第十八話 湿地・2
第十八話 湿地・2
そして場所は代わり、ここはクレメンテの北西。この一帯は広くなだらかな地形だが、人の手による開発は一切行われていない。何故ならこの周辺は湿地帯が広がっており、人が住むのに適していない。大小様々な河川や池、沼があちこちに散らばっており、水辺の動物や渡り鳥が多く生息している。そして、魔物も。
「霧が深くなってきたわね……」
クレアがポツリと呟く。ホワイトスワンのブリッジから見えるのは白い霧ばかりで遠くが見渡せない。幸い、この辺りは低い木がまばらにしか生えていないので航行には支障がない。
「ユウ、そろそろ準備はいい?」
無線機に向かって聞くと、わずかな間の後、不満な声で返事が聞こえる。
「……ああ、こっちはいいよ」
「大丈夫よ。とって食われる訳じゃないし、それにアルヴァリスに乗っているんだから」
餌であるユウは念のためにアルヴァリスに搭乗することになった。いくら数が多くても理力甲冑を破壊できるほどの脅威ではないが、それでもユウの機嫌はよろしくない。
「姐さーん、仕掛けの方は準備出来ましたよ!」
ヨハンから無線が入る。あとは罠を設置し、餌を撒くだけだ。……後でユウのご機嫌をとらなきゃ、とクレアは考える。何がいいかしら?
ボルツは霧で視界が悪いなか、ようやく開けた場所を探し当てる。そこへホワイトスワンを空中で停止させた。この辺はぬかるみが多く、ホワイトスワンの重量では沈んでしまうからだ。
「ユウ、いいわよ」
クレアの合図でユウが搭乗しているアルヴァリスがホワイトスワンから飛び降りる。その手には細長い筒の様なものを持っていた。この筒の中には理力甲冑にも使われている理力を人工筋肉に伝達する金属線が張り巡らしてある。この筒を地面に撒いておくと、ユウの理力に反応してネマトーデが引き寄せられて筒の中に入るという仕組みだ。
「それじゃあユウ、あとは手筈通りに」
「……了解」
ユウはぶっきらぼうに言いながら、手にした捕獲用の筒を辺りにばら撒いていく。筒の先には金属線が出ており、その先はアルヴァリスの腕に伸びている。腕の人工筋肉に伝達する理力を分岐させているのだ。
「こんなものかな?」
アルヴァリスを中心として筒を360°均等に並んでいる。準備は完了した。
(腕に理力を送るイメージ、と……)
ユウはアルヴァリスの腕に理力を伝達する。すると、アルヴァリスの指や腕がピクピクと反応している。こんなもので本当に誘き寄せられるんだろうか?
……すると、周囲に異変が起こる。地面が筋状に盛り上がっていくのだ。何かが地中を移動しているのか? それが色んな方向からまっすぐアルヴァリスを目指している。
「えっ? もう食いついたのか?」
ユウは驚きながらも操縦捍を握る力は緩めない。どんどん地面に描かれる模様がアルヴァリスに近づいていく。と、ほぼ一斉に進行が止まったかと思うと、何かが地面から飛び出してきた。白っぽくツルツルした体、ミミズのように細長い体、頭と思われる部分はのっぺらぼうのように何も無い。コイツがディ……ナントカ・ネマトーデか。
「うわっ、こんなにいるのか!」
ユウは白く細長い魔物が筒に群がる様子を見て圧倒される。ざっと数えて50~60匹はいるんじゃないか? 今、撒いた筒は30本。そこに一匹か二匹入る位の大きさだというが、これではすぐに一杯になる。
凶暴という話だったが、筒に向かって猛烈に突き進む姿を見るとあながち間違いではないのだろう。どうにかして筒の中に潜り込もうと、何匹かは筒に巻き付いたり体を打ち付けるものもいる。今はアルヴァリスに乗っているからいいが、流石に生身でコイツらの近くには行きたくない。
「ヨハン! 次の準備を進めといてくれ! 入れ食いだ!」
ユウは頃合いを見て筒を手繰り寄せる。中に入りきらないネマトーデがアルヴァリスの方に寄ってくるが、お構いなしに蹴散らす。ユウは筒をホワイトスワンで待機していたヨハンのステッドランドに渡す。そしてすぐさま、次に用意していた空の筒と交換していく。
念のため多めに用意していた筒を全て使いきるのにそう時間は掛からなかった。捕まえたネマトーデも、目算だが100匹を優に超えているだろう。
「クレア! 見てよ! こんなに取れた!」
アルヴァリスはネマトーデで一杯になった筒を持ち上げる。周囲を警戒していたクレアはそちらに視界を向けないように気をつけながら、適当に相づちを返す。
(なんで、こんなのではしゃげるのかしら? これだから男の子ってやつは……)
ユウはいつの間にか機嫌が直っていて、クレアは少し呆れている。筒は入り口が返しになっているので一度入り込むと出られない構造だ。しかし、もともとディエノス・ネマトーデを捕獲する為の大きさではないので、尻尾の部分がビチビチとはみ出し暴れている。あまり見ていて気持ちのいいものではない。
「ユウ、いいからさっさと撤収の準備をしなさいよ? あんまり長居は出来ないんだから」
クレアは再び周囲の警戒する。この辺の湿地は様々な動植物が生息している。珍しい植物や見たことの無い魚や鳥が数多くいるのだが、それと同様に魔物も多く住み着いているのだ。特に今は霧が出ているので、見通しが利かない。クレアとしてはこんな危険な場所はさっさと離れたいのだ。
「よし、クレア! 全部片付いたよ!」
捕獲用の筒を固定するのに少し時間がかかったが、無事に終わったようだ。
「ボルツさん? そろそろ出発するからそっちも準備しておいてください」
クレアはユウとヨハンの機体を先にホワイトスワンへ乗せる。ホワイトスワンが動き出せば、かなりの大型な魔物でない限りは振りきれるのだが、こういう停止状態に襲われるのはまずい。
クレアがもう一度、周囲の様子を伺った時、なにかが動いた気がした。その方向をじっと見るが、生い茂る低木と草ばかりだ。
「茂みが多いし、天然の保護色を纏ってたら全然分からないわね……」
クレアが愚痴をこぼしながらステッドランドを反対の方へ向ける。……その背後に音もなく忍びよる影があるが、クレアはそれに気付いていないようだ。口の先からチロチロと舌を出して近づいていくソレはいつの間にかクレア機のすぐそばにまで迫っていた。




