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守護霊、深田薫の憂鬱。  作者: 紅紐
第一章 初恋
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第九話 こうなったら奪っちゃう!

 廊下の角を曲がったその先に、さっきの幽霊達が校長室からあふれだしていた。

 それも先程より増えて、十人くらいいる!


 皆両手を広げて……まさか、るみちゃんを待ち構えている?


「くそっ! 奴ら、浅野の霊魂が見えてやがる!!」


「ええっ?」


 そこに向かうるみちゃんには、あの人達は見えていない!

 そのまま真ん中に飛び込んでしまったるみちゃんの周りを、彼らはグルグルと回り出す。それもだんだん速度を上げて!

 まるでつむじ風に巻き込まれたかのように、るみちゃんは激しく翻弄されていった。


「雨守先生! るみちゃんがっ!」


 渦のすぐ手前で私たちは立ち止まった。


「このままだと浅野の意識が奴らと同化してしまう!」


 るみちゃんは何が起きてるのかわからないというように目を見開き、顔を歪めている。


「雨守先生、どうしたらいいんですか?」


「さっきの逆をやるか……。」


 雨守先生は眉間に皺を寄せながら額を指さした。

 あっ、あれをまたですかっ?!

 一瞬、恥ずかしさに顔が熱くなってしまいましたけれど、そんな場合じゃないですよね?

 でも雨守先生も、どこか不安そうに見えるわ?


「今度は君をとおして、この世に引き留めるという念を送れば、

 きっと浅野に届くはずだ……。

 だが今の浅野に生きようという意思がなければ……。」


 るみちゃん死にたいって、この体を捨てて逃げ出してしまったくらいだから……きっとその方法ではダメなんですね?

 でも、だからと言ってこのままるみちゃんまであの人達と同じようになってしまったら!

 それでは守護霊としての私は、存在している意味がないわ?

 奥原さんの守護霊の子だって、しっかりその務めを果たしているというのに!


「あと一つ、手がないわけじゃないが……。」


 雨守先生はまだ何かお悩みなのか、お言葉の途中で唇をかむ。


「どうなさったんですか?! 何かあるのでいらっしゃれば!」


「【闇】だ。

 幽霊さえ『無』に葬る【闇】。

 いつも俺の隣にそいつはいるが、それを出せば、奴らを葬れる。」


「では早くお願いしますッ!」


 すがる私に雨守先生は頭を激しく振った。


「それが浅野まで一緒に葬りかねないんだ!

 俺にも制御できない厄介なものだから、

 カーっとならないようにしているんだがッ。」


 怒りに任せてはダメ、というものなのかしら?

 額に汗をにじませた雨守先生は、あの人達に今にも掴みかかろうとするのを、かろうじてこらえているみたい。


 るみちゃんを中心に回ってるあの人たちの姿は、もう顔以外は流れるような空気の帯にしか見えていない。

 その中でるみちゃんは、あろうことかブレザーを! いえ、ブラウスやスカートまで木の葉のように刻まれ剥がされ、もう半裸にされている。

 いくら霊魂と言っても、こんな辱めを受けていいはずがっ!


 と、隣でギリっと雨守先生が歯を噛みしめる音が響いた。見ると雨守先生の三白眼気味の目は、さらに眦が裂けたように吊り上がり、口からは獣かと疑う唸り声を漏らしている。


「あんの奴らああアア……許せン!」


「雨守先生、一つお教えて下さいっ!」


「ナンダッ?!」


 もう雨守先生の声は、すっかり別人のように恐ろしく低く響いている。


「守護霊が消えたら、守られている人って死んじゃうんですか?」


「ソレハナイ……ン? 何ヲ考エテイルッ?!」


 雨守先生は鬼の形相で私を睨みつけたけど、いちかばちだわ!

 その雨守先生の顔を両手でつかみ、私はそのまま先生の唇を奪った。勢いがついていたから歯と歯がぶつかって、びっくりしてしまう。

 でも、それは雨守先生も同じだったみたい。酷く驚かれてすぐに普段通りの目に戻ったけれど、私はかまわず強張ったままの雨守先生の唇を、目を閉じて吸い続けた。


 柔らかくて、あたたかい……。


 と、その時、突然頭の中にるみちゃんの声が。


『なにすんのよっ? やめてよっ!!』


 その瞬間、私はるみちゃんの体から放り出された。るみちゃんが自分からこの体に飛び込んできたから!


 目の前で自分の体が勝手にこんなこと始めたら、るみちゃんだって怒るはずだもの!

 それはるみちゃんの「生きる」力につながるはずだもの!

 やったわ!!


 と、同時にるみちゃんは抱きついたままの雨守先生と目があって……心臓が破裂しそうになったのか、気を失ってしまった。


「深田さん! 逃げろっ!!」


 ほとんど同時に雨守先生が叫んだ。

 やっぱり……彼らは目標を私に切り替えたみたい。すぐに今度は私を弄ぶように周りを旋回し始める。


 でも、怖さなんて微塵も感じなかった。それよりるみちゃんを辱めたことは、断じて許せない!


『汚らわしい人達!

 私は悔いも残していなければ、誰も恨んでもいないッ!!

 あなた達と一緒になんかしないでッ!!』


 私は無我夢中で叫んでいた。

 その直後、うめき声と言いましょうか、悲鳴が幾重にも聞こえた気がした。するとつむじ風のような乱れた風が、ふうっとやんだ。

 気持ちを落ち着けて顔を上げると、彼らの姿は、もう、そこにはなかった。


『あ……雨守先生?

 これって、先生のおっしゃっていた【闇】であの人達を消したんですか?』


 ぐったりしたるみちゃんの体を抱き上げ、雨守先生は静かに首を振った。


「いや。

 さっき深田さんにいきなりあんなことされて、びっくりしたからさ。

 俺も正気になったし、【闇】もひっこんじまったみたいだな。」


 あんなことだなんて……雨守先生は、大人でいらっしゃいますのね……。

 私があのようなことをしたのに、もう動揺もしていらっしゃらないみたい。

 でもあまりにも真剣な表情でそうおっしゃるから、寂しいというより。

 届かない人なんだなぁって、何故か急に割り切れた思いがした。


『……でも、それでは彼らはいったいどうして?』


「深田さん、君が追い払ったんだよ。」


 私が?

 本当に?

 思わず目を丸くしてしまいます。

 そんな私に、雨守先生は深々と頭を下げる。


『や、止めてください! 雨守先生!』


「いや。

 今回、俺には何の手立てもなかったから。

 下手したら浅野も、君も、一緒に消してしまっていた。

 そうならずに済んで良かった。

 本当にありがとう。」


 雨守先生は安堵されたのか、額から滝のように汗を流していた。


『いいえ、そんな! 滅相もございません!!』


 恐縮しまくる私に、雨守先生は優しい笑顔を向けて下さる。

 

「深田さん。君は本当に、立派な守護霊だよ。」

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