第十一話 出発・2
第十一話 出発・2
ここはホワイトスワンの調理室。もともと長期の単独行動を想定されて建造されたホワイトスワンは生活に必要な設備が一通りは揃っている。その調理室はいま―――地獄と化した。
「クレア! 何をしてるの?!」
「なにって、スープを作っているじゃない。さっき言ったでしょ?」
クレアがかき回している鍋の中は形容しがたい色味の汁に、皮が付いたままの大小バラバラに切断された野菜が浮いている。漂ってくる匂いもどこかおかしい。ユウが食材を取りに行っている間に何があったんだろう。
「いやいやいやいや、これのどこがスープ? なんか濁ってるよ?」
「むっ! 失礼ね。いくらユウでも言っていい事と悪い事があるわよ?」
ユウの言葉に憤慨するクレアだが、本人はコレが普通の料理のつもりだ。念のために味見してみよう。万に一つ、見た目はアレだが味は良いかもしれない。……良ければいいな。
「ちょっと失礼。味見をしてみる」
小さい皿にスープ?を取り、匂いを嗅ぐ。……なんかヤバい匂いがする。とりあえず啜ってみよう。
……。
ユウは気が付いた時、自分の身に何が起きたかわからなかった。何だ、後頭部が痛い。それに天井が見える。……自分は倒れているのか?
「ちょっと、ユウ。いくら演技でも倒れる真似なんてちょっと酷いわよ」
クレアがのぞき込む。本人は味見していないのか? このスープは控えめに言っても危険物だ。この異世界の誇るBC(生物・化学)兵器か。
(明らかにヤバいぞ! 味見したはずなのに味を覚えていない! いや、思い出せ、どんな味だった? ……確か最初に甘くて、次にしょっぱくなって……酸っぱい味もしたな……それから苦みを感じた気がする……。うっ! 頭が……!)
ユウは身の危険を感じてそれ以上思い出すのを止めた。クレアはしゃがんだまま頬を膨らませている。突然立ち上がると、スープを小皿に取って啜る。
「うーん、ちょっと塩が多かったかしら?」
……ユウは絶句する。
(僕が何とかしなきゃ、ホワイトスワンは全滅する……!)
並々ならぬ決意を密かにし、ユウは力の限り立ち上がる。冗談抜きでクレアに料理をさせてはいけない。多少乱暴な物言いをしてでも本当の事を言ってやらねば、本人のためにもならない。そうだ、これはクレアの為なんだ、ちょっと料理が下手だと言ってやるだけなのだ。これまでになく強い意志を持ってユウは言葉を紡ぐ。
「クレア、疲れていない? ここは僕がやっておくから休んでおいでよ」
結局、その日の夕食はユウが全部調理した。クレアは大丈夫、疲れていないと抗議したが、ユウの決死の行動と説得で調理室から追い出した。不機嫌になっていやしないかと少し心配したが、ユウの作ったスープを一口食べるとほっこりとした顔で黙々と食べだした。
「これ、おいしいですね。ユウさんが全部作ったんですか?」
こんがりと焼いたベーコンを頬張りながらヨハンが聞く。
「ああ、簡単なものばかりで悪いけどね」
「なかなか美味しいデスよ! ボルツ君も見習うデス!」
「見習うのは先生なのでは……。いや、それにしても本当においしいですよ、ユウ君」
「ほとんど自炊していましたからね。一通りのものは作れますよ」
スープを飲み干したクレアが一息ついてから、
「なかなかやるわね、ユウ。私の作ったスープがこんなに美味しくなるなんて、一体どうやったの?」
それを聞いたヨハンが戦慄の表情で固まる。束の間、我に返ったヨハンは小声でユウに尋ねる。
「ちょっと、ユウさん! どういう事ですか?! クレア姐さんに料理させたんですか?!」
「やはりヨハン、お前は知っていたのか。……できれば早く教えてほしかったな……。それと安心しろ、このスープは僕が一から作り直した」
クレアの作ったスープもどきはこっそりと隙を見てホワイトスワンの艦外へと廃棄した。街の人に不法投棄で怒られるかもしれない。それから野菜を作ってくれた農家の方、ごめんなさい。
「ほっ、良かった……。すみません、いつかは分かる事でしたし、言おうとは思っていたんですが……」
ヨハンは涙目になって俯く。きっとコイツも苦労したんだろう。何も言うな、僕にはわかるぞ。
「ちょっと、ヨハン、ユウ。何をぶつぶつ言っているのよ」
クレアはいつの間にかおかわりのスープを啜っている。
「あっはっはっは、何でもないよクレア」
「ねえユウさん、何でもないですよね」
二人とも引き攣った顔で笑う。フーン、とクレアはパンをかじる。そのやり取りを見ていた先生とボルツはしきりに首を傾げていた。
(知らないっていう事は幸せなんだろうな……)
ユウはそんな事を考えつつ自分で作った食事を口に運ぶ。
その後、ホワイトスワン内の炊事や掃除当番を決めるとき、クレアを炊事係からやんわりと外すことに苦心したのは別のお話だ。




