第十五話 黒騎士・2
第十五話 黒騎士・2
程なくしてユウ達とホワイトスワンは予定の地点で合流した。格納庫に入ると結局、ただの留守番になってしまったヨハンは開口一番、不満を漏らしている。ユウは病み上がりなんだから、とヨハンを諭す。この辺、ヨハンはたまに子供っぽくなるな、とユウは思う。そしてヨハンは突然現れた見知らぬ黒い理力甲冑を見て驚き、その操縦士がユウと同じ召喚された人間と知りさらに驚く。ヨハンとシンはそれぞれ自己紹介を済ませる。
「そうか、シンさんが召喚された頃は俺とクレア姐さん、アルトスで警備任務してたからどんな人が来たのか噂でしか知らなかったんですよ」
「ええ、私たちがあの野営地の護衛に移ったのは二人目の召喚の時だったわね。だからシンの事は名前くらいしか知らなかった。あと、行先がクレメンテっていう事くらいね」
そういえばこっちの世界に来て間もない頃に、ユウと同じように召喚された操縦士がいると教えてもらっていた。順番で言えばシンは最初の一人目か。
「あんときはどうしようかと悩んだぜ。急に辺りが眩しくなったと思ったら暗い森の中で変な奴らに囲まれてるんだぜ? 危うく全員ぶちのめすところだった」
うんうんとその時の様子を思い出しているシンだが、さっきから聞いていると喧嘩っ早いのか、脳筋なのか、すぐに手が出る性格のようだ。お陰でユウは危うく殺されそうになってしまったが。
それぞれの理力甲冑を格納庫に収容し固定したあと、一同はホワイトスワンのブリッジまで上がる。扉を開けると先生が出迎えてくれた。
「お、みんなよく帰ってきたデス。無事なのは良い事デス。……その男性がさっきの報告の?」
「お、なんだ、ちびっ子が乗ってるのか? よろしくな、お嬢ちゃん。俺はシンだ」
先生は一瞬、ムッとするが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「うん! よろしくね、シンおにーちゃん!」
普段の先生からは想像もつかないような可愛らしい声で先生は答える。シン以外の人間はその豹変っぷりに背筋が冷たくなる。シンはすっかり先生が子供と信じ切っているようで、頭をポンポンと撫でている。
(どうしたんスかね?! 先生ってあんな猫なで声を出しちゃって)
(いや、問題はそこじゃないでしょ)
(多分、シンにお子様扱いされたから、当分は子供の振りをしてシンをからかう気なんじゃない?)
ユウ達は後ろでひそひそと先生の行動の真意を考える。その様子を見て先生はニタリと笑う。おいお前ら、ばらすんじゃないぞ。先生の顔はそう言っている。
「先生、遊んでないでナビゲートしてくださいよ」
操縦桿を握るボルツがぼやく。合流地点は街道から離れていたので近くの道に出るまでは森の獣道を進むしかない。先生はそばに置いてあった地図をひっつかむとボルツの横へ駆け寄る。
「はーい! ボルツく……ボルツさん! 私の指示通りに進んで下さいねー!」
ボルツは先生の演技を気に留める事もせず操縦に集中している。……おそらく、ボルツは昔から先生に振り回されてきたのだろう、今回のようなことにいちいち反応していられない。ユウは思いがけずボルツがこれまでにしてきた苦労を垣間見る。
「それにしてもセンセイなんて変な名前だな。こっちの世界じゃ普通なのか?」
ユウ達は思わず苦笑いを浮かべる。そして先生はシンに見られないようクックックッ……と密かに企み微笑んでいた。その笑顔はどうみても子供の浮かべる表情ではなかった。
「何っ! 部隊が全滅だとっ?!」
作戦室に怒号が響き渡る。ここはオーバルディア帝国の砦の一つ、プレジア砦。この砦は都市国家連合との国境線近くにある前線基地の一つである。クレメンテに比較的近く、そして今、憤怒の形相で怒鳴り散らしているのは砦の司令官だった。
「はっ、クレメンテの威力偵察部隊ですが作戦開始の報告が無く、別動の歩兵隊が確認に向かったところ、連合と思しき理力甲冑部隊に全滅させられたとのことです。これにより作戦は失敗、クレメンテの戦力、主要施設の位置、配備されている理力甲冑の数などが把握できていません。」
司令官は改めて伝令かたの報告を聞き、全身の毛が逆立つような感覚がした。本格的な侵攻作戦ではないとはいえ、我が帝国の選りすぐりの理力甲冑部隊が全滅しただと? それも情報が何一つ得られもしなかっただと?
「ええい! もういい! 部隊を再編しろ、再度作戦を実行する! 今度は理力甲冑の数を倍に増やせ!」
それを聞いた部隊の指揮官は心の中でつぶやく。
(倍に増やせだって? そんなことをしたらこの砦の戦力は半減じゃないか……。司令官はこの砦の戦力を把握していないのか?)
司令官の提案はいたずらに戦力を消耗するだけだ。しかし、彼はそんなことをおくびにも出さず、部下に部隊再編の指示を飛ばし始める。上官の命令は無茶だが、確かになんの情報も得られていない現状を鑑みると多少の無茶をしてでも敵の戦力を把握しておきたい。失った理力甲冑は他の砦から都合してもらおう、そのことで当分は自分が、いや、この砦が無能扱いされるだろうが仕方ない。急ぎ伝令に運んでもらう書類を作成するか。
……いや、敵は少数の偵察部隊とはいえ帝国の理力甲冑部隊を全滅させるだけの戦力を保有しているという事実は判明したか。指揮官はそのことに思わず苦笑がこぼれてしまい、司令官の怒りをさらに誘発することとなってしまった。




