第十八話 湿地・3
第十八話 湿地・3
「ん? 急に大人しくなったな?」
ユウは先ほど固定した筒から覗いていたネマトーデが動かなくなっていることに気付いた。どうやら死んでいる訳ではなく、小さく縮こまっているようだ。どうしたんだろう。
「ねぇ、クレア? コイツら、どうした……?!」
ユウがクレアに話しかけようとそちらを向いた時、ステッドランドの後ろに巨大なヘビが鎌首をもたげているのが見えた。
「クレア! 後ろ!」
ユウがアルヴァリスの無線機に向かって叫ぶと同時に、大蛇はクレアのステッドランドに音もなく襲いかかってきた。一瞬の反応が遅れたクレアは何が起きたのか分からなかった。
「くっ……! 何なのよ!」
大蛇はクレアのステッドランド目掛けて飛びかかり、右の肩口に噛みついてきた。メリメリと音を立てて右腕がおかしな向きに曲がっていく。このままでは不味いと判断したクレアはステッドランドの腰に装備されているナイフを取り出す。サバイバルナイフを理力甲冑のサイズまで巨大化させたようなナイフを逆手に持ち、噛みついている大蛇に向かって振り下ろす。
「キシャャァァ!」
鋭い切っ先のナイフは大蛇の右目を貫く。目を潰されたからか、大蛇はとっさに後ろへ飛び退く。ステッドランドの噛みつかれた肩は間接から破壊されており、千切れていないのが不思議な位だ。クレアは動かない右手から長銃をもぎ取る。
「クレア!」
「姐さん!」
突然乾いた破裂音が響いたかと思うと、大蛇がその長く大きな胴を素早く左右に動かせ、その周囲の地面が小さく爆ぜる。ユウとヨハンが助けに来てくれたのだ。
「ユウ、ヨハン! 気をつけて! かなり素早いわよ!」
アルヴァリスがライフルを何発か連射するが、大蛇は頭を低くして器用に避けていく。この前のオニムカデと同じ位の大きさだが、その機敏さは比べ物にならないほど速い。
「姐さん! どうしますか?!」
アルヴァリスとヨハンのステッドランドはゆっくりとクレア機を守るように近寄る。大蛇の方はこちらの様子を伺っている。
「こっちは右手以外大丈夫! とりあえずユウ、銃で牽制して! 奴は近づかなきゃ攻撃手段は持っていない! ヨハンはその隙をついて近接攻撃、でも油断は禁物よ!」
ユウが大蛇のいる周囲をライフルで掃射すると、ヨハンは一気に走り出す。ステッドランドが走るとぬかるんだ土が激しく舞い上がるので走りにくそうだが、ヨハンは苦も無く大蛇へと接近する。ステッドランドは二刀を構えると大蛇の長い胴体を斬りつける。一撃目は見た目よりも固い鱗に阻まれたが、二撃目はなんとか刃が通った。しかし攻撃が浅かったようで、思ったほどのダメージはないようだ。
「くそっ! 思ったより硬いな!」
「ヨハン! 一度下がれ!」
ユウの呼びかけでヨハンのステッドランドは後ろへ跳躍して距離をとる。その後、何度かアルヴァリスの牽制とヨハン機の攻撃を行うがいまだ決定打にはならない。
「こうなったら撤退も視野に入れなきゃいけないか……?」
クレアがそう考えていると、大蛇が妙な動きをしだした。尻尾をこちらに向けて何故か振り回している。よく見ると、尻尾の先には鱗が変化したものだろうか、小さなトゲ状のものが無数に生えていた。もしかして……?
「ヨハン! ユウ! 気を付けて! アイツ、飛ばしてくるわよ!」
二人がクレアの忠告を理解した瞬間、大蛇の尻尾が鞭のようにしなった。アルヴァリスとヨハンのステッドランドは体を守るように盾を構えると、その盾に小さなトゲがいくつも突き刺さる。
「うおっ! なんだコレ!」
「尻尾のトゲを飛ばしてきたのよ! ほら、次が来るわ!」
大蛇は先ほどと同様に尻尾を鞭のようにしならせる。今度はもっと大きく振り回していると感じたクレアは大きく飛び上がる。クレアのステッドランドのつま先にトゲが刺さったが、なんとか着地は出来た。しかしこのままでは埒が明かない。
「ユウ! ヨハン! アイツの注意を引き付けて!」
クレア機は無事な左腕のみで長銃を構える。しかし片腕のみで支えると照準が合わせにくい。
「ユウさん! そっちからお願いします!」
ヨハン機が二刀を振りかざして大蛇の頭部を斬りつけ、ユウのアルヴァリスは胴体と尻尾をライフルで射撃する。大蛇は突然の猛攻にわずかに怯んだが、すぐに長い胴をよじらせて応戦する。クレアは落ち着いて照準を大蛇の頭部に合わせる。激しく動く大蛇はヨハンの絶え間ない攻撃で少し動きが鈍くなってくる。
ヨハンのステッドランドが高く跳んだかと思うと、落下の勢いを乗せた二刀を大蛇の上顎に突き立てる。そのまま、地面に大蛇ごと突き刺して動きを止めた。
「クレア姐さん!」
「分かってるわ……よ!」
クレアのステッドランドが構えている長銃は静かに大蛇を狙う。クレアは短く息を吐き、そして止める。ステッドランドの左手人差し指が滑らかな動きで引き金を引くと、その長銃は乾いた発砲音と共に弾丸を吐き出す。放たれた弾丸は大蛇の残った左目を貫通し、首から抜けていった。短い断末魔と共に大蛇は全身を痙攣させ、すぐにぐったりと脱力する。
「ふう、なんとかなったわね」
「あー、こりゃ骨格から破壊されてるデスね。ちょっと修理は難しいデスよこれは」
先生は破壊されたステッドランドの右肩を見ている。見た目にはまだくっついているが、今にも引きちぎれそうだ。
一行は大蛇を退治した後、急いでホワイトスワンに乗り込んで逃げるようにその場を離れた。ホワイトスワンも速度が乗ってきたことで魔物に襲われる心配も無くなったところ、先生に見てもらっている。しかし、先生は難儀な顔をして機体の肩を弄っている。
「うーん、胴体側の関節までイカレてるデスね……。これ、修理するよりも新造した方が早いし安上がりデスよ、きっと」
「え、そんなに酷いんですか? 右肩から交換するだけじゃ?」
ステッドランドの下で様子を見ていたクレアが狼狽える。素人目にはそこまで破壊されたようには見えないが……。
「そうデスね、これがもう少し胴体側から離れて噛みつかれていれば右肩から交換で済んだと思います。でも、今回は肩との接合部、関節部まで歪んでしまっているんデス。こうなったら一度、胴体の骨格をバラバラに分解して歪んだ箇所を補正しなくちゃいけないんデスが、ここまで曲がった金属を再び元に戻すことは非常に難しいし、戻ったとしても以前の強度は出ないんデス」
「嘘……うわぁ、どうしよう……替えの機体なんて回してもらえるかしら……」
クレアは頭を抱えてしまう。敵の攻撃でいくらか機体が損耗することは最初から折込済みだが、こうも早く機体が駄目になってしまうとは。
「……クレア、確実ではないデスが、理力甲冑の当てがありますよ」
先生はニヤリと笑みを浮かべるが、クレアはどうせまたろくでもない事だろうなぁと思うのであった。




