第十三話 双頭・3
第十三話 双頭・3
「ユウ、ヨハン、大丈夫?!」
クレアがホワイトスワンの無線で呼びかける。
「ああ、僕は大丈夫。ヨハンもさっき目を覚ました」
ユウは巨大な双頭オニムカデを倒したあと、ホワイトスワンに無線で連絡をしたのだ。報告を聞いたクレアは驚きながらも冷静に状況を確認し、ちょうど修理、もとい調整の終わったホワイトスワンで駆け付けたのだ。
「あ……クレア姐さん。すいません、心配かけました」
ヨハンは心なしか落ち込んでいるようだ。そんなヨハンにクレアは気を使ったのか優しく接する。
「本当に大丈夫? 理力甲冑が吹き飛ばされて気絶しちゃったんでしょ? どこか痛む所は無い?」
クレアはヨハンの頭や体にケガがないか調べている。
「いや、大丈夫ですよ! 頭の方はちょっとぶつけちゃったけど、それだけです!」
「ん、そうね、これなら大丈夫でしょ」
特にケガをしていないことを確認するとクレアはヨハンの背中をバンバンと思い切り叩く。あまりに強く叩くのでヨハンは咳き込んでしまった。……クレア、それはちょっと雑過ぎるぞ。
「クレア、ヨハンを見ていてくれないか」
「? いいけど、どこ行くの?」
「ちょっと洞窟の中まで」
ユウはアルヴァリスに乗り込む。最後の仕事が残っている。
洞窟の奥、広いホールの中央まで進む。あの双頭のオニムカデがいた場所、そこには大事に守られていたオニムカデの卵があった。おそらく、全ての元凶である卵を潰せば町は救われるだろう。アルヴァリスが卵を踏みつぶそうと足を上げたその瞬間、いくつかの卵が小さく動く。異変に気付いたユウは少し後ろに下がり、様子を見る。卵は何度か小さく動いた後、表面が破れて中から小さく白いムカデが出てくる。孵化したのだ。
卵を潰そうと最初に提案したのはこの事態を根本から解決するためだ。しかし、親であるあの双頭のオニムカデと戦ったからなのか、初めて見たとき大事そうに抱えて守っているのを見たからか、ユウはこの卵を潰すことに抵抗を感じていた。オニムカデは町の人に害を与える魔物だ。その一方で彼らはただそこで彼らなりの生活を営んでいるだけなのだ。それを人間の都合で根こそぎ駆除することに何かしらエゴのようなものを感じる。
ここで卵をすべて潰さないと、後々に成長したオニムカデがこの一帯を再び荒らすだろう。しかし、魔物といえど、これから生まれてくる生命を簡単に奪って良いものだろうか。……生まれてきた幼虫はとても小さく、守ってくれる親もいない。この大量の卵から孵った幼虫のうち、何匹が成虫にまで育つのだろう。
―――ユウはこの卵を見逃すことに決めた。ロイや町の人には申し訳ないが、ちゃんと説明すれば納得してもらえないだろうか。そう思いながら洞窟を出ようと向きを変える。その時。
「ん? なんだ?」
先ほど孵ったばかりの幼虫が動いていない。今また、卵を突き破った幼虫が這い出てくる。しかし、いくらもしないうちに苦しそうに悶えてそのまま動かなくなってしまった。
「……そうか、あの葉っぱか……」
洞窟にたどり着いた時。最初に殺虫成分の含まれる葉で洞窟の中を燻した。きっとその成分がまだこの辺りには残っているのだろう。おそらく少量でも孵化したての小さな幼虫には効果覿面なのだ。そう、彼らは生まれながらにして死ぬことが決まっている。
ユウは少しの間、考えた。そして何も言わず、残った卵をすべて踏みつぶした。
「ごめん、遅くなった」
ユウが洞窟を出ると、損傷したヨハンのステッドランドをクレアが動かしていた。これからホワイトスワンへ収容するのだろう。
「遅かったわね。ヨハンを医者に診せなきゃいけないからすぐ片付けて町に戻るわよ。そしたら次は私が出るわ。まだムカデを狩るんでしょ?」
「……いや、もう大丈夫だと思う。洞窟の中で卵を見つけたんだ。全部潰したからこれ以上、町に被害が出るようなことはないよ」
ユウはそう言ったきり、アルヴァリスを格納庫に向かわせる。
その入れ違いで先生とボルツがホワイトスワンから出てくる。先生はまるで小山ほどある双頭のオニムカデの死骸まで来るとまじまじと観察する。ふんふんとあちこちを見て回り、ボルツを呼んだ。
「いやーここまで大きいオニムカデなんているんデスねー。大きすぎてちょっと実物を見ても実感が湧かないデスね!」
「しかもこの個体は頭部が二つありますよ。爬虫類なんかはごく稀に双頭の奇形が誕生するそうですが、こういった虫型の魔物でもあるんですね」
ボルツのいつもは疲れた目も今ばかりは驚愕で大きく開いている。
「ところでボルツ君、この巨大なオニムカデを見て何か感じるものはないデスか? 特にあの丁度いい大きさの牙とか、ものすごく硬そうな外皮とか」
「ふむ、先生もそう思いますか。いや、恐らく私も同じ考えです。しかし、ホワイトスワンに積んで帰るには大き過ぎますね。軍かどこかに頼んでここでやってもらいましょう」
先生とボルツは不敵な笑みを浮かべているが、そのことに気付くものは他にいなかった。
町に帰ると、入り口でロイが手を大きく振って出迎える。戦闘になるかもしれないという事で町に置いてきたのだが、ずっと待っていたのかもしれない。ロイはすぐに父親やその仕事仲間、町の人を引き連れてきた。
「兄ちゃん! バケモノやっつけたのか?!」
「ああ、アイツ等は僕たちが退治した。もうこれで安心してお父さんは仕事が出来るようになるよ」
ロイは嬉しそうにニンマリと笑う。ロイの父親も安堵した様子で礼を言う。
「本当にありがとうございます。なんとお礼を言ってよいやら……」
「いえ、僕たちは出来ることをしただけです。そんなにお礼を言われるほどの事はしてませんよ」
「ならせめてもう一日泊まっていきなさいよ。みんなのためにごちそうを作ってあげるわ」
ロイの母親がわが子を抱きながら言う。ユウとクレアは顔を見合わせる。ヨハンを町医者に診てもらうし、今から出発するにはもう時間が遅い。ここは皆の厚意に甘えるとしよう。
その晩は盛大な宴会となった。最初はロイの家で父親の木こり仲間と夕食を囲む予定だったが、ユウたちの活躍を聞きいた町中の人が集まるうちに、どんどん規模が大きくなった。そうしていると、町の広場を解放して飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎになるまではそう時間が掛からなかった。それだけこの町の人たちはオニムカデの大発生に苦しめられていたのだろう。ここ最近のうっ憤を一気に晴らす勢いだ。
ユウは宴会で出された食事のうち食べやすそうなものを選び、町の診療所で寝ているヨハンのところまで運びに行った。医者の説明では特に異常は見られないため、一日安静にしておけば問題ないだろうとの事だった。食事も普通の物を食べていいというのでこうして持ってきたわけだ。
「なんだ、起きてたのか」
病室に入ると、ヨハンはベッドから起きていた。
「もしかして食事を持ってきてくれたんですか? ありがとうございます!」
すっかりお腹を空かせていたようで、ユウが持ってきた食事をすぐに平らげてしまった。一息ついたところでヨハンが尋ねる。
「ユウさん、あの洞窟の中、卵がありましたよね。あの大きいやつが守ってた」
ヨハンも気づいていたのか。
「……ああ」
「ユウさんは気にしなくてもいいですよ。仕方がない、っていうとちょっと違うんですけど……」
ヨハンは言葉が見つからずだまってしまう。町に戻る間、クレアにユウの様子がおかしいことを聞かされたのだ。ヨハンは何となく原因を察し、不器用ながらもユウを励ますが上手くいかない。
「自然の摂理っていうんですか、生きるか死ぬかって時に人間も魔物も違いはないハズです。だから、ユウさんがしたことは自然の事で……」
「大丈夫だよ、ヨハン。あの卵はなんとかしなきゃこの町の人が困るからね」
そう言ってユウは笑ったが、その表情はどこか無理をしているように感じた。




