、部隊を示す駒が何個か机から落ちてしまった。
「もし墜落したなら、どこかに残骸が残っているはずだ! 急いで一番近くの部隊に回収を急がせろ! 部品の一つ、ネジ一個でも連合の奴らに拾わせるな!」
その怒号で彼の部下は全員、一瞬動きを止めたがすぐに回収のための部隊を選定し任務を伝達する作業に入った。
(こんなところに来て作戦が失敗だと……?! 重大な欠陥などなかったハズだ……。現に、以前のクレメンテ偵察の時は全く問題が無かった。だからこそ開発は最終段階に入ったのだ……。いや、まてよ? そういえば、クレメンテでは例の白鳥と試作機が目撃されたという報告があったが……まさか?)
もし、それらの目撃情報が正しければ、あの女もそこにいるはずだ。そうだとすれば、こちらの新型輸送機の事をある程度知っている人間の一人だ。なんらかの方法で作戦を察知して撃墜してみせたのか?
そこまで考えて男は頭を振る。いや、まさか。たとえ事前にこの最終試験を兼ねた作戦を察知したとしても、高速で移動する輸送機を撃墜出来る方法など、無いに等しい。いかに理力甲冑といえど、そこまでの長距離射撃が出来る機体と操縦士はまずいない。そう、それこそ、空を飛んででもいない限り。
やはり機体になにか重大な欠陥があったのだろうか……。
「急げよ! 我々の働きによって帝国の軍事力はさらなる飛躍を遂げるのだぞ!」
ホワイトスワンがクレメンテの北、広大な湖を縦断したのは予想通り真夜中の事だった。一行はすぐに駐機できるような広い場所を探し、休息を取ったのであった。特にボルツは殆どホワイトスワンの操縦にかかりっきりだったので疲労が激しかったのだ。本人はいつもの抑揚のない調子で、何、これくらい平気ですよと言うが、さすがに真夜中に移動するのは危険だ。まだまだ道のりは長い。
そして、次の日。ボルツの体調を考慮して出発は昼前となった。そこでこの空いた時間を利用して、先ごろ初飛行を成功させたばかりのレフィオーネの試験飛行を行うことになった。一度成功したからといって、次も成功するとは限らない。先生によると、今のうちに様々なデータを取得し、それらを機体に反映、もしくは次代の飛行型理力甲冑の経験値とするらしい。
まずはクレアが通常の飛行能力を計るため、昨夜渡ったばかりの湖の浅瀬部分を飛ぶことになった。昨日の戦闘ではどちらかというと、勢いで初飛行に臨んだ部分もあったクレアは少し緊張した面持ちでレフィオーネの操縦席に入る。
「大丈夫、昨日は上手く飛べたじゃない」
自分にそう言い聞かせるが、よくよく考えると空を飛ぶという事は結構怖い。しかし、恐怖を感じると同時にあの時感じた心地よい加速感、広がっていく視界、空を飛ぶという感覚。まるで鳥になったかのような解放感。あの感じは忘れたくても忘れられない。
意を決してクレアは操縦桿を握る。いつものように理力甲冑を起動させると、何かが高速回転するような高音に加え、機体背部に搭載された理力エンジンが吸気と排気の音を小さく響かせる。飛行用のスラスターはまだ吹かさないのでアイドリング状態といったところだ。
「先生、起動したわよ」
すると無線から先生の声が聞こえる。先生は今、ブリッジでもう一つの試験を行う準備をしているはずだ。帝国の輸送機を探知した例のレーダーを実用化に向けて調整するとの事だが、どうも上手くいっていないらしい。
「こっちはもう少しかかりそうデス。クレア、先にスワンの外に出て理力エンジンの稼働テストをやっていて下さい!」
クレアは待っているのもしょうがないので、先生の言う通り先に試験を始めようとする。レフィオーネが格納庫を静かに歩いていく。機体が構造の限界まで軽量化されているためか、それまで乗っていたステッドランドと比べてかなりフワフワした乗り心地だ。こんなに軽いのでは先生の言っていた通り、互いの重量が大きく影響する格闘戦などは以ての外だ。なるべくなら、いや、絶対に敵と接近しないように気を付けよう。
レフィオーネはホワイトスワンのハッチから出ると、すぐ横の広い草原へと歩みを進める。ここはすぐ向こうに大きな湖が見え、辺りはなだらかな草原が広がっている。任務ではなく、純粋に遊びに来たのなら気持ちのいい場所だっただろうに。
「さて、まずは準飛行状態、っと」
クレアは操縦桿の付け根、その下に増設されたいくつかのスイッチ類のうち、ダイアルをカチリと回す。すると理力エンジンの音が少し大きくなり、操縦席からでは見えないが、レフィオーネの腰部に設けられた飛行用スラスターが展開する。それに合わせて目の前のモニター左下部が赤くなる。ここにはレフィオーネの簡単な図が表示されており、この図の変化によりスラスターの稼働状況や今の準飛行状態などを簡易的に知らせてくれるのだ。
「えっと、準飛行状態の動き方は……」
クレアは先生から貰ったマニュアルを思い出す。準飛行状態とは、腰部スラスターを適時展開することで跳躍などの補助に使う状態だ。飛行出来ない地形環境や、理力エンジン及びスラスターの不調などの時にこの状態で戦闘を行う事が想定されている。先にも言ったが、このレフィオーネは接近・格闘戦に向いていない。訓練も兼ねて、万が一の時の回避行動にも慣れておいた方が良さそうだ。
レフィオーネが軽く前方へ跳躍しようとすると、腰のスカートが翻るように可動し、スラスターから圧縮空気が排出される音がする。するとレフィオーネは見上げるような大きさの理力甲冑とは思えないほど、軽やかな跳躍を見せる。宙にいる間も圧縮空気は噴出しており、まるでそこだけ重力が弱くなったかのような滞空だった。レフィオーネのつま先が再び地面に触れる瞬間、その一瞬だけ圧縮空気の勢いが増して着地の衝撃を緩和する。
「ほんと、凄いわね……」
スラスターの可動や推力の調整は通常の理力甲冑の操縦と同様に、操縦桿を通じて理力をその部位に
送ることで操る。スラスターに送る理力を強くイメージすればそれだけ強い推力が、逆に弱くイメージすればほどほどの推力が発揮される。スラスターの向きも同様に操作することでこのレフィオーネは飛行時の細かな調整を行っている。
しかし、本当に凄いのはこれらの操作を補助している機構だろう。人間のイメージとはかなりあやふやなもので、頭の中で考えていることを正確に抽出することは難しい。特に理力甲冑に初めて乗った際、頭の中でいくら精巧に歩くイメージを浮かべてもまともに歩けるものは少ない。それを繰り返すことでイメージと実際の動きのズレを補正してくことが最初の訓練ともいえる。
「ここまでイメージとのズレが無いなんて、一体どうやったらこんな機械を作れるのかしら」
クレアは機体を右に左に、前へ後ろへと跳躍を繰り返すが、まるで何年も乗り慣れた機体のようにレフィオーネは動いてくれる。
「あー、クレア聞こえるデスか? ちょっとこっちは手が離せないデス。ユウとヨハンに準飛行状態やらせて、スラスターの動きを慣れさせてやって下さい」
無線から先生の声が聞こえる。まだかかりそうなのか。仕方がない、ユウとヨハンを呼ぶか。
「姐さん!」
見るとホワイトスワンからヨハンがこちらに走ってくる。ユウも一緒だ。クレアは機体を膝立ちにさせ、操縦席から勢いよく飛び降りる。
「これから呼びに行こうと思ってたのに、丁度いいわね」
「はい! 訓練に備えて待機していました! ずっと見てましたけど凄いッスね!」
「うん、理力甲冑とは思えないほど軽やかな動きだね。さすがクレア」
見られていたと思うと何故か恥ずかしい。いや、そんな事より訓練だ。きっちり教えて操縦法を覚えてもらおう。
「いい、二人とも。まずは飛行訓練の前にさっき私がやってた準飛行状態で機体の操作に慣れてもらうわよ。まず、スラスターの動きなんだけど……」
クレアは再び先生のマニュアルを思い出しながら説明する。機体の動きと連動するスラスター、安定翼の働き、推力の調整……実際に動かしてみて感じた事も加えながら解説していく。多少怪しいところは後で先生に補足してもらおう。
「……という感じね。これで一通りは説明したけど、なにか分からないところはある?」
クレアは二人を見る。ユウはなんとか理解してくれているようだ。……ヨハンは多分、殆ど理解していなな。
「とりあえず、ユウ。アンタから乗ってみて」
「えっ! 先に俺を……」
「ヨハン、あんたにはもう一度最初から説明するわ。ちゃんと話を聞きなさい。じゃ、ユウ悪いけど一人でやってみて」
「うーん、大丈夫かな……?」
ユウはそう言いつつもレフィオーネの方へと歩いていく。それを羨ましそうに眺めるヨハンにクレアは先ほどの説明をもう一度、最初から始める。




