第九話 襲撃・1
第九話 襲撃
それからは荷物の用意とホワイトスワンへの搬入で忙しかった。理力甲冑用の部品や工具、食料に生活用品と様々だ。当分の間は連合の領内なので補給は受けられるが、それでも搬入する量は多く、ホワイトスワンの周辺は人と荷物でごった返している。
ここはアルトスの街の東側、城壁の外だ。通常の理力甲冑ならば街の大通りを歩けるが、ホワイトスワンは巨大なので街の中へは入ることが出来ない。なので街の外の広場(元は貿易や旅の馬車を停める為の場所だ)に駐機するしかなかった。
「ふう、こんなところかな?」
ユウは最後のジャガイモが入った袋を食糧庫へと運び終わった。自分の荷物は何日かの着替えと少しの日用品しかないので、他の荷物を積むのを手伝っていたのだ。
「おーい、ユウ! 今日はそろそろ上がるぞ!」
一緒に荷物を運搬していたおっちゃんが叫ぶ。彼はアルトスの街を守る兵士で、理力甲冑にこそ搭乗しないが訓練でよく一緒になる。
「今終わりました!」
スワンの外に出ると、さっきまで夕陽で赤く染まった空がもう夜の濃い藍色になっていた。……そういや、夕方に何か用事がなかったっけ?
「あっ!」
そうだ、先生に呼ばれていたんだった。約束の夕方……をかなり過ぎている。
「すいません! ちょっと用事を思い出したんで!」
ユウはおっちゃんの声に振り返りもせず走っていった。
先生はものすごい形相で仁王立ちしている。ユウは理力甲冑の整備場の一角にある倉庫の前、大きな木箱の影から先生の様子を窺っている。あの様子ではかなりのご立腹だ。
(さて、どうやってこの危機を乗り越えるか?)
ユウはその場に座り込んで脳を高速回転させる。
(取るべき選択肢は三つ。まず一つ目は唐突に上手い言い訳が思いつく。二つ目は素直に謝る。三つ目は……逃げる)
ユウは思案する。三つ目の選択肢、すなわち逃げることは簡単だが、今後の事を考えると非常にまずい。これはナシだ。すると、一つ目か二つ目の案だが……言い訳なんて急に思い付かない。やはり自分が悪いのだし、素直に謝ることにしたユウはすっくと立ち上がった。
「よし、行くか!」
「ほーう? どーこーへー行くつもりデスかー?!」
いつの間にかユウの隣に先生が立っていた。
「うわぁ!!」
ユウは派手に転けてしまった。そんなユウを呆れた顔で先生が見下ろしている。
「全く、何をやっているんデスか」
「イテテ……あの、先生、遅れてすみません……」
先生は一つため息をつき、
「ハァ、怒る気も失せました。もういいから早く行くデス。ホラ早く」
と言って手を差し出す。その手に捕まり、ユウは立ち上がる。すぐに先生はこっちに来いと歩き出す。
「ユウはドジッ子デスねぇー。本当にそんなんであれに乗っていたんデスかね?」
「ドジッ子って……。それで先生、一体何のようなんですか?」
先生はクルリと回り、ニヤッと笑う。まるで悪役のような笑い方だ。
「フッフッフッ! あれを見るデス!」
先生が指差した方を見る。倉庫の明かりが逆光となってシルエットしか見えない。目を凝らしてよく見ると、二つの車輪、フルカウルのボディ、精悍なフロントマスク。まさしくユウのバイクだった。数日前から見なくなったと思っていたが、こんな所にあったのか。
「先生! これ、僕のバイクですよ!」
「知っていますよ、整備士の人から聞きました! ちょっと興味があったので仕事の合間に直してみたんデス!」
ユウはバイクに駆け寄って確かめる。今では元の世界を感じさせる数少ない品の一つだ。ハンドルに手を掛けてみる……何か違和感がある。カウルの隙間から見えるエンジン回りが妙だ。しゃがんで覗き込むと、エンジンの代わりに何か変な機械がついている。
「……先生? 僕のバイクに何かしました?」
「アチャー! 気付いてしまいましたかー! やっぱり天才の所業は隠しても隠しきれないものなんデスねー!」
先生はこりゃしまったというリアクションをするが、かなりわざとらしい。コイツ、何をしやがったんだ。
「フッフッフッ! これはですね、理力エンジンをバイクに取り付けたんデス。いやぁ、ちょうど試作品の小さいやつを持ってきてて良かったデス!」
「いや、待ってくださいよ。なんだってこんなもんを取り付けたんですか」
「ム、こんなもんとはなんデスか。それに元のガソリンエンジンはこの世界では使い物にならないデスよ」
「? どういうことですか?」
「簡単な話デス。この世界には原油がありません。正確にはどこかの地中深くにあるのかもしれないんデスが、少なくともこの大陸に産地は無く流通もしていません」
なるほど、確かにガソリンが無くちゃバイクは走れない。
「ガソリンを作るのも面倒デスからね、それなら資源と環境に優しく排ガスも出ない理力エンジンを載っけるほうがいいデスよね!」
先生の説明を聞きながらユウは刺さったままのキーを回し、スタータースイッチを押し込んで理力エンジンを始動させる。ガソリンエンジンの音とは違う、何かが高速回転するような高音が聞こえてきた。
「理力甲冑の音みたいだ」
「まあ、機構的には電動モーターみたいなもんデスけどね。それとちゃんと計測していないんで理論値なんデスが、元のガソリンエンジンよりも少し馬力が落ちた代わりにトルクが増えているはずデス」
「これ、走っても大丈夫なんですか?」
「そうデスね、最適なギヤ比なんかを調整したいところデスが、そんなにスピードを出さなきゃ問題ないでしょう!」
街の中で走行するのはさすがに危ないということで、一番近い南側城門から壁の外側へ向かう二人。歩く道すがら、今後について話している。
辺りはだいぶ暗くなってきた。さすがにこの時間帯、街の外へ向かう人は二人の他にはいない。……いや、ユウたちは気付いていないがその後方を一定の距離を保ってついてくる二人組がいる。どちらもフードを深めに被っており人相は分からない。特に荷物を持っておらず、これから出発する旅人ではなさそうだ。
(おい、奴らはどこへ向かってるんだ? )
(この先は特に重要な施設は無いが……)
(仕方ない、もう少し尾行するか)
(隊長には伝えているんだろうな?)
(ああ、勿論だ)
この二人はクリスの部下の中でも特に生身の腕が立つ者だ。クリスが率いているいくつかの部隊は理力甲冑を運用することがメインだが、中にはこういうスパイじみた真似が上手い人間もいる。さすがに本職には敵わないが今回の任務は荒事も含まれるため、クリスが信頼出来る部下を起用したというわけだ。
しばらく尾行を続けていると目標である先生と謎の機械?を押す青年は城壁の外へ出ていった。一体、二人は何をするつもりだろうか。ハクチョウに大量の荷物を積み込んでいることから、近いうちにこの街を出ていくのだろうが……まさかこれから出発するのか?
「よし! この辺なら良いんじゃないデスか?」
街の城壁に沿って道が走っている。この道は大型の馬車や理力甲冑も通るためかなり広く、綺麗に均されている。これならアスファルトを走る為のユウのバイクでもそれなりに走れるだろう。
ユウはバイクに跨がり理力エンジンを始動させる。すると何故か車体が少し沈みこむ。後ろを見ると先生が乗っていた。いわゆるニケツ、というやつだ。
「あの、先生?」
「ん? 私の事は気にしなくていいデスよ? いや~、一度はバイクという乗り物に乗ってみたかったんデスよ~」
ユウは確かにその身長じゃあ無理、という言葉を飲み込み、
「ゆっくり流しますけど、落ちないように気を付けて下さいよ?」
と、アクセルを開けようとした瞬間、二人のフードを被った人間が立ちはだかる。顔は見えないが尋常ではない雰囲気を纏っている。
「あの~そこに立たれると危ないんですけど~」
ユウは彼らの異様さに気付いていないのか、呑気な声で話しかける。いや、いつの間にかバイクのギアを入れ、いつでも走りだせるようにしている。気がついた先生はこっそりユウの背中にしがみつく。
「痛い目に合いたくなければ、後ろの彼女を引き渡してもらおうか?」
フードの一人がズイっと近づき、もう一人が懐から大振りのナイフを取り出す。
「ちょっと! 何ですか、貴方たちは……」
ユウの問い掛けにフードの男たちは無言で一歩、また一歩と近づく。男の手がユウに届くかどうかという距離まで来た瞬間、アクセルを思い切りひねる。理力エンジンが吸気と排気を行い、そして高回転の音が唸る。フードの男達は急に唸るエンジンに驚き、一瞬だけ怯む。ユウはクラッチを乱暴に繋ぎ、バイクを急発進させる。
「先生! しっかりと!」
「つかまってるデス!」
急に動力が伝達された後輪が激しく空転する。しかし、すぐに地面に食い付き、バイクはフードの男二人を轢き掛けながら走り抜ける。とりあえず逃げの一手だ。
「クソッ! 追え!」
「なんだあれ! 速いぞ!」
ユウはミラーで後方を確認すると追いかける二人組が見える……が、さすがにバイクには追い付けず、だんだんと小さくなる。
二人は無言でバイクを走らせ続ける。ユウは何となく事態を察し、どう話し掛ければいいか分からなかった。恐らく、帝国からの刺客……という奴だろう。もちろん、狙いはバイクの後ろに乗っているこの先生のハズだ。当の先生もさっきから黙っている。自分が殺されそうになったのだ、無理もない。
幾らか走った所でユウはアクセルを緩める。先生の事を気遣い、ゆっくりとバイクを停止させる。
「大丈夫ですか? 先生……」
「…………」
やはりショックなのだろうか。そっとしておこう。
ユウは再びバイクを走らせる。元の城門に戻るのは危険だから反対側の北側城門まで行き、そこから本部まで一気に先生を届けよう。
速度を一定にすると、理力エンジンから聞こえる音も安定して響く。聞き慣れたガソリンエンジンの力強い鼓動ではなく、何かの楽器のようでちょっと変な感じだ。……そこに変な音が混じって聞こえる。なんだ? 理力エンジンの調子が悪いのか?
「クッフッフッ!」
どうやら謎の音は後ろから聞こえる。
「アーハッハッハッハッ! ! ザマーミロ、デス!!」
もしかしてこれはずっと先生の笑い声だったのか。
「あの? 先生?」
「アーハッハッハッハッ!! ん? 何デスか、ユウ?」
「いや、ショックを受けていたんじゃ……?」
「ショック? 何の事デスか? それより、理力エンジンの調子はどうデスか? 音と振動から絶好調だと思うんデスが」
「はぁ、えっと加速も良いし走ってて特に違和感は感じません。むしろ以前より走りやすい気がします」
「なるほどなるほど。いやぁ、理論実証用の試作品と思ってましたけど、なかなかいい働きをするデスね。帰ったらコイツのデータ取りをしなくては!」
どうやら先生はバイクに取り付けた理力エンジンの調子が気掛かりで大人しくしていたようだった。……なんか心配して損した気分だ。
ユウはもやっとした気分を振り払うようにアクセルを目一杯開ける。それに連動して理力エンジンの音が一層高くなり、バイクはぐんぐん加速していく。
「あっ、こら! ユウ! ちょっと速すぎデス! ちょっ! 怖っ!」
「あーあー! 聞こえません!」
夜の空を理力エンジンの唸りと共に先生の悲鳴がこだまする。
クレア「このお話でユウと先生はノーヘルでバイクに2人乗りをしていますが、良い子の皆さんは絶対に真似をしないで下さいね。クレアお姉さんとの約束ですよ♪」
ヨハン「クレア姐さん、キャラが違」
クレア「何か言った?」
ヨハン「いえ何も!」




