第十九話 試作機・2
第十九話 試作機・2
「先生、試作機はいつから始めます? 改造の構想はもう出来ているんでしょう?」
ホワイトスワンの食堂で昼食をとる中、ボルツが切り出す。
「そうデスね。これ食べたらやっちゃいましょう。後で仕様書を渡すので目を通しておいて下さい」
「……あの、今、改造って言いました?」
クレアの顔は少し引き攣っている。それもそうだ、そんな話は聞いていない。
「? そうデスよ? あれ、言ってませんでしたかね。まあ、いいデス。この際だから、軽く説明しておきましょう」
先生はそう言うと食べ終えた皿を片付け、食後のお茶を一気に飲み干す。
「まず受領した試作機ですが、こいつはぶっちゃけ欠陥機デス。そのままじゃ、まともに戦闘出来ません。開発コンセプトが可能な限り機体を軽量にするというものだったんですが、フレームや装甲を削り過ぎた結果、格闘戦どころか全力で走ると機体が歪んじゃうほどアレな結果になったらしい欠陥機中の欠陥機デス」
クレアをはじめ、ユウとヨハンもそれを聞いてあきれた顔になってしまう。なんでそんな機体を貰ってきたんだろう。いや、もしかしてそんな機体だからこそ軍はこれ幸いと押し付けたのだろうか。
「機体の軽量化という点は色々と利点はあるんデスよ。生産コストの削減や機体を移送するのが楽になりますからね。その反面、さっきも言った通り、やり過ぎると機体の剛性が低くなってしまい戦闘に支障が出ます。そこら辺はギリギリの所を突き詰めるんデスが、この機体はちょっと極端になっちゃったみたいデスね」
「逆に重量化すると機体の装甲も厚く、格闘戦も有利になります。しかし、足回りの不具合や生産コストの増大、移送にも一苦労するという欠点が出てきます。シン君のグラントルクはその境界線を上手く実用的な範囲に収めているんですけど、今度は理力が一定以上必要という問題が出てしまっていますがね」
ボルツがお茶をすすりながら補足する。重量がかさむとその分だけ各部を動かすのに必要な人工筋肉が増えてしまい、強い理力の持ち主でなければまともに動かせない。さらに重いということはそれだけ慣性の影響を受けるため、同じ動きをしていても重い機体の方が扱いが難しくなるというわけだ。
「とまぁ、そんな殴ったら一撃で破壊されそうな貧弱な機体ですが、利点が一つだけあります。それはめちゃくちゃ軽いという事です」
先生は指をズバッと突き出して言う。が、ユウにはその意味が分からない。
「あれ? 先生、さっき軽すぎるから機体の剛性が低いって話だったんじゃ?」
「フッフッフッ、ユウ。世の中にはある視点からでは短所でも、見方を変えたりその短所を突き詰めることで逆に長所になることは良くあることデスよ。今回の改造案はその軽すぎる機体を生かしたものなんデス」
うーん、そういうものなのか? ユウには先生の言わんとしている事が分かるような、分からないような、モヤっとした気分になってしまう。
「それで先生! 具体的にはどんな機体に改造するんですか!」
なかなか本題に入らないのでしびれを切らせたヨハンが勢いよく質問をする。確かにユウも知りたかったし、クレアも心なしかソワソワしているようだ。
「フム、それでは今回の改造案デスが…………」
…………先生は止まった時計のように動かなくなってしまった。どうしたんだ、一体。
「あの、先生……?」
「……今回の改造案は……内緒です!」
……内緒……?
「あの、内緒って……」
先生は何故かドヤ顔で胸を張っている。期待させておいてなんなんだ、この人は。
「やっぱりよく考えたら、今ここで発表するよりも完成してからお披露目した方がインパクトが大きいじゃないデスか!」
ああ、先生はこういう人だった、と三人は心の中でうなだれる。そしてボルツはいつもの疲れ気味の顔をそのままにお茶をすすっていた。
それからの先生とボルツはまさに激務という言葉では足りないほどの忙しさだった。最初の二日ほどは早朝から工房へ出かけていき、深夜遅くにホワイトスワンに帰っていた。しかし、それから先は二人とも工房で寝泊まりをし始め、食事もユウ達が届けなければ食べないということもザラであった。
「先生ー、ボルツさーん。夕食はここに置いておきますよー!」
今夜も二人は遅くまで作業をするのだろうか。そろそろ心配になってしまう。
「おおー。クレアー。今日もアリガトーデスー」
先生が凝り固まった首筋を揉みながら工房の入り口に設けられた休憩スペース兼二人の寝床兼食堂である大きな机の前までやってきた。先生の目の下にはクマが出来ており、髪もボサボサ、白衣も機械油やなんかで汚れている。それに……。
「先生、最後にお風呂入ったのいつですか……」
「もしかしてちょっと匂うデスかね……。今日はスワンに戻ってお風呂に入るとしますか!」
「ついでにその着てるのも洗いますよ。何日同じの着ているんですか」
先生は自分の服をスンスンと嗅いでいる。ユウの世界には洗濯機という自動で服を洗ってくれる機械があるらしいが、この世界では洗濯板に手洗いが基本だ。それにしてもこれは手ごわそうな汚れだ。
「ああ、クレア君。いつもすみませんね。ここの人にも手伝って貰っているんですが、どうしても早く仕上げなきゃいけませんからね」
と、ボルツが油で汚れた手をウェスで拭きながらこちらに来る。先生と同様に、いつもの疲れた顔がさらに疲れている。それに年季の入ったツナギはかなり汚れている。これは覚悟して洗濯に臨まねばなるまい。
「ボルツさんも今日はスワンに戻ってちゃんとお風呂入って寝てください。いい加減、ヤバいですよ?」
クレアが鼻を摘みながら指摘するとボルツはそうですか? と脇の辺りを嗅いでいるが、やっぱりヤバイ。クレアが食事と一緒に持ってきた綺麗な手拭いを彼に渡すと、眼鏡をはずして顔をゴシゴシと拭き始めた。
「そうですね、とりあえずはひと段落つきました。残りはスワンでも作業できますし、もう二~三日したら出発しましょうか」
「明日、装甲を取り付けたらスワンに機体を搬入しましょうか。それよりユウの作ってくれたご飯を食べるデスよ!」
そういって先生は席についてご飯を勢いよく食べ始めた。よっぽどお腹が空いていたのだろうか、一心不乱に口を動かしている。ボルツもよっこいしょと声を出しながら座る。ちょっとオッサンぽいですよ、ボルツさん。
クレアは二人が食べ終わるまで工房の中を見学することにした。二人の様子を見に来たり、今のように食事を運ぶことは何度かあったが、ちゃんと中を見て回ることはなかった。理力甲冑が直立してもまだ余裕のある天井には二基のクレーンがぶら下がっており、その先には一抱えもある大きなフックがついている。壁には背の高い棚がいくつも連なっており、さまざまなパーツや工具が置かれている。クレアも整備中に使ったことのあるような工具から、見たことも無いほど大きく何に使うのか分からない工具まで数多く揃っている。
床には理力甲冑のパーツと思しき歯車や装甲、機材が所狭しと散らばっている。クレアはそれらを踏まないように気を付けながら奥へと進むと、天井の照明で照らされた理力甲冑のシルエットが見えてきた。装甲が殆ど外された状態だが、それでもかなりの細身であることが分かる。骨格もステッドランドやアルヴァリスと比べて細く、華奢な印象を受ける。もともと軽量な機体という事は聞いていたが、これは見ていてちょっと不安になる線の細さだ。
「ん? なにかしら、アレ?」
クレアは機体の腰に取りつけられている機械?に目が留まった。腰から放射状に伸びたいくつかのフレームと見慣れぬ機械が組み合わさっている。その機械からは何本もの配管が生えており、その全てが背中へと続いている。そういえば他の機体よりも背中が盛り上がっているような。
「クレアも気になりますか! この機体の秘密が!」
いつの間にか先生が後ろに立っていた。急いで食べたせいか、口の周りが少し汚れている。
「この機体は世界で初めての機体になるデスよ~! そしてクレアはその初めての操縦士になるデス! おっと、まだその秘密は教えられませんけどね!」
クレアは機体の骨格がむき出しになっている頭部を仰ぎ見る。むき出しの配線や観測装置ばかりなのに何故だろう、どことなく女性らしい顔つきに見える。
「先生、この機体の名前は決まっているんですか?」
「いえ、候補はいくつか用意してますけど」
「じゃあ、私に決めさせてください」
「ん、いいデスよ。もう考えてあるんデス?」
クレアは目を閉じる。頭に浮かんだイメージが言葉になっていく。
「…………レフィオーネ」
「ほう? 確か土着の古い神様の名前デスね?」
「そう、天空に住んでいる女神様。昔、子供の頃に一度だけ読んだ絵本にその女神様のお話が載っていてね。すごく好きなの」
「この機体にピッタリな名前デス。今日からコイツの名前はレフィオーネに決まりデス!」
新しいクレアの理力甲冑、レフィオーネを見上げるクレアの顔は勇ましくも優しい笑顔だった。




