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守護霊、深田薫の憂鬱。  作者: 紅紐
第四章 運命
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第二十九話 大事なこと、だったような気が。

 秋、るみちゃんの学年は修学旅行!


 私はこの町から出たことなど一度もなかったから、るみちゃんが修学旅行に行く時は楽しみでしかたがなかった。


 るみちゃんが小学校の時には東京見学。そこで見上げた空は、高い建物に切りとられているのを見て驚いたり、あまりの人の多さに酔っちゃったりしたことしか覚えていない。当時は私の方がお姉さんだから、集団行動からるみちゃんがはぐれないように気をつけなきゃって気負っていたのに、るみちゃんにくっついていくのに精一杯だった。


 だから中学校では挽回しなくてはと意気込んでいたりして。

 でも奈良、京都の散策は、普段猪突猛進で落ち着きがないるみちゃんも、その歴史ある佇まいをゆっくり楽しんでいた。

 るみちゃんはメモ帳に仏像をいっぱい描いていたっけ。今思えば、菩薩像や四天王の体の線ばかり描いていたことに気づく。あの頃から人物を描くことに夢中になっていたみたい。


 そして高校生になったるみちゃんの修学旅行は長崎!


 飛行機というものに乗るのは、るみちゃんにも、勿論私にとっても初めてのこと。

 校舎ほどもある飛行機が飛び立つときには興奮してしまった。ちょっとるみちゃんの隣を離れて、私は機体の外に出た。こんなことを平気でできるのも、幽霊の特権だと思いますっ!

 飛行機は天に向かってぐんぐんと上昇していく。だんだん建物や車が小さくなっていく。でもそこに確かに人の暮らしがある。

 あ! 海が!! 朝日を浴びて煌いている。

 私は思わず口にしていた。


『将太君! ほら! 将太君がきっと見たかった景色よ!!』


 少年飛行兵に憧れて、身長が足りなくて諦めて。それでも飛行機が飛び立つ滑走路を作るんだって、頑張っていて。年下なのに、生意気で。でもあんなに大人びていた将太君。

 あなたが生まれ変わったら、きっと今度は自分の願いを叶えるわよね?

 私はそう信じてるから。


 長崎を訪れるに当たって、るみちゃん達はあらかじめ事前学習というものをしていた。

 私も一緒になって勉強していたけれど、私が死んで間もなく、広島と長崎に原子爆弾というものが落とされていたことを知って驚いた。それで戦争は終わった、ということだけど……私は父も母も、それに兄弟もいないから知りようもなかったことだけど、今もあの戦争の傷に苦しんでいる遺族が大勢いることを学んで、やっぱり胸が痛んだ。


 そしていよいよ到着。

 最初にるみちゃん達は平和記念館を見学した。皆声もなく展示された資料を見つめる。

 私だって言葉にはできないけれど、生きながら焼かれていった恐怖と、苦しみと、絶望は忘れてはいない。比べようなんてないけれど、一瞬で灰になってしまうって、どれだけ恐ろしいことだろう? 考えてみて、身震いがした。


 まだ傷跡をそこかしこに見つけることができる町を散策して、私は今のこの時代の平和を享受してるるみちゃんを見ていられることを、改めてありがたいなって感じている。

 そう、将太君だってこれから新しい人生を始められるし。この平和が続いて欲しいって心から願うもの。

 

 何か所か見学を終えて、るみちゃん達が少し自由行動になった時だ。


 急に鋭い、冷たい視線を感じて私は振り向いた。


 少し離れた建物の陰から、一人の少女がじっとこちらを見ている。それは紛れもなく幽霊だった。

 高校生かしら? 黒髪を肩まで伸ばした、紺色のセーラー服の少女。るみちゃんと同じ歳くらいかな?


 と思ったその時、その子は視線をわざとらしく(?!)逸らした。

 逸らしたってことはつまり! るみちゃん達ではなく、私を見ていた?!

  

 相手の方から私を見ていたというのなら。理由をはっきりさせなくちゃ!


『私になんの用なの?』


 その少女は飛んで迫っていく私に驚きもせず、二人向かい合うまで、ただじっと待っていた。そして視線と同じ、冷たい口調で彼女は尋ねてきた。


『あなた守護霊のはずでしょう……守護対象からそんなに離れて、いいの?』


『そんなことより、ずっと私のこと見ていたでしょう? なんの用?』


 少し、警戒しながら聞き返す私にうっすらと冷笑する少女。その目は探るように私の体を見つめ回す。

 

『あなたのその制服、きっと前の戦時中のものよね?

 それに死んだ時のあなたは、そんな美しい姿ではなかったはず。

 焼けただれて、自分でも目をそむけたくなる姿だったんじゃ、ないの?

 あなたも前の戦争の犠牲者。そうでしょう?』


 なんなの? この子、唐突に。失礼極まりないわ?

 でも、正確にいい当てられて驚きのあまり言葉を失っていると、彼女は私の顔を上目遣いに覗き込む。


『戦争経験者なら、今のこの世界の有様をどう見ているのかしらって。』


『どうって?

 平和であることって、大切なことでしょう?

 私はこれでいいと思ってるわ?』 


『そうかしら? 御覧なさい。今の彼らを。』


 少女が向けた視線の先には、自由行動でお土産をみたり、アイスクリームを楽しんでいる生徒達の姿が。


『ただ自分達の快楽のために行動する。

 こんな時代にするために、あなた達は犠牲になったの?』


 それは……。勿論、好きで死んだわけではないわ?

 すると彼女は見透かしたように目を細めた。


『ねえ、本当は許せないんじゃない? 

 どうしてあなた達だけ、我慢を強いられなきゃならなかったの?

 いつもお腹をすかして、未来への夢すら描けなくて。

 そして無残に殺されて。』


『そ、そんなこと……。』


 ない……って、あれ? どうして自信をもって言えないの? 私!

 うろたえてしまった私に、彼女は一歩近づく。


『あなただって本当は妬んでいたんじゃ、なかったの?

 あの守護対象の子に、憑依までしたくせに。』


『ど! どうしてそれを?!』


 見透かしてるんじゃない! この子、私の心を読んでいるッ?!


『いいのよ。誰にでも傷はあるもの。』


『人の心を覗くなんて、ふざけないで!

 あの時のことは私がいけなかったことだわ?

 あんな過ちも犯したから今はるみちゃんを守ろうって、

 前より強く思ってるわ?!』


 思わず叫んだ私に、彼女は冷ややかな目を真っ直ぐに向けた。


『そのようね。

 でも、あなたがその気でも。

 この世界の人間は、あんなふうにわざわざ戦跡を見て回らないと、

 前の戦争で犠牲になった者達の苦悩も思い描けないわ。』


『だから学ぶんじゃないの?! 過去の過ちを!!』


『過ち……ね。

 その歴史を教えている教師たちも、どれだけ本気なのかしらね?

 あの時も、これからも、そんな教師が絶望への片棒を担ぐのよ。

 きれいごとを言っても、教え子を戦地に送って。』


『あなた!

 さっきから「前の戦争」「前の戦争」って……え?

 あなた、もしかして……。』


 まさか、とは思うけれど。人の心を読むような彼女が、口にして欲しくない……。

 でも、彼女は愕然とした私に静かに頷いた。


『「次の戦争」はもう目の前にあるもの。

 「前の戦争」だって、更にその前の戦争……。

 あなたの言う過ちから何も学んでいないから起こったのよ?』

 

 ど、どういうこと? なんでそんなことまで知っているというの? 


『あなた……いったい、いくつなの……?』


 ふっと彼女は私から目を逸らせた。


『幽霊に歳なんて関係ないわ。

 二千年、私はこの世界を憎んできたもの。』


 に、二千年ですって?! そんな、嘘でしょう?

 彼女はまるで、あざ笑うように続ける。


『今のこんな世界の上辺だけの「平和」も同じ。

 あなた達の犠牲の上に作り上げた、まやかしでしかないのよ?』


『あ、あなたは何が、言いたいの?』


『だからっ! こんな世界、消えてしまえばいいと思わない?』


 かっと目を見開き、彼女はその顔を私の真ん前に突き出した。

 恐ろしいまでに澄んだ黒い瞳に、吸い込まれそうになる。だ、だめだわ!


『そんなことになったらそれこそ!

 私達が無駄に死んだことになってしまうでしょうッ?!

 そんなことには、させたくないわ!』


 叫んだ私に、彼女は急に悪戯っぽく口元を緩めた。


『じゃあ、あなたはこの世界を守りたいとでも言うの?』


『え? ええ、もちろんそうよ!!』


『ふうん。』


 あれ?

 呟いた彼女の姿が、一瞬消えた気がした……気のせいかしら?

 でも、彼女はおもむろに右手を私の目の前にかざすと、手にした栗色のそれをゆらゆらと揺らした。


『これ、なんだかわかる?』


「あれ? るみちゃん?」

「うわ! どうしたんだろ?」


 少し離れた後ろで奥原さん、るみちゃんの動揺した声が聞こえる。それって!


『まさか?! るみちゃんの髪?!』


『そう。これは髪の毛だけれど、同じように首筋だって私には……。』


 一瞬のうちに理解した。この子に時間は、関係ない!! 


『や……やめて!』


 震えた声を絞り出すのが精いっぱい。

 するとそんな私を彼女はまた微笑みながら見つめる。


『あなたには、あの子すら守れない。

 でも、せいぜい安心していいわ。

 平和かぶれしている人間を守護している霊など、

 最初から私には用はないから。

 ただ、あなたは普通じゃなかったから、

 声をかけてみようかなって思っただけ。』


 幽霊になって初めて、得体の知れないものに恐怖した。


『あ……あなたは? いったい誰なの?』


『私は、リン。

 あなたとは来世で逢いましょう……と言いたいところだけれど。』


 髪をかき上げた右手を止め、彼女は下目遣いに私を睨んだ。


『あなたには、危険な匂いがする。』


『私が……危険?』


 そして彼女はなぜか東の方角を見つめ、目を細めた。


『そうさせた正体は今は遠くにいるのね。

 いずれ消さねばならないとして……。

 あなたからも少しだけ、余計なものを奪っておくわ。』


『な? なんのこと?!』


 いきなり彼女は私の額に手をかざした。そこにはとても小さな漆黒の球体が現れていた。そこに纏いついた稲光が私に触れるかどうか、といったその時。


『きゃあ!』


 いったい何がおこったの? 私はいきなりるみちゃんのそばに引き戻されていた。彼女はというと、もうどこにも姿がない!

 あの子! あの子こそ危険だわ?!

 早く雨守先生にお伝えしなきゃ!!


 あれ……あの子の名前なんだっけ?

 ……なにが、危険なんだっけ?

 ……あれ?


「大丈夫だよ、久美子ぉ~。

 ほら、ぼさぼさにしとけばわかんないよ!」


 髪を手櫛でクシャクシャに梳きながら、笑ってるみちゃんは奥原さんに続いてバスに乗り込む。


 あれ? るみちゃん、後ろの髪が少し切れちゃって……気のせいかな? 

 

「また、るみちゃんたら。雨守先生にお土産は買ったの?」


「もっちろーん。任せなさいって!」


 あ、私も一緒に選びたかったな。

 私ったら、なにをしてたんだろう?


 でも雨守先生は、私がこの地で感じたことを話してくれればいいって、おっしゃってくださったから。


 お土産話、いっぱい持って帰ろうっと。

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