第十六話 黒槍・1
第十六話 黒槍・1
「ここがクレメンテの街だ!」
シンが大きな声で叫ぶ。別に遠くに話しかけている訳ではなく、ユウたちは同じブリッジのすぐ目の前にいる。豪快な性格ゆえなのだ。
大きな城門、高い壁、そして行き交う人や馬車の流れ。クレメンテはアルトスの街と同等か、それ以上の規模の街だ。産業は多岐にわたり、農業や酪農はもちろん、鍛冶や鉱業も盛んだ。街の南には大きな湖が広がり、水産資源も数多く獲れる。東には鉱山、西には豊かな森林、南はなだらかに広がる農地。これだけの天然資源に囲まれているため、昔からこの土地には人が集まり仕事も多くあった。今では都市国家群の中でも人口、経済活動は抜きん出ている。
そのため、街の自衛には多くの予算が割かれている。もともとあった街の自警団の規模も大きく、それだけでちょっとした町に配備されている軍と同等の戦力を有している。さらにこの街には連合の北部方面指令部が置かれているので街の外には大規模な基地が存在する。
大陸でも有数の人口、経済、軍事力を有するクレメンテの街は場合によっては軍本部の置かれているアルトスよりも重要な都市国家となる。召喚された人間であるシンがこの街に所属し防衛にあたることはほとんど必然といってもいい。
「まずは南側城門の近くまで向かってくれ。あそこには理力甲冑なんかの待機場があるからな、このデッカイホワイトスワンもそこなら停められるだろう」
ボルツは言われた通りに待機場へと向かう。街に向かう街道では初めて見る巨大な白い機体に驚き、それを避ける人や馬車でちょっとした混乱になってしまった。それに輪をかけて、珍しいものを見たい野次馬がどんどん集まってくる。ユウはこの異世界の来てからこんなに人がいるのを見たことがない。
「すごい人だな……」
「アルトスよりも人口多いからね、それに色んなお店もあるわ」
クレアはこの街に来たことがあるのだろうか?
「軍の任務で一度だけね。短い滞在だったけど、いろいろと散策したわ。特に甘味のお店がたくさんあるのよ! ここは!」
クレアは力強く言う。やはり女性は甘いものが好きなのだろうか。甘味という言葉に先生が反応し、目を輝かせている。
「ほう? 甘いものデスか? それは良いことを聞きました。ユウ、後で一緒に食べに行くデスよ!」
しかし、クレアが割り込む。
「ダメよ! ユウは私と行くんだから! ねっ?! ユウ?!」
先生とクレアは突然、ユウと甘味に行くのは自分だと主張し始めた。二人とも激しく言い合い、だんだんと語気が荒くなっていく。ユウは静観しようと思っていたが、このままでは取っ組み合いのケンカになりそうだ。助けを求めようとユウは周囲を見るが、ボルツはたんたんと駐機の準備をしており、ヨハンは危険を察知したらしくいつの間にか姿が消えていた。シンは何故かニヤニヤしながらユウを見ている。
ユウはため息をつき、言い争う二人へと近づく。二人の怒りを刺激しないように笑ってみるが、端からみればひきつった顔だ。
「あのさ、三人で一緒に行こうよ、甘いもの食べに」
先生とクレアは見つめあい、なぜか二人して大きいため息を同時につく。え? なんで? 何か変なことを言ったか? 後ろでシンが笑いを堪えているのが見える。なんなんだ一体。
その時、機体ががくんと揺れた。ホワイトスワンが無事に駐機したのだ。ボルツは凝った肩と腰を揉みながらブリッジの外へ向かう。
「さ、入国と補給の手続きに行きますよ。皆さん早く」
基本的にいつもマイペースなボルツは抑揚のない声で急かす。ユウは助かったとばかりにボルツについていく。シンはクレアと先生の肩を叩きながら励ます。
「男が優柔不断だと女は苦労するな! ま、頑張って落とせよ!」
「な、何の話デスかね?! さっぱり分からないデスけど!!」
「全くよね! 何の事か分からないわ!」
二人とも顔を赤くしてながら言うので説得力がない。シンはその様子を見てまた笑いだしてしまった。
一行は城門に常駐している兵士に入国と補給の手続きを行う。兵士はてきぱきと手続きを済まし、中へと案内してくれる。
「うわ……!」
ユウは思わず声が漏れる。城門から街の中心に向かう大通りには数多くの人が行き来していた。これほどの人はユウの元いた世界でもそう見ることはない。ユウは比較的大都市に近い街に住んでいたが、それと比較しても多いくらいだ。
「すごい人だろ? 俺も最初に来たときは驚いたもんだぜ」
「帝都も人がたくさんいましたけど、ここも凄いデスねぇ!」
「ええ、話にはよく聞いてましたけど、実際に目にすると圧巻ですね」
先生とボルツも圧倒されている。二人は帝国にいたはずだが、あっちはどんな街があるのだろうか。そのうち聞いてみよう。
「さ、まずは本部に行くわよ。まずはここの司令官に挨拶しておきましょ」
クレアは手を叩いてみんなを引率する。まるで遠足のようだ。こういう時にクレアのきれいな銀髪は人混みの中でもよく目立つので、少し離れても見失わずにすむ。
人が多い通りを苦労して抜け、クレメンテの中心部へと向かう。クレメンテも基本的にアルトスと同様の構造をしており、中心部に役所や教会などの公共施設、その周囲に商店街や工房が並び、その周囲を住宅が広がる。
しかし、アルトスはそれぞれの境界が円形にはっきりと別れているのに対し、クレメンテはかなりごちゃごちゃしていると言える。公共施設が中心にあるのは同じだが、商業区と住宅区の境ははっきりとせず混在している。
これはクレメンテが歴史の長い街であることと関係している。昔から資源が豊かなこの土地は古くから人が集まる土地だったので、早くから街の前身が出来上がっていた。その頃から拡大と増築を繰り返した街と建物は、今では一種の混沌のような様相を呈する街へと成長していったのだ。こうなっては簡単に区画整理など出来るはずもなく、結果として非常に特徴のある街並みが一種の観光資源になるほどだ。
「ここが本部?」
赤いレンガ作りの大きな建物の前に一行は着いた。作りはちょっと古そうだが、素人目にもしっかりとした建物のようだ。軍の施設だけあって、入り口には軍服を着た門番が立っている。他にも警備だろうか、二人一組で建物の周囲を歩く軍人が見える。
「ええ、北部方面指令部ね。街の中にあるのは主に幹部連中の執務室や資料室、作戦指揮所なんかがあるわね。で、街の外にあるのは宿舎や詰所、訓練場に理力甲冑の整備場というふうに別れているの」
「……なんで姐さんが説明してんスか? 普通はここに住んでるシンさんじゃないの?」
「いやぁ、俺もかっこよく街のあちこちを説明してやりたいけどよ、覚えが悪いんだ。あ、でも最近やっと街で迷わなくなったんだぜ!」
どうりで道案内をクレアに任せていたわけだ。というか、昔に一回来ただけなのによく覚えているな、クレアは。
一行は正面の大きな玄関をくぐり、一階の広間に行く。ここは軍の受付があり、待合室や広報活動のチラシなど貼ってある掲示板があった。クレアは受付の男性に何か尋ねている。
「じゃ、私はここの司令官に挨拶をしてくるわ。みんなは補給物資の確認をお願い。特に装備品はよく見といてね」
理力甲冑の修理や整備用の物資もそうだが、弾薬や予備の装備も受けとる予定だ。これまでの戦闘で盾や剣も多く消耗している。そろそろ補充しなければ戦闘に支障が出る頃だった。
「じゃ、私たちは理力甲冑の整備でも段取りつけてきましょうか。行くデスよ、ボルツ君」
そう言うと先生はボルツを連れて別の場所に向かった。ホワイトスワンでも修理や整備は可能だが、やはり各種設備や部品が整った施設の方が隅々まで弄れる。精密部品が多数使われている理力甲冑はこまめな整備と点検が必要になるのだが、いかんせん、ホワイトスワンで移動中に整備出来るのは先生一人しかいないのだ。どうしても人手が足りず、後回しになる箇所が少なくない。なのでこういった機会にそうした後回しの所をやってしまおうということである。
残されたユウ、ヨハン、シンはクレアに言われた通り補給物資の確認作業をすることにした。そういえば何故シンも手伝っているのだろう?
「別に気にすんな。今日は非番なんだ」




