第二十話 私、こんな奴にびっくりです!
「いい加減にしろよ? 人に罪を着せるなんて最低だな?」
「着せてんじゃなくて事実じゃない?!」
ぎゅん、という勢いでるみちゃんのもとに引き寄せられるなり、そこには罵声が行き交っていた。目の前には踏ん反りかえってパイプ椅子に座ったアラシが。るみちゃんと正木さん、副島君はそんな彼を取り囲むように立っていた。
この小さな部屋は……生徒会室らしい。アラシの隣には同じように憮然とした警備係の生徒と、事態が呑み込めず言い合ってる皆をオロオロと見つめる若い女性の先生がいた(生徒会顧問の先生だわ……確か小池先生)。
警備係長の子が口を尖らせる。
「昨日こいつと見回った時には、どこにも異常なかったんだぜ?」
「だからその後でっ!」
叫んだ正木さんをなだめながら、小池先生はみんなの間に入った。
「ねえ、落ち着いて。どういうことか説明してくれなきゃわからないでしょう?」
「だから! 美術部の展示作品を壊したのは山風だって言ってるんですよ!」
副島君が訴えるけれど、アラシはどこ吹く風。
「どこにそんな証拠があるんだよ?」
証拠ならタンポポの綿毛……アッ!!
その時私ははっと気がついた。るみちゃんには伝わったけど、皆それを確認せずに来てしまったじゃない?
同時に私と同じことに気づいたであろう正木さん、副島君は一瞬、声を詰まらせた。
すかさずアラシは畳みかけてくる。
「それ見ろ! 言いがかりもいい加減にしろよな?」
こうなったら! 私はるみちゃんの両肩に手をおいた。るみちゃんは正面からアラシを睨みつけた。
「私ははっきり見たもの!
壊された先生のパネルの裏! その右下の角についていたわ?
タンポポの綿毛が!!」
一瞬、アラシはぎょっとしたように目を見開き、明らかに顔色が変わった。そう、それこそ私が今るみちゃんに送った光景だもの!
「山風先輩、昨日私達を待ち伏せしてた時、
服にくっつけたんじゃないんですか?!」
今度はるみちゃんが続けざまに言い放った。
るみちゃんは自分が見たものとして叫んだけど……正木さん、副島君はまだ戸惑っている! するとそんな正木さん、副島君の反応をアラシはまたも見逃さなかったらしい。
「おいおい。タンポポの綿毛くらい、どこにだって飛んでるだろ。」
「そうだよ。
それに暑くてどこだって窓開けてんだし……あ、ほら。現にここにも。」
不意に警備係長の子が前に屈んで床に手を伸ばすと、ひとつの綿毛をつまみ上げて見せた。
「それだって先輩の服についていたんでしょうが?」
るみちゃんはムキになって叫んだけど……この流れはよくないわ? こっちの分が悪くなっている感じ。小池先生も眉間にしわを寄せたままるみちゃん達を見つめている。
「皆の作品が酷い目に遭ったのは同情するけど、
山風君を疑うのはわからないわ?」
「小池先生、昨日の前夜祭、講堂にいたじゃないですか?
山風先輩、久美子にフラれたから!」
るみちゃんは瞬きも忘れて小池先生に迫ったけど、先生は首を振った。
「その腹いせだというの?
あの時、山風君だってウケを取って笑ってたじゃない?
第一そんなことで関係ない写真部や書道同好会の作品まで壊したというの?」
するとアラシが肩を上げてあざ笑った。
「そうだぜ、まったく意味がわからねえ。誰か見てたってんなら別だろうがな?」
なんですって?
後代さんに見られていながら、こいつ! 幽霊を舐めるんじゃないわよ?!
「見られないようなところでこそこそやったんでしょうがっ!」
るみちゃんが叫んだ、その直後だ。背後に冷たく、厳しい声が響いた。
「静かになさい! なんの騒ぎですか?
同窓会の方も見えるというのに、恥ずかしい!」
振り返った正木さん、副島君は戸口に立つ女性を見て、顔面蒼白になった。いえ、二人だけじゃない。警備係長の子も、顧問の小池先生までも押し黙ってうつむいた。
「む……武藤先生……。」
るみちゃんも小さく呻いた。武藤先生に逆らえる生徒なんて、いや、先生だっていないって話だもの。ただ一人そっぽを向いているアラシを横目に、るみちゃんはその武藤先生に向き直った。
「び、美術部の作品を壊したのは山風先輩です!
せめて謝罪して欲しくて……
言いかけたるみちゃんの言葉を、武藤先生は手で遮った。そしてアラシを一瞥すると……まるで汚らわいしものでも見るように、フンと鼻を鳴らした。
「それが事実なら謝罪は当然でしょうね。いえ、学校にいる必要もないわね。」
一瞬、るみちゃんの顔は明るくなった。でも。
「それを確かめるのは生活指導の先生の仕事です!
あなた方は発表するものもなくなったのなら、勉強なさい。
こんな浮かれた文化祭など、進学に必要ありません!」
武藤先生は周囲に響きだした喧噪も煩わしいというように、顔を歪めながら言い放った。
「え? でも先生、山風先輩の担任なら……。」
思わず口をついて出たるみちゃんの言葉に、武藤先生はピクリと左の眉を上げた。
「なんですか?
私はどの生徒も同じように言って指導してるわ?
一回で聞けない生徒など、私の生徒である必要はありません。」
「そんな!」
そんな……まさか、一回言っただけでアラシみたいなのが言うこと聞くだなんて、思ってないですよね? 私まで真顔になって武藤先生を見つめてしまった。
「なに? 私に意見するなら名乗りなさい。あなた、名前は?」
「……いえ、なんでも、ないです。」
悔しいけど、るみちゃんも、もう押し黙るよりなかった。
「そう。自分の発言には責任を持つようにね。」
武藤先生は顎を上げて、さほど身長の変わらないるみちゃんを見下ろすように言うと、今度は小池先生を横目で睨みつけた。
「小池先生!
生徒会の顧問なら、トラブルはあっても日程どおり進めて
お祭り騒ぎはとっとと終わらせてください。」
言葉もなく、小池先生は頷く。
「さあ、あなた方は早く戻って片付けなさい。」
美術部の皆にそう言うと、武藤先生は去っていった。皆、言葉もなくうなだれて美術教室に戻ろうとした時だ。その背中に、アラシが声をかけた。
「奥原がここにいないのは、どういう意味かなあ?」
え? 何なの?
皆が訝しがっている視線をまるで楽しむように、アラシは薄ら笑いを浮かべている。
「普通に考えれば、昨日のことを俺が謝ったのを受け入れてくれたってことだろ?
だったらお前らにも関係ないじゃんか。
俺がお前ら美術部の作品壊す意味もないじゃんか。」
そんなの偶然じゃない!
でも、アラシの言葉に警備係長の子だけじゃなく、小池先生まで、なるほど、と言うように頷いている。
そんな?
そんなんじゃ。
「久美子は、そんなんじゃないわよ!」
るみちゃんは悔しそうに言い返したけど、アラシはまだ笑いながら、冷ややかな目を向けていた。
「ふん。どうせ皆、なんにもできやしないんだよ。なぁ~んにも。」