第八話 ダメですッ 女子同志なのに……美しい人。
背中の中ほどまである黒髪を揺らし、彼女は振り返った。色白で、整った顔立ち。澄んだ瞳が雨守先生を見つめる。
女子なのに、私までなぜかドキッとしてしまうほど、彼女は美しかった。
なんといいましょうか、穏やかな表情のうちに、芯の強さを隠したような、そんな人。
不思議と今は、雨守先生が優しい目を向けていた彼女に、嫉妬心など忘れてしまっていた。
『雨守先生? どうしたんですか? こんな真夜中に。』
雨守先生は、教室中を見渡しながら一人彼女に近づいていく。
「すまんな、後代。ちょっと霊魂探しをしている。」
後代、と呼ばれた彼女は、私にその目を向けた。
『浅野さんまで……あれ? ちょっと雰囲気が違う感じかな?』
そうだわ!
後代さんはずっとここにいて、去年からるみちゃんを見ていたんだわ。
「は、初めまして……。私、るみちゃんの守護霊の、深田薫です。」
改まって私は頭を下げた。『噂』によれば、後代さんは十八で亡くなっているはずだもの。一つ上ですよね。
すると後代さんの顔が輝いた。
『すごい、私が見えてるなんて! 二人目だわ!
あれ?
でも中の人は守護霊さんなら……出てきたら私には見えないんですよね……。』
戸惑った様子の後代さんに、雨守先生は静かに答えた。
「深田さんは一時的に幽霊が見えているだけだから、直に後代も見えなくなる。
当然、声も聞こえなくなる。」
後代さんは寂しそうに視線を床に落とした。
『そう……残念。深田さんの顔も、見たかったな……。』
ああ! 後代さんだって、ずっと一人だったんだ。
私はまだ恵まれていたんだわ! るみちゃんがいつも隣にいたんだもの。それなのに、後代さんを妬んでいたなんて、急に恥ずかしくなってしまった。
「あのっ!
後代さん、あの日、嫌な思いをされてしまいましたよね?
原因は私なんです。ごめんなさい!」
頭を下げた私に、後代さんは微笑んでいた。
『新入生が騒いだ日のことでしょう?
浅野さ……いえ、深田さんが謝ることじゃないわ。
確かに嫌な噂だけど……でも、ここに私がいるのは事実だから。
でもあんな騒がれ方しちゃったら、私より浅野さんが……。』
後代さんは自分のことより、るみちゃんを気遣ってくれている。感動してしまって震えていたら、いきなり後代さんは左の掌を右の拳でポンと叩いた。
『ああ!
それじゃもしかして、探しているのは浅野さんの霊魂ってことですか?
先生!』
「そうだ。
ここにいることは確かなんだが俺にも見えないくらい弱い霊気だ。
頼れるのは、深田さんだけだ。」
振り向いた雨守先生に見つめられ、緊張してしまう。私はごくりと唾を飲み込んだ。
「ごくわずかですが、るみちゃんを感じます。
せめて動いてくれれば、きっと……。」
そう、その瞬間に見つけなくては。
「早くしなければ。浅野の魂は消えてしまう!」
それは分かってます、先生! お願い! るみちゃん、動いて?!
と、突然後代さんは一指し指を立て、にこやかに雨守先生を見つめた。
『先生、焦らないで下さい。
浅野さん、私は見えていなくても、
こうして話をしている先生は見えてますよね?
もちろん、自分の体も!』
「ああ、そのはずだ。」
『じゃあ先生の姿を見て、出てくるのが気まずくなってるとしても。
自分の体が勝手に歩いてきたら、
あの慌て者の浅野さんなら、びっくりして逃げ出そうとするんじゃ?』
そうだわ! 十分ありえますっ!!
るみちゃん、猪突猛進の割りに自分の理解を超えると逃げ出してしまうもの!
それに好奇心の強い私と対照的に、どこか臆病なところもあるんだもの!
そんな私の表情の変化に、後代さんはにこりと笑った。
『だ・か・ら。ねえ、深田さん。もっと教室の中に入ってみて?』
後代さんに頷き、ゆっくりと教室の中へと歩みだす。
と、不意に私の横をすり抜けるように! ほとんど透明に見えたるみちゃんが、強張った顔のまま教室から飛び出していった。
「いました!
後代さんの言ったとおり!」
見失うまいと私は走りだした。雨守先生もすぐ後ろに続いていらっしゃる。
でも、あれ?
「雨守先生、後代さんは?」
「あいつはあそこから離れられないんだ。そういう死に方をしたからな。」
そんな?!
そんな不自由な立場だったのに、るみちゃんのために見つけ方まで考えてくれたなんて……。後代さんに報いるためにも、きっとるみちゃんを捕まえなきゃ!!
でも!!!
「るみちゃん、校長室の方に曲がっていきます!!」
「しまった! 今行ったら奴らの虜にッ!!」