第九話 襲撃・2
第九話 襲撃・2
目的の城門までたどり着いた時、先生はぐったりとしていた。さっきから、覚えてろユウと繰り返し呟いている。少しやり過ぎたかなと、反省しながら門を守る衛兵に扉を開けてもらう。
衛兵の顔がひきつっていたのはバイクを初めて見たからか、それともぶつぶつと呪詛を吐いている先生を見たからか。
「さ、先生。本部まであと少しですよ」
「ユ゛ウ゛~! 後で覚えておくデスよ~!!」
相変わらず会話が成立しない。面倒だし、とっとと送り届けよう。夜も更けて来たことで大通りには人が少ないハズだ。バイクでもゆっくり走れば大丈夫だろう。
ユウは徐行の速度で走り出す。……どうも変だ。何やら騒がしい。先生もこの異常に気付いた。
「何かあったんデスかね?」
先生が言い終わる前に小さい地響きがした。ユウはバイクを止め、辺りを見回す。
……すると、城壁近くから煙があがっているのを見つけた。あの辺は確か、守備隊の理力甲冑が待機する場所のはず……。何故、煙が?
「ユウ! あれを見るデス!」
ユウは言われた方を見ると、一機の理力甲冑が住宅の屋根の上から覗いて見える。首を回し、何かを探しているようだ。……そしてユウと目があった瞬間、こちらへ走って来るではないか。嫌な予感がしてバイクを走らせる。
「まさか、あれも敵ですか?!」
「追っかけて来るって事はそうなんじゃないデスか?! 大方、敵に奪われたんデスよ!」
後方から大きな足音が聞こえる。まずい。この騒ぎで道に人が出てきてしまい、思うように速度を上げられない。これなら街の外へ逃げるべきだったか。
「ユウ! こうなりゃお前もアルヴァリスに乗って対抗するデス!」
「そんなこと言っても!」
アルヴァリスは確か……街の東にある整備場にあったはず。ユウは頭の中で街の地図を描く。今、北の城門から入ってそのまま中央へ向かっている。そろそろ住宅区を抜けるので、商業区の外側の道に沿って行けば街の東側に出る。
ユウは道行く人と人の間を器用にすり抜けていく。初めて見るバイクと、それを追いかける理力甲冑に驚いて多くの人は自分から逃げるが、それでも数が多い。クラクションを鳴らしながら疾走するバイクと、地面を揺らしながら駆けるステッドランド。まるで映画か何かのようだ。
建ち並んでいた住宅が急に途切れ、大きな十字路が見える。住宅区と商業区を分ける道だ。ユウはアクセルを緩めてスピードを調整する。ミラーで後方をチラッと見ると、敵に奪われたステッドランドはかなり近づいている。このスピードならギリギリいけるか?
「先生! 上手く体重移動してくださいよ!」
「んなもん出来るかデス!」
ユウは道の右側へバイクを徐々に寄せる。十字路までもうすぐだ。ステッドランドが右腕を振り下ろし、バイクごと掴もうとしてくる。ユウは巨大な手を左に躱したかと思うと、急に右へとハンドルを切り返す。車体を限界まで倒してコーナーリングの遠心力に抵抗しながら十字路を大きく右折する。
後方から大きな音が響き、地面が揺れる。どうやら急な方向転換に着いてこれなかったステッドランドがバランスを崩して派手に転けたらしい。さしもの理力甲冑も初めて見るバイクの機動性には敵わないようだ。これで少しは時間が稼げる。ユウは緩い左カーブの道を飛ばしていく。この辺りは人が少ない。
「やりましたね、ユウ! アイツ、思いっきりずっこけたデスよ!」
「先生! ちょっと暴れないで!」
先生はユウの肩をバンバン叩いている。あんまり強く叩かれるとバイクが左右に揺れてしまう。
しばらく走ると少し開けた場所に出た。あの大きな倉庫のような建物が理力甲冑の整備場だ。ここにアルヴァリスが置いてある。バイクを止め、入り口へ走る。少し離れた所で激しい音が聞こえる。見ると、敵に奪われたステッドランドを別のステッドランド三機が取り囲んでいる。ようやく守備隊が駆けつけたようだ。
「よし! そのまま倒しちまえ!」
守備隊のステッドランドは全機が剣を構えている。さすがに街中という事もあり、銃器は使えないのだろう。対して、敵のステッドランドは丸腰だ。これでは勝ち目が無い。誰もがそう思っていたが……。
三機のうち、敵の真っ正面に立っていたステッドランドがおもむろに敵へ斬りかかる。剣の切っ先が敵のステッドランドを捉えた……はずだった。剣は虚空を切り、敵の機体は無傷だ。再び剣を振るがやはり当たらない。
「え? 当たったはすじゃ? !」
ユウの目には剣が当たったように見えた。しかし、幻術でも使ったかのように敵は無傷のままだった。信じがたいが、絶妙なタイミングで躱しているようだ。いいように遊ばれているステッドランドの操縦士は怒りからだろうか、動きが単調になってきた。と、その瞬間、敵は剣擊の隙間を抜け機体の胴体部を思い切り殴りつける。まさに強烈なボディブローだ。失神一歩手前の操縦士に再び襲いかかる一撃。もう一撃。
他の二機が味方を助けるために近づくが、敵はグロッキー状態のステッドランドから剣をするりと奪い取り攻撃をいなす。敵は二機を相手に両側から攻められているにも関わらず、まるで剣舞を舞っているかのような動きで相手の剣を受け、避け、反撃する。たちまち、一機の四肢を斬り刻んで戦闘不能にしてしまった。
「あの操縦士、強い……!」
ユウは素直に驚嘆する。動きの一つ一つが精緻で僅かな無駄もない。あんな、踊るような闘い方……。
「ユウー! 早く乗るデスー!」
突然、頭上から声がする。上の方を仰ぎ見ると、いつの間にかアルヴァリスの操縦席が開いており、先生がピョコンと顔を覗かせている。もう一度、敵のステッドランドの方を見て、ユウはあんな敵と戦わなくちゃいけないのかと少し身震いする。
(やらなきゃ、こちらがやられる……! )
自分にそう言い聞かせる。相手は恐るべき技量の持ち主だが、こちらにはアルヴァリスがある。そう簡単には負けない……はずだ。
ユウがアルヴァリスを起動させ、剣と汎用型の盾を装備する。やはり市街地では銃が使えないので置いていく。敵の方を見ると、今まさに残った味方のステッドランドが無力化された。
敵のステッドランドがこちらを睨む。普段見慣れたはずの顔が恐ろしく見える。ユウは頭を振り、気持ちを正す。戦う前から気持ちで負けていては本当に負けてしまう。
「ユウ! 気張っていくデスよ!」
そういや、なんで先生が操縦席に? 敵の事で頭がいっぱいになり気にしていなかったが、先生はユウの膝の上にちょこんと座り、自分ごとシートベルトを締めている。幸い、先生は身長が小さ……小柄なので視界は十分に確保出来ている。
「いや~、一度は理力甲冑という乗り物に乗ってみたかったんデスよ~」
この人は自分の置かれている立場を本当に分かっているのか? 状況を楽しんでいないか? いや確かに、整備場で先生を一人にしておくよりかはマシだが……。
ユウのアルヴァリスと敵に奪われたステッドランドが夜の街を背景に対峙する。両者に言い知れぬ緊張が走る。
「――――――やってや「やってやるデス!!」
ユウは心のなかでずっこけてしまった。




