第十八話 湿地・1
第十八話 湿地・2
「と、言うわけで! これからオマエ達にはこの魔物を捕獲してもらうデス!」
作戦室兼食堂に集まった面々は黒板に注目する。そこには先生が描いた魔物の絵があった。いや、これは魔物か? ユウにはミミズか、それとも一本のうどんにしか見えない。
「あの、先生。これは……?」
「この魔物はディエノス・ネマトーデ。かなり原始的な体構造をしている魔物デスね。この見た目からジャイアントワームって呼ばれることもあるそうデス。体色は半透明か白色、体長は約1~2メートル、直径約5~10センチの細長い体をしてるデス」
ユウはその大きさと形、そしてウニョウニョ動く姿を想像して少し身震いする。この前のオニムカデもそうだが、この世界の魔物はちょっとデカ過ぎやしないか。
「アルヴァリスの人工筋肉を作るって話は聞きましたけど、それがなんでこの魔物を捕獲する事になるんです?」
ヨハンは椅子にもたれ掛かりながら質問をする。そこへ先生が人差し指をズバッと向ける。
「そう、このディエノス・ネマトーデを捕獲する理由、それはコイツが人工筋肉の原料だからデス! 新型の人工筋肉を作るにはコイツがたくさん必要なのデス!」
……このミミズもどきが人工筋肉の材料だって? ユウとヨハンは顔を合わせる。こんな魔物がどうやって筋肉になるのだろう。
「まあ、皆が知らなくても当然デス。この辺の技術は軍の機密……ほどではないデスが、そこそこのセキュリティで守られている情報なんデス」
理力甲冑に関する技術は基本的に軍が独占しており、その一部が民間に小出しされているのである。人工筋肉に関しても、製法や材料などはほとんどの一般人には伝わっていない。
「現在の人工筋肉には別の種類のネマトーデが使われているんですが、それだとユウの無茶な操縦に耐えられません。そこでより大きく強い体を持つディエノス・ネマトーデを人工筋肉に用いることで、従来のものより最大収縮力は20%、耐久性はなんと30%増しも夢じゃないのデス!」
先生の話は理論値のものらしいが、それでも大幅な性能向上は見込めるとの事だ。しかし、ユウは何か引っ掛かる感じがする。
「あの、先生。それだけ凄いなら、皆どうしてそのディエノスなんとかを使わないんですか?」
先生は笑顔のまま、答えようとしない。どうしたんだ。
「それはですね、養殖の問題があるからですよ」
ボルツが代わりに説明する。養殖? ユウにはさっぱり分からない。
「現在、人工筋肉に使われているのはリディエル・ネマトーデという種類です。こいつはディエノス・ネマトーデと比べて体も力も一回り小さいですが、繁殖方法が昔から確立しています。つまり、比較的簡単に数が増やせるんです。そして、もうひとつの理由。それは凶暴性です」
ユウとヨハンは嫌な予感がする。
「このディエノス・ネマトーデはけっこう凶暴な性格でして、人や他の魔物を襲います。だから養殖には向かず、大人しいリディエル・ネマトーデが現在、人工筋肉の原料として選ばれている理由です」
「あの、その凶暴なやつをこれから捕まえるんですか……?」
ユウは恐る恐る聞いてみる。
「ま、大丈夫でしょ。こっちは理力甲冑に乗ってるんだから」
クレアは他人事のように言う。いや、実際のところ、本当に他人事なのだ。
「いや、姐さんは出撃しないじゃないっスか……」
「なに言ってんのよ。私にはこのホワイトスワンを守るという大役があるんだから」
それを言われるとこっちは何も言えなくなる。このメンバーで状況を的確に判断出来て、かつ長距離射撃が得意なのはクレア一人だ。拠点を守るにはうってつけ、というわけだ。
「そこら辺はなんでもいいデス。とにかく、ユウとヨハンにはこのディエノス・ネマトーデをたくさん捕まえて来て欲しいのデス。具体的には100匹ほど」
「ひゃ、100匹……!」
こんなよく分からない魔物を100匹も捕まえる、とは。一体どうやってなんだろう。まさか、一匹ずつ手づかみじゃないよな。
「そこら辺はちゃんと考えていますよ。クレアが軍から借りてきた捕獲用の罠があるデス」
そう言って、先生は黒板に丸い筒の様なものを描く。
「なるべく生け捕りにするのがベストデスね。なので今回の捕獲には餌と檻を使います。檻の中に奴等の餌を入れておびき寄せるんデス」
なるほど、それなら100匹くらいはなんとかなりそうだ。
「それで、その餌は何ですか? 何かの肉とか?」
「えーと、まぁ、それはほら、ネ?」
先生はとびきりの笑顔で誤魔化す。なぜだか、ユウには嫌な予感しかしない。仕方ないので再びボルツが説明する。
「このネマトーデと呼ばれる魔物はちょっと変わった特徴を備えています。それは普通の食物を食べないということです」
ユウ達は首を傾げた。餌を食べなきゃどうやって生けていけるんだろう? それなのに捕獲用の餌とは?
「どういう理屈かは分かりませんが、ネマトーデ種は口や食道、消化器官を持ちません。それに目や耳、鼻のような感覚器官も発達していません。体は神経索と筋肉、皮膚がほとんどを占めています」
ますます分からない。この不思議な生き物の不思議な生態はユウ達の知っている生物とかなりかけ離れているようだ。
「そんな彼らの食料は理力です。ネマトーデ種は他の動物の理力を吸いとることでエネルギーを得ているのですよ。そして感覚器官が発達していないのは、代わりに理力を感知する器官が発達しているからとされています」
ユウはなるほど、と納得する。ボルツの説明によると、その特異的な体質のせいか、ネマトーデ種の筋肉は理力で伸び縮みするという。なので理力甲冑の人工筋肉に用いられているという訳だ。
「あれ? 誘き寄せる餌は理力なんですよね? すると、生きた動物かなんかを用意しなくちゃいけないんですか?」
ヨハンは豚か鶏を一匹まるごと買ってこなきゃ、と言っているが、先生とボルツはそれを否定する。
「なに言っているんですか。家畜を買ってくるにもお金がいるじゃないデスか。それに、そんなのよりもっと理力の強いのがウチにはいますよ!」
先生はニコニコしてユウを見ている。ボルツも何故かユウを見ている。……理力が、強い。まさか。
「あの、ひょっとして……」
「ハイ! 理力が桁外れに強い人間を餌にするデス!」
ユウは座っていた椅子から飛び上がり、脱兎のごとく逃げ出す。しかし、先生はそれを予知していたのか、ラグビー選手ばりのタックルでユウの腰にしがみつく。
「なんで! 僕が! 餌なんですか!」
「大丈夫デスよ! 理力を吸われたからって死にはしませんよ! ちょっと体が疲れて気力も無くなり、数日の間は熱っぽくなるくらいデス!」
「い~や~だ~!!」




