第十六話 黒槍・2
第十六話 黒槍・2
それぞれの用事を済ませると、辺りは赤い夕陽に染め上げられた。夕方になっても大通りの人は減らず、むしろ帰宅する人々でごった返している。
「さて、飯にするか! いい店を知ってるぜ!」
シンがそう言って案内したのはいわゆる大衆居酒屋といった雰囲気の店だった。多くの人が酒を飲み、ツマミや料理を楽しんでいる。店には入るとあちこちの席からシンに呼び掛ける声が聞こえる。ユウはこういう空気の店は初めてなので、ちょっぴり緊張してしまう。
「よぉ、シン! こっちこいよ!」
「悪いな、今日はツレがいるんだ!」
「シン! 最近うちの店に来ねぇじゃねえか!」
「おう、おっちゃん! 今度必ず行くよ!」
シンの行きつけの店のようだ。しっかりこの街に馴染んでいる。適当な席に着くとシンは手慣れた様子で店員に注文していく。
「適当に俺のオススメを頼んどいたから、他にも欲しいのがあったら言ってくれ。今日は俺の奢りだ!」
「お、太っ腹デスねぇ!じゃ、私はこのピクルスとソーセージ頼むデスよ。あ、あとビール」
「なら私もビール。ボルツさんも飲みますか?」
「いえ、私は下戸でして……。気にせずどうぞ飲んでください」
「よし、俺も酒を飲むか! ユウとヨハンは何を飲むんだ?」
「僕は未成年だし、水でいいよ。ヨハンもそうだろ?」
「え? 僕は飲みますよ、ビール」
「え?」
「え??」
ユウは混乱してしまう。あれ? ヨハンは自分よりも年下ということは同じく未成年のハズ。なんで普通に飲酒するの?
「ユウ、別にヨハン位の年齢なら普通よ? というか、飲まないの? アンタ」
クレアがさも当然のように未成年であるユウに飲酒を勧める。高校生にお酒はダメだろ。いや、今は高校に行けていないけど。
「クレア、教えていないんデスか? ユウ、この辺の国、っていうか、この大陸じゃあだいたい15歳くらいからお酒飲んでもいいんデスよ?」
……いいのか? そんなに若い頃からお酒を飲ませて。
ユウがヨハンに未成年の飲酒についてその危険性を説いていると、注文した料理とビールが運ばれてきた。
「みんな、ジョッキとグラスは持ったわね? じゃあ、オツカレ~」
クレアが乾杯の音頭をとると全員が手にしたジョッキを軽くぶつけながら「オツカレ~」と口々に言う。こっちの世界でもカンパイの時はオツカレなのか。妙な共通点があるものだ。あっ、ヨハン、普通に酒を飲むな。この世界では飲んでも良いのかもしれないが、お前はまだ未成年なんだぞ。
「プハー! クゥ~! あ゛あ゛ー! やっぱりビールは美味しいデスね! 旅の疲れが吹っ飛ぶようデス!」
「ああ、体を動かした後の一杯は美味いな!」
「このビール、味がいいわね。どこの街のものかしら」
一気にビールを飲み干した先生は空のジョッキをテーブルにドカッと置く。ほかの飲酒組も結構な量を飲んでいるが、いきなりそんなに飲んで大丈夫なのか?
「先生、飲み過ぎないでくださいよ? いつもベロベロになるまで飲むんだから」
ボルツは運ばれてきたサラダをパクつきながら注意する。先生は見た目に似合わずお酒が好きなのか。
「ん? お嬢ちゃん、酒を飲める歳なのか?!」
シンが驚いた顔で先生を見る。そういえばシンは先生を見た目通りの年齢と思い込んでいたな。
「あっ、しまったデス。もう少しからかってやろうかと思ってたけど、すっかり忘れてしまいました。そうデスよ、私は可憐な少女ではなくて聡明なオトナの女なのデス」
自分で自分の事を可憐とか聡明とか言うのか。先生は何故か勝ち誇ったような顔でビールを飲み干す。クレアはピクルスを口に運びながらボソッとつぶやく。
「こんなナリでビールを一気飲みするちびっ子とか嫌すぎでしょ」
……! 良かった、先生には聞こえていないようだ。頼むから変なことを言わないでくれ。シンはまだ納得出来ていないのか怪訝な目で先生を見ていたが、まあそうこともあるか、と言ってお替りのビールを飲み始めた。
「ユウ、アンタもしっかり食べなさいよ? お酒を飲まないなら沢山食べなきゃ」
言われてユウはまだ何も料理に手を付けていないことに気付いた。目の前のソーセージをフォークでプスリと差して口に運ぶ。ほどよい焼き色がついたソーセージは口の中でジューシーな肉の味が広がる。
「うん、美味しい! ヨハンも食べてみろよ」
「うっす、いただきます!」
ユウが料理に舌鼓を打っている間、先生とクレアはビールを三杯目、シンは五杯目を飲んでいる。ヨハンは控えめに二杯目を今、飲み終えた。この人たち、料理にはあまり手をつけないでビールばっかり飲んでるぞ。それに酔いがまわってきてるのか、みんな顔が赤くなっている。
「店員さん! ビールおかわり!」
「あ、俺も!」
「私の分も注文するデス!」
ユウは机の上に次々と並びだした空のジョッキを見て唖然とする。
「あの、ボルツさん。ふつう、ビールってこんな量を飲むものなんですか? みんなさっきから料理をほとんど食べずにビールばっかり飲んでいる気が……」
「そうですね。もちろん個人差はあるのですが、この短時間にコレだけ飲む人は比較的珍しいですね。端的に言って、この人たちはのんべえです」
先生とクレア、シンの方を見ながらボルツは言う。
「のんべえ……」
当の本人達は笑いながら、さらにビールの注文を重ねる。まだ飲む気か……。
そういえば、さっきからヨハンが大人しい。どうしたんだろうか。
「…………」
ヨハンはジョッキを持ちながら机に突っ伏している。肩がわずかに上下しており、どうやらいつの間にか寝ているようだ。
「おや、ヨハン君はお酒が強くないようですね。それなら飲まなきゃいいのに」
ボルツは空いた皿を重ねながら次の注文をする。この人はいつも淡々としているな。というかヨハン、お前は酒を飲むのに弱いのか。
「いいですか、ユウ君。お酒とは適度に飲めば楽しいものですが、飲み過ぎると健康に悪いものになります。自分に合った飲み方というものを知ることが正しいお酒とのつきあい方なんです」
うーん、ボルツさん、かっこよく言ってるんだけど、この人はお酒飲めないんだよな?
更に盛り上がっている飲酒組は何が楽しいのか、笑い声が絶えない。ユウはどんな話で盛り上っているのか聞き耳を立ててみたが……。
「アッハッハッハッ! なんでそこでサンマが出てくるんデスか!」
「だろ?! そしたら俺はソイツに言ってやったんだよ、ここは温泉じゃねーぞ、ってな!」
「~~~~ッ!」
「温泉! 温泉デスか!! ちょっとヤバいデスよ、それ!」
……なんだか分からないが、三人の中ではとてつもなく面白い話のようだ。クレアはツボにハマったのか、息が出来ないほど笑い転げている。
「お酒って怖いなぁ……」
普段は冷静に振る舞うクレアがこの有り様だ。ユウはお酒の恐ろしさを垣間見た気がした。




