第八話 邂逅・2
第八話 邂逅・2
「隊長、本当に何も無かったのですか?」
「ああ、問題ない。……あんまりしかめっ面をするな。それから口調に気を付けろ、隊長もやめとけ。我々はただの旅人なんだぞ?」
「ハッ。あっ、いや、そうだな。クリス」
「所で例の先生がいそうな場所はどうだ? 街の外にハクチョウがいるということは、まだここを離れていないはずだが」
「いくつか目星はついた。もう少し調べて候補を絞るつもりだ」
「そうか、ならこのまま宿に行くぞ。そこで詳しく聞く」
三人はそのまま雑踏に消えていった。
その後のユウは当初の予定を切り上げ、寮に戻ることにした。遠くから11時を知らせる教会の鐘の音が聞こえたからである。今から帰ればちょうど昼食の時間だ。
(最近はスマホで時間を確認しなくても、あんまり気にならなくなったな。良い意味で時間にルーズというか。……まぁ、スマホは初日から充電が切れたままなんだけど)
今度は人にぶつからないよう気を付け、寮への道を歩く。あともう少し、という所で急に声を掛けられた。
「ユウ? どこか出掛けていたの?」
「? ああ、クレア。ちょっと商業区を歩いてた」
先ほどの旅人とぶつかった事は伏せておいた。自分の不注意のせいなので、ちょっと恥ずかしい。
「ふーん。あ、そうそう。お昼の後で良いんだけど、本部に来てくれる? 例の理力甲冑の事で話があるの」
「あの理力甲冑? アルヴァリスの事?」
あれからアルヴァリスには搭乗していない。何か問題でもあったのだろうか?
「多分なんだけどね、ユウをアルヴァリスに乗せて実戦でデータを取るつもりなのよ。あの機体、今のところユウ以外に動かせた人間がいないの。私やきょうか……オバディアさんも含めて皆」
そういえばボルツがそんな事を言っていた。アルヴァリスに搭載されている理力エンジンだか何だかの調整が難しく、出力が安定しないらしい。なので歩くだけでも常人には一苦労するのだとか。しかしユウの場合は召喚された理由の一つ、理力甲冑の高い適正と操縦技能で無理矢理、機体を制御しているのだろう、と。
実はボルツは専門用語を混ぜて解説するのでよく分からなかったが先生が横から、
「ようは普通の自動車にF1マシンのエンジンを追加でのっけるようなもんデス。そのままの設定ではピーキー過ぎるんデス。でもユウは元々強力な理力を持っているようなもんなので、暴走気味のエンジンが一つ増えたところでそんなに苦労しないんデス」
という妙に分かりやすい? 説明をしてくれた。というか、暴走気味って言わなかったか? というツッコミは上手くはぐらかされた。
「そうか、またアルヴァリスに乗れるのか……」
「頑張ってよ。アンタが動かしてデータを沢山集めれば、理力エンジンってのが完成して連合の理力甲冑が強くなるんだから」
「? どういう事?」
「詳しくは知らないのよ。そう力説してたチビッ子先生にでも聞いてみて」
これ以上は仕方ないので、取り敢えず昼食を取ることにした。何故かクレアも寮の食堂へ一緒についてくるので訪ねると、
「私もついでにここで食べるわ。別に良いんじゃない?」
と、あっけらかんとしている。まぁ、いいか。
午後。アルトスの街、軍本部。その施設の一室にユウとクレアはいる。本当ならばヨハンも呼ぶ手筈だったのだが、出掛けたままで捕まらなかったのだ。非番なので仕方ないが、クレアが後で説明することになるのだろう。
程なくして扉を叩く音がする。入ってきたのはバルドー、オバディア、ボルツ、そしてチビッ子の四人だ。
「お、ユウ! 久しぶりデスね! ちゃんと寝てますか? 目の下にクマが出来てるデスよ」
「どうも、先生。これは昨日の夜間訓練の成果です」
オバディアがいる手前、迂闊なことは喋れない。と、ここでバルドーがオホンと咳払いし話し出した。
「ユウ殿、クレア。あとこの場には居ないがヨハンに特別な任務を命じる。ここにいる先生とボルツ氏をある場所まで移送し、とある設備の受領を行う。その後、設備と先生らを無事に連合まで連れ戻るのだ」
「はっ! 了解しました。それで、その場所とは?」
クレアの質問にバルドーは少し言うのを躊躇った。
「……グレイブ王国だ」
この大陸の地図がまだ把握出来ていないユウは何処か分からない。しかし、クレアは目を丸くしている。
「クレア? グレイブ王国ってどこ?」
小さい声で聞いてみる。しかし、代わりにオバディアが答えた。
「グレイブ王国はここから北西にある。ルートはこうだ」
机の上に大きな地図を取り出し、説明する。
「ここが出発点のアルトス。まずここから帝国との国境を平行して北上する。そして北の海岸近くまで来たら次は西へ突き進む」
オバディアの指は帝国の領内をズズズッと横切る。
「……あの教官、それじゃあ帝国の中に入ってるんですが……」
「おう、そうだ。帝国を突っ切る。海岸戦を伝って、ホレ、ここがグレイブ王国だ」
ユウは絶句した。確かにクレアが驚くのは無理もない。ユウもこれはかなりヤバイと分かる。
「驚いて声も出ないか? まあ、ある意味安全なルートなんだよ、これは」
「教官! そもそも、何故グレイブ王国に行くんです?!」
クレアの素朴な疑問に今度はバルドーが答える。
「理力エンジンの量産を確立する為です。アルヴァリスとホワイトスワンにも搭載されている理力エンジンは、完成すれば従来の理力甲冑を越えた性能を与えてくれるそうなのですよ。我々、連合の各都市も理力甲冑に関連する技術を研鑽しているのですが……。如何せん、この分野に関しては後塵を拝しているのです」
「そこで理力甲冑に詳しくて設備の整っている所へ協力を頼むって寸法さ。一番なのは工業国家のシナイトスだが、さすがに今はそれどころじゃない。だから次点のグレイブに白羽の矢って事だ」
「なるほど……。でもそんなに理力エンジンって凄いんですか?」
「何を言うんデスか! ユウもアルヴァリスに乗って体感したはずデスよ! 私の開発した理力エンジンは周囲の物質から理力をどんどんかき集めるのデス! なので理力の弱いこの世界の住人でもユウ並みの強さにバフ特盛りしてくれるのデスよ!」
「まだ完成してないんですけどね……」
ボルツが水を差す。そんなことは聞こえないとばかりに先生は理力エンジンの原理を語りだす。ユウとクレアには理解できないので放っておく。
「それで、いつ出発するんですか?」
「昨日からホワイトスワンに物資を搬入している。予定通りなら明日の昼頃には終わるから、それからだな。お前達も早くヨハンに知らせて準備しろよ?」
「あ、そうデス。ユウ、夕方頃でいいから理力甲冑の整備場に来るデス」
ふと、思い出したかのように先生は切り出す。
「? アルヴァリスの事ですか?」
「んっふっふっ~♪ それは今は言えません。見てからのお楽しみデス~!」
先生はニタリと笑っている。あれは何かを企んでいる顔だ。一抹の不安を抱えながら、ユウはクレアと出発の準備を始めるのだった。




