第十二話 百足・1
第十二話 百足・1
木々が生い茂る森。普段は静寂に包まれているはずのその場所は、何かが這いずり回る音と甲高い音が響いていた。そして木々を揺らす巨大な足音。
突如、双剣のステッドランドが高く跳躍する。放物線の頂点で二刀を振りかざし、落下の速度と理力甲冑の重量を乗せた一撃が魔物の頑丈な甲殻を斬り裂く。断末魔を辺りに響かせ、魔物は静かに倒れた。
「ヨハン、お疲れ」
「ウッス。ユウさんの方も片付いたんですね」
ヨハンは剣に着いた魔物の体液を振り払う。今倒した魔物はムカデのような形をしているが、全長は理力甲冑よりも大きい。それに二対の牙は大きく凶暴なまでの形状をしている。そして、アルヴァリスの足元にはこれより少し小さい個体が横たわっている。
「二匹でいるって事はつがいなのかな?」
「いや、これは多分親子ですよ。オニムカデのメスは卵から孵った幼虫がある程度成長するまで世話するんです。ユウさんが倒した方が子供みたいですね」
オニムカデと呼ばれるこの魔物は基本的に森の奥深くに生息しており、人里まで降りて人間を襲うことは滅多に無い。それに全身の甲殻は硬いが、動きは遅いためきちんと対処すれば危険度は低い魔物だ。
「まだ付近に子供がいるかもしれません、もう少し探したら一度ホワイトスワンに戻りましょう」
ヨハンは茂みを剣で探りながら進む。もう既にオニムカデは五匹を倒したが、まだ探すつもりのようだ。
アルトスの街を出発してから既に数日が経った。ホワイトスワンはグレイブ王国への旅路を急いでいる。しかし、その道中は簡単には進まない。当分は都市国家連合の領内なので帝国兵とはまず接触しないが、たまに魔物と遭遇することがある。大抵の場合はホワイトスワンの巨体を恐れるのか、襲われることは少なかった。それでも中には立ち向かってくる魔物はユウ達が蹴散らしていく。
それなのにヨハンやユウが何故、こうしてオニムカデを退治して回っているのか。それは補給と機体の点検で立ち寄った小さな町でのある出来事から始まった。
「先生、理力エンジンの調子いいですね?」
「ここ最近はずっとご機嫌デス。前に調整してからグズる事が無くなりました! やっぱり天才の腕に狂いは無かったんデス!」
ボルツは半分聞き流しながらホワイトスワンを操縦する。本来ならば整備が仕事のボルツだが、他に代われる者がいないため彼の肩書きにホワイトスワンの操縦士が加えられた。実際のところ、開発段階からこの機体に関わっているため操作系を把握しているうえ、さらに整備士として機体の機構、理力エンジンの特性を理解している。そのため現状では他にいないというよりは、正に適任といった感じだ。
(それにしては調子が良すぎる。前回の調整といえばこちらに来てから、ユウ君たちに助けてもらった時か。そこまで劇的に弄ってはいないはずなんだけどな……)
「それより、そろそろ目的の町に着きますよ。そこで点検も兼ねてデータを纏めませんか?」
「それよりって何デスか! ……まぁ、いいでしょう。とっとと理力エンジンを完成させなきゃいけないデスからね!」
ボルツの言う通り、程なくして一つの町に着いた。第一印象としてはこぢんまりとした小さな町だ。周囲は森や低い山に囲まれている。町の周りには伐採された大木が積まれており、近くの川には水車を利用した製材所が見える。どうやらここは農業などよりも林業が盛んなようだ。
町の少し手前、空き地になっている所へホワイトスワンは降着した。初めて見る異様な白い機体に興味を持った町の住人が何人か出てくる。
事前に連絡して補給の準備を依頼しておいたが、改めて町長に挨拶するため、クレアとヨハンは町の奥の方へと行ってしまった。その間、ユウは町の周囲を哨戒する。といっても理力甲冑で町の近くをうろつくことは町の人に威圧感を与えるため、代わりに理力エンジンを積んだユウのバイクで回ることにした。
「先生、ボルツさん。ちょっとバイクで町の周りを走って来ます」
「あっユウ、私も行くデス!」
「ダメですよ、先生。これからスワンの点検を始めるんですから。ユウ君、気にせず行ってらっしゃい」
先生のブーイングを後ろに聞きながらユウはバイクを走らせた。
この辺りの道はぼこぼこと少し荒れているので、ユウはアクセルを慎重に開ける。ゆっくり走りながら町の様子とこの近辺の地形を確認していく。
(それにしては町の人が少ないような……)
アルトスの街ほど大きくはないにしても、ここから見える町にはあまり人が見えない。太陽が頂点から少し傾いた位の時間にしては妙だ。多くの人は森の中で木を伐採しているのだろうか。
町を一周するのに大した時間は掛からなかった。恐らくクレア達もまだ帰っていないだろうし、補給も始まらないだろう。さて、どうしようかと考えていると妙な視線に気づいた。ユウはその方向へ向きやると、町の門に隠れるようにして謎の人物がこちらを見ている。じっとそちらの方を見てると、視線の主は慌てて頭を引っ込める。
(子供……?)
一瞬見えた顔つきと体格から、どうも5~6歳くらいの子供のようだ。
ユウはその子供を追いかけようと門をくぐり、辺りを見回したが誰も居なかった。何だったんだろうと首を傾げながらバイクまで戻ると、再び視線を感じる。子供の遊びか、バイクが物珍しいのか、とりあえずユウは放っておいてホワイトスワンまで戻ることにした。
「先生、ボルツさん。戻りましたよ」
バイクを格納庫に押して行きながら叫ぶが、返事はない。恐らく二人ともエンジンルームで作業しているのだろう。とりあえず、ユウはロープを取り出しバイクを格納庫の隅へと固定させる。
ロープをバイクにハンドルやフレームに引っかけていると、何か物音が聞こえた。先生か、クレアでも戻ったのだろうか。音のした方へと向きやると、そこには見知らぬ男の子がじっとアルヴァリスを仰ぎ見ていた。どこから入ったのだろうか、負けん気の強そうなわんぱく小僧といった感じだ。
向こうも気づいたのか、男の子はこちらをじっと睨んでから吠えるように言った。
「おい! この理力甲冑はおまえのか!?」
ユウは突然尋ねられ、困惑する。
「うーん、確かに操縦はするけど、別に僕のものって訳じゃないんだよなぁ」
真面目に答えたユウを見て男の子はニンマリと笑った。
「それじゃあ、コイツはオレがもらっていく!」
そう言いながら男の子はアルヴァリスの足にピョンとしがみついた。どうやら登って操縦席まで行くつもりなのだろうが、体が小さいので上手く登れないでいる。
ユウは抱き抱えるように男の子を引き剥がして、地面に立たせた。
「危ないから登っちゃダメだよ。それにどうして理力甲冑がほしいの?」
「きまってるだろ! あのバケモノをやっつけるンだ!」
男の子はひどく興奮してしまい、ユウを振りほどいて再びアルヴァリスの足にしがみつく。仕方がないとばかりにユウはため息を一つつき、もう一度抱き抱える。すると、背後からクレアの声がした。
「ユウ、いま戻ったわよ……って、どうしたのよ? その子」
「ユウさん、ちゃんともと居た場所に返してくださいよ?」
クレアとヨハンは帰ってくるなり怪訝な表情になったのでユウはどう説明しようかと悩む。あとヨハン、この子は犬か猫じゃないんだから。
「いや、僕にもよく分からないんだけど……」
とりあえず、気が付いたら格納庫に居たこと、理力甲冑を奪って(?)バケモノを倒しに行こうとしていることを話した。
「何やってんのよ、ユウ。この子の名前くらい最初に聞いておきなさいよ。……キミ、名前を教えてくれる?」
クレアは男の子の目線に合わせて優しく聞いてみた。するとさっきまでの威勢の良さはどこへやら、男の子は急にモジモジとしだした。
「……ロイ」
「そっか、ロイ君っていうんだ。それでね、お姉さん達にいくつか教えてほしい事があるんだけど、良い?」
ロイと名乗った男の子はブンブンと頷く。
「ありがとう。まず、ロイ君はこの町に住んでるの?」
「うん、そうだよ。父ちゃんと母ちゃんとすんでる」
「ふーん、そうなんだ。それで、どうしてこんな所に来たの?」
「この兄ちゃんについてきた! へんなきかいにのってたから、つよいぶきをもってるとおもって!」
やはり、先程の視線の主はこの子だったか。それにホワイトスワンの大型ハッチは以前、ユウが破壊したままなので入ろうと思えばいくらでも入れる。
「武器なんか持って何をするつもりなの?」
「あのバケモノをやっつけるンだよ! あいつら、父ちゃんのしごとをじゃまするんだ!」
ユウは二人にほらね、と目配せする。
(さっきからこんな調子なんだよ)
(うーん、バケモノって何なんすかね?)
(二人とも静かにして)
「ねぇロイ君、そのバケモノって一体なに?」
「バケモノはバケモノだよ! いま、もりのなかはアイツラでいっぱいなンだって! だから、父ちゃんは木こりのしごとができないンだ!」
ロイの話をまとめると、ここ最近、周辺の森に魔物が多数現れたらしい。その魔物は森で作業する木こりを中心に手当たり次第に襲うので、林業に頼る町はこの事態をなんとか打破しようとしたが上手くいっていないらい。恐らく、この子はどうにかして魔物を倒せば父親は再び森の中へ木こりの仕事をしに行けると考えた訳のようだ。
「どうする、クレア?」
「うーん、さっき町長さんと話した時なんだけどね、最近魔物が増えているから気をつけろって言われたのよ。その事かしらね……?」
「いきましょうよ! 魔物くらいババッと倒しちゃいましょう!」
「そうは言ってもねぇ……。どんな魔物か、数も居場所も分からないのよ?」
「フッフッフッ、話は聞かせて貰ったデース!」
見ると、先生が腕を組んで仁王立ちしている。遠くからボルツの先生を探す声が聞こえる。もしかしてサボっているのか?
「とりあえず町で情報を集めたらいいんじゃないデスか? どうせもう一日はここにいるわけデスし、どうするかはその魔物がどんな奴か判明してから考えれば良いのでは?」
「それはまぁ、そうですけど……」
「バケモノやっつけてくれるのか?!」
ロイは目を輝かせている。クレアは強く否定出来ずに、仕方なく頷くしかなかった。




