小休止と痕跡
私は怖かった。アイツが近くまで来てしまったことも、ノワール様が取り込まれたことも。
そして何よりもここにいる皆が私のことをどう思うのか知るのが怖かった。
私の震える手をデル様が両手で包んでいる。
「違うっ!!」
後ろに立っていたアランが大きな声を出した。
「サラのせいではないだろう。もとはと言えばサラを死に至らしめたそいつのせいだ。精霊を食ったのも、ノワール様を取り込んだのも、サラではなくそいつではないか」
アランの怒りの表情を見て、私は涙が溢れた。
「ありがとう。アラン」
泣くなと言ってアランがハンカチを差し出してくれた。遠慮なく受け取り、涙を拭う。
「私は、サラにも怒っている。自分のせいだなんて言うな。お前は何も悪くないのに」
怒っていると言いながらもアランの声は優しい。
「でも、わたくしは以前のサラフルールではありませんし、何となく皆さまを騙しているような気がして心苦しかったのです」
「以前のサラフルールを我々は知らないからな。騙すも何も・・・今、ここにいるサラが、我々にとってのサラフルールだ」
「噂を信じて色々言っていたアランの言葉とは思えんな」
ははっと笑いながらレオ様が茶化し、いやそれはとごにょごにょ言うアランを見て、私は思わず笑ってしまった。
「サラは笑っている方がいい」
デル様が微笑んで零れた涙を、指で拭ってくださった。
「それで、そいつはどこに行ったのだろうな」
「マリノスはわかりますか」
私たちは何かの痕跡がないかと辺りを見回した。
「あちらの方に向かったと精霊たちが言ってる」
マリノスが指し示した方向を見ても、そこにはただ森があるだけだ。
「サラフルールが癒してくれたから、すっかり元通りになった」
ぬおっ。私が痕跡を消してしまったのか。
「迷いの森の中に痕跡がなくとも、森の外に出たのであれば外周に何かあるかも知れん」
「!!そうですね。すぐに行きましょう」
私が立ち上がろうとするとデル様に止められた。
「ここで休憩してからにしよう。サラも規模の大きい魔術をつかったのだし、茶を飲んで少し休んだ方が良い。顔色もあまり良くない」
魔力はそれほど減っている感じはしないけど、やはり先ほどの話が衝撃的で、少し疲れているような気がする。それに気分が良くないのは事実だ。
「マウリシオ。わたくしの荷物をここへ」
背負っていた荷物をマウリシオが私の前に下ろした。中から紅茶の入ったポットとクッキーやマドレーヌを取り出す。
「ほう。用意がいいな」
「昨日、準備しましたの。お口に合うかわかりませんけど、よろしかったら紅茶と一緒にお召し上がりください」
「サラが作ったのか」
「ええ。わたくし時々、趣味で料理をいたしますの」
木製のカップを出し、紅茶を注ぐ。
「む、冷めていないのか」
「どんな仕組みだ」
男性陣はポットに興味津々だ。ただの魔法瓶なんだけどね。あとで売っている商会を後で教えてあげよう。
「マリノスも一緒にいかがですか」
私がお誘いすると、頷いてカップを受け取った。
「はい。兄さま。サラ様の作るマドレーヌは美味しいんですよ」
ルウがいそいそとマリノスの給仕をしている。私の作ったお菓子は、男性陣にも好評だった。
「甘いものはそれほど得意ではないのだが、甘さが控えめでうまかった」
「ありがとうございます。また作ったら食べていただけますか」
嬉しくなって私が言うと、もちろんだと皆頷いてくれた。私も甘いものを食べて、私も少し気分が良くなった。
「アレが去って行くのを見た精霊を連れて行くと良い。この子たちは出入り自由だから役目が終わったら戻って来られる」
小さな光がふわふわと私たちの前に飛んできた。
「マリノス様。私たちは必ずノワール様を連れ戻す。それまでエリーゼ姫を」
「わかっている。こちらに何かあればルウを通じて知らせる」
それだけ言うと、マリノスは泉の中に消えて行った。
「サラ、顔色は少しましになったな」
「大丈夫か」
「無理をするな」
口々に皆気遣ってくれるのが嬉しい。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
私たちは光を放つ精霊たちと共に、泉を後にした。




